第112話 実は母親でした(その10)
「そう思うのなら、また仁が買ってあげれば良いじゃない」
「まあ、そうなんだけど」
「ちょ、ちょっと待って。あのお酒って仁君がお父さんに買ってあげたものなの?」
頼子は何気ない親子の会話にとんでもないものが含まれていて、驚いて思わず聞き返した。
「私の夫はお酒はあまり飲めないのだけど、集めるのが好きでね。最初は安物のお酒の瓶を並べて楽しんでいたのだけど、仁がちょっとお金を稼ぐようになってから、いろいろプレゼントをし始めたの。と言っても1人では買えないから、一緒に買いに行っていたのだけど少しずつ金額も上がっていってね。気が付いたら今のようになってしまったわ」
「そっ、そうなのね」
「仁がいなかったら、住宅ローンの返済が重くのし掛かって今のような生活もできなかったし、感謝しているのよ」
「その言い方だと、住宅ローンも?」
「ええ、仁がパパッと返済してしまったわ」
頼子は恵子から衝撃の事実を聞かされてしまった。
「仁君、そんなにお金を使って大丈夫なの?」
「うーん、今のところは問題ないと思うよ」
頼子は仁のようなお金の使い方をして大丈夫なのか心配したが、自分の稼ぎの範囲内でお金を使用している仁にとってはまったく問題ないものであった。
「ところで頼子さん」
「なあに? 仁君」
「昨日から何か大事なことを忘れている気がするんだよ」
仁は昨夜から何か引っかかっていることを思い出し、頼子に尋ねてみた。
「言われてみると、確かに何か……あーっ!」
「よっ、頼子、急に大きな声を出したらビックリするわ」
仁に言われて、頼子も考え始めると、何かを思い出して大きな声を上げた。その声に恵子は驚いてしまった。
「わ、私としたことが、とんでもない失態をしてしまったわ。音羽よ。娘のために夕食も準備していないし、泊まることも伝えていなかったわ。こうしちゃいられないわ。早く戻らないと」
頼子は同居している音羽に対し、食事の用意をしていなかったのと、泊まることを伝えていなかった。それに気が付き慌ててワイシャツを脱ぎはじめた。
「よっ、頼子さん」
「ごめんなさい。仁君、恵子。私、もう帰るわ。いろいろお礼も言いたいけど、急いでいるから日を改めてさせてもらうわ」
ソファーに放置されていた服を取った頼子は、大急ぎで着替えた後、慌てて家から出て行った。
「しっかりしているようで、たまに抜けているところがあるのは昔と変わらないわね。仁もあまりゆっくりしていると学校に遅刻をするわよ」
その様子が学生時代と変わらなかったようで、恵子は昔を懐かしむような表情で見ていた。そして食べ終わった食器の後片付けを始めながら、仁に学校へ向かうように促した。
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