第9話 初デート(その5)

(勢いで頼んでしまったけど、全部食べられるかな?)


 頼子は思わず勢いで2つめのスペシャルパフェを頼んでしまった。今のところお腹に余裕はあるが、完食するのは厳しいかもしれないと思えてきた。


「兼田君、良かったら少し食べてみない?」


 頼子は日頃の節約もあり、食べ物を残すのはとても心苦しく感じた。そこで、目の前に座っている仁に食べるのを手伝って貰う作戦に出た。


「はい、あーん」

「えっ? あ、あーん。ぱくっ」

「美味しい?」


 頼子はパフェ用の柄が長いスプーンを手に持ち、パフェを適量すくい取り、仁の口元に差し出した。仁は驚いて口を開けてしまったところで、スプーンが口の中に入れられてしまい、食べるしか選択肢が残されていなかった。口を閉じ、すくい取られたパフェを上唇でスプーンから引き剥がし、パフェの甘い味を楽しんだあと飲み込んだ。すると頼子は満足そうな表情で味を尋ねてきた。


「冷たくて甘い」

「そうよねぇ、私もそう思うわ。ぱくっ」

「はっ!」

「ん? どうしたの?」


 仁が感想を言うと頼子は満足そうな表情を浮かべ、同じスプーンで再びパフェをすくい取り、自分の口に入れた。それを見ていた仁は驚きの声を上げた。


(こっ、これって間接キスだ。月見里さんは気にしていない様子だけど、気付いていないのかな?)


「う、ううん、何でもない」

「そう? それじゃ、次は兼田君の番ね。はい、あーんして」

「あ、あーん。ぱくっ」


 仁は同じスプーンを頼子が使用してパフェを食べたことに驚いた。それは間接キスと呼ばれるもので、経験の少ない仁にとって衝撃的なできごとであった。仁がそのようなことを思っていると、頼子は再びパフェを仁の前に差し出した。頼子は平気な顔をしていたため、自分だけ悩んでいるのは馬鹿らしく思い、仁は口を開けてパフェを頼子に食べさせてもらった。


(もしかして間接キスになると思って照れているのかな? かっ、可愛いっ)


 頼子ぐらいの年代になると、間接キスに対し抵抗が薄くなり、相手が娘と同年代と言うこともあり、子供に食べさせているような感覚であった。だが、ふと頼子は学生時代のことを思い出し、間接キスという甘酸っぱいイベントがあったことを思い出し、照れて顔を赤くしている仁がとても可愛く思えてきた。


(娘を脅すような極悪人だから、ちょっとぐらい揶揄からかってもいいよね)


「兼田君、これって間接キスよね?」

「ぶっ、げほっ、げほっ、げほっ」


 頼子は仁に対して悪戯をしてみたくなり、タイミングを無計らって間接キスについて尋ねてみた。すると、驚いた仁は、大きく咳き込み苦しそうにしていた。


「だっ、大丈夫?」

「だっ、大丈夫。もしかして今まで知っていてやってた?」


 頼子は慌てて席を立ち、仁の背中に手を回して擦った。仁は相手を気遣えるような行動ができる頼子に対し、好感を得たが、もともとは彼女から始めたことなので、意図的に行っていたか尋ねた。


「今気が付いたわ。嫌なら止めても良いけど?」

「嫌じゃない」

「そう? それじゃ、あーん」

「あーん。ぱくっ」


 頼子が気付いたのは、つい先ほどのことであった為、正直に話すと仁も頼子の顔を見て嘘をついていないと判断した。頼子から食べさせるのをやめるか聞かれ、仁は嫌ではなかったため継続を申し出た。こうして2人は協力してスペシャルパフェを食べきった。

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