転生先を間違えられて猫(精霊)になる

秋野 夕立

第1話 私は精霊である。ただし姿は猫である。

  朝が訪れる。

 内装から家具に至るまで木の質感丸出しの部屋に、窓から光が差し込む。それは、窓際に置かれた真四角のベッドで寝る一匹の黒猫に当たっていた。目を閉じていても感じる眩しさに、寝返りを打って陽光から逃れる。

 再び安眠しようとした猫の耳がピクリと動いた。

 階下から階段を駆け上がる音が響く。


「クルワー! 起っきろー!!」


 扉を勢いよく開けた少女が部屋に乱入。止まることなく猫が眠るベッドにダイブした。そのまま頬ずりをする――なんて未来は訪れなかった。

 素早い動きで身を翻した黒猫は、綺麗な弧を描いて空中に静止した。


「ウィネー、朝から飛びついてくるのはやめてって前から言ってるでしょ」

「え〜。だってクルワの毛ふわっふわなんだもん。あと肉球もぷにぷにだし」

「村長が聞いたら怒るよ。まぁいいや。それより顔洗った?」

「まだー!」

「じゃあ一緒に洗いに行こう。スレンジャーさんが朝ごはん作ってくれてるだろうから、手を洗うのも忘れないように」

「はーい!」


 パタパタと階下へ下りていったウィネーの後に続いて、寝ぼけ眼をこすりながらクルワも下りていく。洗面所へ向かう途中、居間からスレンジャーが顔を覗かせた。


「あ、クルワ様おはようございます。もうすぐ朝ごはんの用意ができますので、ウィネーちゃんを呼んできてくださいますか?」

「いつもありがとね。ウィネーは今顔を洗いに行ってるから、出来たらそのまま待っててくれるかな」

「分かりました」

「クルワー、早くぅー!」

「はいはーい」


 顔を洗い、居間に戻ったクルワとウィネーを待っていたのは、カリッカリのベーコンが乗ったトーストだった。熱々のコーンスープに、デザートには瑞々しいリンゴもある。3人仲良く食べ始め、元気よくトーストに齧りつくウィネー。その様子を見たクルワの心は安らいでいた。


「ところでクルワ様、このあとご予定とかはお有りでしょうか?」

「予定? なんかあるの?」

「村のみんな、クルワ様に作物の成長具合を見てもらいたがってたので、時間があればと思ったのですが……」

「ごめん、朝のうちに行きたいとこがあるんだ。だから昼からなら見れそうだけど」

「分かりました。父から村のみんなに伝えてもらいますね」

「うん、お願いね。さて、と。じゃあ僕は用事を済ませてくるから、昼まで自由にしてていいよ」

「いってらっしゃーい!」


 可愛らしい笑顔に見送られたクルワは、空いた窓から森へと向かった。


(毎日こんな穏やかな1日を過ごせるなんて、神様には感謝しかないな。――――転生する体を間違えられたことに関しては腹立たしいけど)


 木々の間を抜けて奥へと飛んでいく。村からかなり離れたところで、轟々と音を立てて流れ落ちる滝の麓に行き着いた。滝壺の外周を回って裏手に回り、洞窟の中へと入る。

 薄暗くじめっとした空気に、全身の毛が逆立ちそうになるのを我慢しながら飛び続けた。いくつもの分かれ道を迷うことなく進み、開けた場所に行き着く。

 周囲は切り立った崖で、天井に開いた大穴からは青空が見える。差し込む光が中央の小島にそびえる1本の樹を照らしていた。その根元で1人の女性が座っていた。


「郭さん、その後はいかがですか?」

「順調と言っていいかは分からないですけど、まぁ楽しくは過ごしてますよ」

「それは良かったです。……人の姿で転生させてあげられたらもっと良かったんですけど」

「まだ言いますか」


 ふっ、と顔に陰が差した女性は、別の方向を向いたかと思えば膝を抱え、


「私なんて神失格です……。人の上に立つ資格なんてありません。そうです、私がダメ神です……」

「いい加減泣きやんでくれませんか? 別にあなたのことを恨んでるとか、責めてるとかじゃないんですから」

「その優しさが辛いんです! 私が言うのもなんですが、順応しすぎじゃないですか!? 転生に失敗したんですよ!! もっと慌てたり悲観したり、私に言いたいことが山ほどあるからこの際に言うとか……そういうのがあるでしょう!?」


 間近まで近づけられた顔を押し返し、地面に降りたクルワはその場に座った。


「そう言われても、それは転生直後に嫌ってほど考えましたよ。……実際にはやってないですけど」

「人が良すぎますよぉ……」


 事の発端は半月前まで遡る。

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転生先を間違えられて猫(精霊)になる 秋野 夕立 @Kurenai6G-7K

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