第9話「音楽」

 *


 音楽にはとてつもなくうとい自覚がある。


 特に流行はやりの曲などは、皆が散々聞き終わって話題にし終わった後にようやっと聴き始めるくらい、流行に疎い人間である。自分の声に強い嫌悪感があるためにカラオケなどは行ったことがなく、そのためポップスの情報を得る場所というのもない。せいぜい年末年始に帰省した時に、両親が観ている歌番組を片耳に小説を打鍵するくらいである。へえ、今年はこんなのが流行ったんだ、というくらいである。そもそも興味がないのだ。


 そんな私にも、唯一聞き続けているジャンルがある。


 クラシックである。


 クラシック音楽を聴き始めたのは、小学校時代の音楽の授業が契機きっかけであった。


 その授業では、運命――ベートーヴェンの交響曲第5番を扱っていた。分かりやすく暗から明への形になっている。特に4楽章があんなに明るい(明るいという表現が正しいかは分からないが)とは思っておらず、びっくりしたのを覚えている。その形に惹かれて、授業後音楽の先生に質問をしまくったら、後日CDを貸してくれた。その先生も、音大時代に授業でオーケストラに参加した経験があり、クラシックが好きだったのだそうだ。


 そこからである。色々な曲の、色々な録音を聴き始めた。


 行きつけの図書館にあるクラシックのCDを、貸出しまくった。


 楽しかった。


 詳しいことはよく分からないが、指揮者によって、オーケストラによって、演奏に若干の違いがある。


 その差異を見つけることが、楽しかったのである。


 高校でも大学でも、音楽には縁のない人生であった。


 自分で弾こう吹こう叩こうとは思わなかったのである。


 きっと実際に楽器を持ったら、「そうか、奏者はこう演奏したいと思っているのか!」と得心がいったのだろうが、講義も忙しかったので、聴衆でいいと思っていたし、これからもそのつもりである。


 大学に入学して次第に行動範囲が広まってきて、演奏会に足を運ぶようになっていった。


 アマチュアもプロも問わず、取り敢えず、好きな曲の演奏会には行くようにした。


 今でも時折、大学時代の友達が参加している演奏会は聴きに行っている。


 中学の音楽教育以上のことは知らないので一概には言えないが、楽譜の上にある音を、各楽器が指示通りに音を出しているだけである。それに色々な楽団によって、何度も同じ曲が演奏されている。


 しかし、のだ。


 たとえ同じ曲であっても、各楽団、オーケストラによって、演奏が微妙に異なる。


 よく考えれば当たり前のことで、その演奏会、その場所に集う奏者の方々は、違う方なのである。同じ曲を同じ楽団が再度演奏したところで、一度目と同じにはならないだろう。


 のである。


 それを追体験したいがために、私は今日も、音楽を聴く。


 ちなみに今一番好きな曲は、グスタフ・マーラー作曲、交響曲第6番イ短調「悲劇的」よりAndante moderatoである。




(続)

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