第48話 専売契約

 冷めてしまったお茶を入れなおすと、あらためてザンブロッタ商会との契約についての具体的な話が行われた。


「なるほど。そうしますと、クラウフェルト家とではなく、オリヒメ商会との専売契約となる訳ですね」

「ええ。あくまでウチは研究所までだから。商品に関する契約自体は商会とになるわ」

 オリヒメ商会との契約話なので、ここからは商会長として勇も同席していた。


「専売条件は、こんなとこかしらね」

 そう言ってニコレットが1枚の紙をシルヴィオに手渡す。

 専売契約する事は事前に決めていたので、勇らとあらかじめその条件を書き出していたのだ。


 販売までオリヒメ商会で行う事も可能ではあるが、かなりの手間がかかるし販路開拓もゼロから行う事になるので、一蓮托生となる商会を抱き込む事が、現時点の目的となる。


 とは言え、大枠としての条件は6つしかないシンプルなものだが……。


1)契約期間は1年とし、次年度の契約については都度相談して決めるものとする。

2)研究所およびオリヒメ商会に関する情報は、秘匿する事。

  情報が漏洩した場合、ザンブロッタ商会の持つ資産のすべてを提供するものとする。

  なお本項については、当契約の解約後も有効とする。

3)オリヒメ商会への利益分配は、利益の5割とする。

4)製品の製造をザンブロッタ商会が行う場合は、原則クラウフェンダムで行うものとする。

5)顧客・商談リストを必ず作成し、適宜オリヒメ商会へ共有する。

  商会に対して販売を行う場合は、事前に報告の上、必ずオリヒメ商会の許諾を得ること。

6)当初販売先は、シュターレン王国内限定とし、国外へ販売する場合はオリヒメ商会と協議の上決めるものとする

7)上記の条件を守る限り、オリヒメ商会で商品化した魔法具は、ザンブロッタ商会のみが販売権を持つものとする。


 1)は最悪何かあった時でも1年で切る事が出来る最低限のリスクヘッジだ。

 時がたつと状況も変わるため、あまり長い期間の契約とするのは得策ではない。


 2)は最も重視している守秘義務についてだ。当たり前の話ではあるが、事が事だけに罰則も厳しいものになっている。

 この条件が飲めない場合、そもそも信用が出来ないとして契約は出来ない。

 もっとも、情報が流出した場合にその経路を特定する事は結局難しいし、契約解除後はさらにそれが困難になるので、お守り程度かもしれないが……。


 3)の利益分配条件については、貴族家と専売契約する場合の最低限の相場だ。

 7割程度取る事も普通なので、先方には良い条件と言えるだろう。


 4)については、雇用創出という点も考慮しているが、情報漏洩の防止という側面が強い。

 クラウフェンダムにありさえすれば良いので、すでに工房を構えている先方的にはあまり問題無いだろう。


 5)は、誰に売ったかオープンにすることで、特定の人物に集中していないかや、気になる相手に販売していないか確認するためだ。

 また、ザンブロッタ商会はいわゆる1次取次店のようなものなので、販路拡大のため他の商会に卸すことは普通に有り得る。

 問題はそれがどこであるかなので、チェックを事前に入れることとした。


 6)については、あまり効果はないかもしれないが、早い段階での国外露出を防ぐ狙いだ。


「……分かりました。こちらの条件で問題ありません」

「若旦那! 会長の承認無しで決めて大丈夫なんですか!?」

 条件を確認し終えたシルヴィオが、しばし考えてそう答えると、これまで黙って話を聞いていた工房長のグイドが慌てて口を開いた。


「ああ、問題無い」

「しかしっ! 商会の資産全てを提供するという条件を会長に言わずに決めるのは流石に……」

 グイドが慌てるのは当たり前だろう。

 商会全ての資産に関する契約なのだから、一支部長がとれる責任の範囲を大きく超えている。


「別に、今日この場で最終決定をしていただかなくても大丈夫ですよ? グイドさんが仰ることも当然ですし……」

 聞いている方が心配になり、思わず勇がそうフォローする。

「いえ。今ここで決めれば、他の商会に契約されることは無くなりますからね。会長は私が必ず説得します。むしろ、この契約に反対するようであれば、会長の座を降りるべきでしょう」

 よほどこの契約に賭けているのか、シルヴィオの意思は固いようだ。


「……分かりました。ただ、契約書類には商会長の魔法印が必要になります。今日の時点では、シルヴィオさんのサインによる仮契約までとさせてください。その代わり、期日を指定させていただきますので、期日内に商会長の魔法印をもらってきていただけますか?」

 シルヴィオの様子を見て翻意させることは不可能と判断した勇が、締結条件を提示する。


 魔法印は、商会を立ち上げた際に商業ギルドで登録する蝋印のような魔法具だ。

 商会長本人しか登録できず、登録した本人の魔力でしか動かない。

 また、押した印にはその人だけの魔力パターンが登録され、商業ギルドで照合出来るため偽造が出来ない。

 この世界で重要な商取引契約をする場合には、必ず用いられる魔法具だ。


「ニコレットさん、何日くらい期日を設けましょうかね?」

「そうねぇ……。会長は本国にいるのかしら?」

 勇から話を振られたニコレットがシルヴィオに尋ねる。


「そうですね。基本はプラッツォの王都にある本店にいますが、この後”鷹”を飛ばして国境近くまで出てきてもらうつもりです」

 ”鷹”というのは、高性能な伝書鳩のようなもので、他の魔物に襲われにくい高度と速さで飛べる鷹のような魔物を使い魔にして手紙のやり取りをするのだ。


 遠距離の連絡手段が乏しいこの世界では非常に便利なのだが、使い魔とする鳥を捕まえる難易度が非常に高い上、その後の調教もかなり専門的なもののため、非常に高額だ。


 鷹を持っているという事は、金持ちの証であるのと同時に、情報の重要性を理解している事の裏返しでもある。


「……そう、鷹を飛ばすのね。プラッツォの王都からだと、急いでも馬車で片道20日くらいはかかるけど、国境の街なら片道10日ってとこね。鷹の時間も考えると……、そうね期限は25日間という事にしましょうか」

 プラッツォの王都まで鷹が手紙を届けるのにおよそ1日半程度。

 それを見て会長がすぐに移動したとしても、説得に使える日数は数日と言ったところなので、中々に厳しい条件と言える。


「分かりました。それだけいただければ大丈夫です」

 しかしシルヴィオは、一瞬で日付を逆算して即答してみせた。


「では、期限は25日後までとする仮契約を締結しました。これで25日の間、我々が他の商会と契約をすることが無い事をお約束します」

 勇とシルヴィオそれぞれがサインをして、仮契約が終わる。


「ありがとうございます。かならず会長の魔法印をもらってきますので、今後ともよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。ただ、くれぐれも無理はなさらぬように……」

 握手をしながら挨拶を交わす二人。

「なに、オリジナルの魔法陣の前には、多少の無理など無理の内に入りませんよ」

 勇の心配を笑顔でシルヴィオが笑い飛ばした。


 ひとまず仮契約を済ませた勇達は、シルヴィオを見送るべく館の玄関まで来ていた。

「この度は、急なお願いにもかかわらずお時間いただきありがとうございます。

 今後ともよろしくお願いします」


「ええ。こちらこそありがとう。ああそうだ。言い忘れていたのだけれど、魔法具は、実は完成品は3種類あるのよ。まぁ全部同じ魔法コンロなのだけど、火力が違うのよね」

「分かりました。3種類で……、って、え? 3種類?? 今3種類と?!」

 別れ際に、あまりに自然に出てきた言葉だったので聞き流しそうになったシルヴィオが、慌てて問い返す。


「ええそうよ。細かい火力の調整が出来ないから、1台だと大変でしょ? だから、強火、中火、弱火の3種類を売り出すつもり。あ、もちろんこれも他言無用よ。まだ誰にも言ってないんだから」

 そう言ってニコレットがパチリとウィンクする。


「か、かしこまりましたっ! しかしすでに3種類ですか……。これはやはり、何としても専売契約を結ばなければならないようですね! 失礼いたします!!」

 ニコレットの言葉を聞いて一段と気合の入ったシルヴィオが、馬車を急かすようにして館を後にしていった。


「……焚きつけましたね?」

 シルヴィオの乗る馬車が出ていくと、勇がジト目でニコレットを見やる。

「あら、何の話かしら?」

 すまし顔で答えるニコレット。


 3種類あることなど、わざわざあの場で言う必要は無かったのだが、あの一言がシルヴィオのギアを間違いなく数段上げた。


「……今日ここに来た時より急がせるでしょうね。馬と御者さんが過労死しなければ良いのですが……」

 勇は、そう言って無茶をさせられるに違いない馬と御者に、同情の念を抱くのであった。

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