第48話
俺達はカムイの手紙を見てからすぐに、領都ベグラティアを後にすることにした。
そこから先はひたすら昼夜を問わずに東に駆け続け……そして半月ほど移動に時間を費やし、ようやくヒュドラシア王国へ入ることができた。
そして更に半月ほどヒュドラシアの中を移動することで、ようやく王都ザンティアへとたどり着くことができたのだった――。
「うわぁ、これはすごい……」
「ふわぁ……」
俺達はザンティアの光景に圧倒されていた。
まず入ってすぐに感じたのは、人口密度の高さだ。
ベグラティアは大通りに人が集中している形だったが、ザンティアは都市全体が人だらけだ。
その分だけ活気があるということでもあり、さほど気温は高くないはずなのに人の熱気で少し熱かった。
一面見渡す限りに人の姿が見えている。
にもかかわらずベグラティアで感じていた汚水の匂いがまったくしない。
どうやらここでは上下水道がしっかりと整備されているらしく、魔具を使って効率的に処理をすることで、ゴミが社会問題にならないように配慮がなされているらしい。
別に罰則があるわけではないが、ポイ捨てをしただけで周囲からものすごい白い目で見られることになるようだ。
(ちょっと日本っぽいというか……いや、古代ローマとかの方が近いのかな?)
街並みは全体的に白く、全体的にごちゃごちゃとしている。
コンクリートを使い成形されたコンドミニアムのようなタイプのアパートが大量に建ち並んでいるからだろう。
その間にちょいちょい石製の家屋が見えるのは、前世で言うところの富裕層向けの一軒家か分譲マンションかという違いだったりするのかもしれない。
「さすが魔法大国、ヒュドラシアって感じだね」
「私は来るの初めてだけど……ベグラティアより明らかに栄えてるわよね」
ラーク王国とヒュドラシア王国は、表向きは有効な関係を維持することができている。
ただ国力でいうと、ヒュドラシア王国の方が圧倒的に高い。
その理由はそもそもの魔法技術の差と、何より付与魔法という血統魔法があることが大きい。
付与魔法の使い手は王族に限られるけれど、傍系の公爵家なんかから発生することもおおいらしく、その使い手は両手では数え切れないくらいには存在している。
彼らが作る魔道具や魔具は王国の一大産業として、王国の屋台骨を支えているのだ。
(果たしてその中の一員にアリサがなるのかはわからないけど……まずはカムイ達を探すことからかな)
軽く情報を集めることにしてみると、実にあっさりと目的は達成できた。
二人とも自分達の居場所を隠す気がないようで、カムイとメルは現在、ザンティアの中央部にあるマインツブルク城の中にいるらしいとわかったからだ――。
色々考えた結果、そのままマインツブルク城に向かうことにした。
ザンティアでコネを作ってなんとか渡りをつけて……なんて悠長なことをしている暇がもったいないし。
やってきた城は、跳ね橋を使った水堀のある城だ。
しっかりと門を開いてから橋を下ろさないと中へ入ることができない造りになっている。
ノーアポでいきなりの吶喊をした結果、当然ながら門番には訝しげな顔をされることになった。
「あのー、できればカムイさんかメルさんにお目通りをお願いしたいのですが……」
「……なんだ、貴様らは?」
門番の男は三十歳くらいの、鎧を着込んだ男だった。
彼がこちらを睨む顔には妙に見覚えがある。
こちらを格下だと舐めている、兄達から何度も向けられたあの表情だ。
「僕達は彼らの関係者です。この手紙を見てもらえれば……」
カムイが家に残していた手紙を渡そうとするが、その反応はかんばしくなかった。
こちらを明らかに見下した様子の男はふんっと鼻息を吐き出すと、
「こんなもの、なんの証明にもならん!」
と思い切り俺の手を叩いたのだ。
衝撃で手からこぼれ落ちた手紙が地面に落ちる。
拾い上げようとしゃがみ込むと、男は俺の目の前でぐりぐりと踏みつけた。
白い手紙が土に汚れ、くしゃくしゃになっていく。
それを見て、俺の中の何かがブチリと切れる音がした。
「メル王女の名を騙る不届き者め……ちょっと詰め所まで来い!」
彼がこちらに手を伸ばしてくる。
その体捌きからわかっていたが、大した実力者ではない。
相手の腕をひらりとかわし、そのまま捻り上げる。
「い、いででででででっ!!」
「こっちは話を聞いてほしいだけなのに、その態度はないんじゃないですか?」
「ちょっとクーン、落ち着いて!」
自分でも頭に血が上っているという自覚はある。
だが目の前でたった一枚の便りを汚されて平気でいられるほど、俺は人間ができていない。
腕ひしぎの形で拘束を続けていると、異常に気付いた兵士達がぞろぞろとやって来た。
そこまで来ると、このままではマズいと流石にわかった。
冷えてきた頭で彼らに事情を説明すると、兵士達の中に中にカムイの筆跡を知っている人がいた。彼が太鼓判を押してくれたことでようやく警戒を解くことができたのだった。
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