第22話


 日が暮れ、建物の影が伸びて世界を浸食していく時間帯。

 薄暗くなり始めていた街道を歩いていると、突如として得体の知れない感覚がやってくる。


「――アリサ」


「ええ、気付いてるわ。普段通りに歩くわよ」


 俺達は努めて平静を装いながら、顔を見合わせていた。


 ――誰かに、見られている。


 索敵の範囲には何もかかっておらず、周囲に怪しい人影はない。

 けれど確かに、感じるのだ。

 殺気というかなんというか……こちらに妙にねばっこい視線を向けている誰かの気配を。


 気を抜いていたつもりはない。

 いつものように風を使った索敵はしていたし、日々磨いている感覚はしっかりと機能している。

 けれどそれでも、まったく気付かなかった。

 つまりはあちらの方が間違いなく手練れ、ということだ。


「今の私達だと勝てるかどうか……」


「戦う必要はない。急いで家に帰ろう。大通りを通って、真っ直ぐに」


 なるべく人目のないところを通らないよう、真っ直ぐ家へと歩いていく。


 ベグラティアの大通りは、南北を繋げる形の目抜き通りになっている。

 領都に出店している喫茶店やお土産屋なども、目抜き通りに集中している。


 そのため大通りは特に人通りが多いのだ。

 安息日でやっている店がこのあたりに集中しているということもあり、正直人混みがすごい。

 これだけ人が多いと、誰が敵で誰が味方なのかを判別するのも難しいだろう。

 だがそれは向こう側も同じはずだ。


「アリサ、手を握って!」


「う……うん」


 人混みの中に入ってしまえば、追っ手も俺達のことをそう簡単に追いかけてはこれないだろう。

 離ればなれにならないようギュッと手を握った。

 初めて触れるアリサの手は、強く握れば弾けてしまうんじゃないかと思えるほどにやわらかい。

 人混みの中を必死になって歩いていく。


「ごめん……なさい、ごめんなさい、私のせい……私のせいなの……」


 アリサは今までと別人のようだった。

 彼女はしきりに謝りながら、離れまいと俺の後を必死についてくる。

 喧噪の中で、彼女のポツポツという呟きが、いやに耳の奥に残っていく。


「わ、私が囮になって……」


「バカ言うな! 帰るんだ、二人で……」


 あと少し、あと少しで家に……。


 ドッ!


 何かが胸に突き立つ。

 よく見ればそれは、一本のナイフだった。

 ただ不思議なことに、刀身が見えなくなるほど深々と突き立っているというのに、血は一滴も出ていない。


 それを投げたのは、馬面をした一人の男だった。

 小ずるそうな顔をしているが、腕利きには見えない。

 だが真正面から投げナイフを、こちらに気付かれずに命中させてきたのだ。

 かなりの実力者なのは間違いない。


 突如として、意識が朦朧とし始める。

 何日も徹夜をしたあとのような抗いがたい睡魔が襲いかかってきた。


 俺と馬面の男達の様子に気付いた周囲の人達が騒ぎ出す。

 けれど聞こえてくる喧噪はどこか遠いもののように聞こえた。


「――ッ! クーン! クーン!」


 すぐ後ろにいるはずのアリサの声が、まるで分厚い壁で隔てているかのように遠くから聞こえる。

 そうだ、アリサを、守らなくちゃ……。


 血を流すほどに唇を噛みしめ、なんとか意識を保ちながら風魔法で索敵をする。

 俺にナイフを投げてきたやつが一人、そしてこちらを半包囲しようとしているやつらが三人。

 目に見える範囲の敵は四人だが、まだ他にもいるかもしれない。


 倒しきれるか?

 否、不可能だ。


 杖を出して時空魔法の結界を張るか?

 否、そんな隙を襲撃者達が見逃すはずがない。


 こんな状態じゃ、目の前にいる男一人を殺すことも難しいだろう。

 周りが人だらけの状態じゃ、あまり下手なこともできやしない。


 それなら俺に取れる手段は――。


 俺は空へ手を伸ばし、無詠唱魔法を発動させる。


 使うのは上級火魔法、エクスプロージョン。

 改良し温度を高め青く変色した炎が、凄まじい熱を発しながら空へと向かっていき、そして……。


「爆ぜろッ!」


 ドオオオオンッ!!


 俺が拳を握りしめるのと同時、空に浮かび上がった爆炎が弾け飛ぶ。

 そして俺は睡魔に抗えず、完全に意識を失うのだった――。

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