第42話「暴走せし海竜王・1」


王都を出て翌日の朝。

俺はストレウム漁村から数キロ離れた地点、アスレウム溟海の海面を結界を足場にして歩いていた。

漁村で聞き込みをして得た情報から推測するに、暴走しているのは特級魔族であるレイ・ドラグーンである可能性が高い。

(厄介な魔族が暴走したな……。)

レイ・ドラグーンはアスレウム溟海や他の海域を合わせて、数頭しか存在しないドラゴン種の魔族だ。

縄張り意識が強く、それ以外の領域には見向きもしない種族で、それさえ気を付けておけば被害は少ない魔族と言っていい。

問題はその縄張りに入り込んだ時だ。

警戒するのも単純な話、レイ・ドラグーンが特級魔族の中でも上位に入る強さだからである。


さすがに高位魔族ほどの強さは持ってないとはいえ、ただでさえ無駄に強いレイ・ドラグーンが暴走したとなると、それがどれだけの強さになるかは戦ってみないと分からない。

レイ・ドラグーン自体と戦った事はまだ無いが、昔から言われてるのは荒れ狂う天候と戦うようなものらしい。

その強さ故、付いた二つ名が海竜王とも。


「まあ、それでもやるしかないんだけどな。」


話によれば、今回のレイ・ドラグーンは縄張りから出てきて暴れたりもするらしい。

恐らく、暴走したのが原因だろう。

幸い、まだ漁村付近に出たり被害は起きてないというが、それも時間の問題だ。さっさと始末するに越したことはない。

レイ・ドラグーンを挑発する様に縄張りである海面付近を歩いて数分、そろそろ来るかと思った時だ。

海面が眩い光を放った。


「来るか………!」


足場にした結界に加速も付与して大きく距離を取ると、凄まじい勢いで雷撃が放たれ、結界が紙が千切れるように破壊される。

そして、雷撃を放ったこの縄張りの主が海面から姿を現した。


「キュアァァアアアアアアッ!!」


特徴的な甲高い咆哮が辺り一面に響くと同時に、海水が巻き上げられ、竜巻となって俺に迫る。

俺は避ける事はせず、結界を前方に張ってそれを防ぐ。

だが、そこで予想していなかった事が起きた。結界が一瞬の抵抗の後、砕かれたのだ。


「……っ、まずい!?」


咄嗟に魔剣スプリガンを抜いて守りの力を展開。

津波は俺の展開したそれに当たって、今度こそその勢いを弱めた。

先程結界を破壊した力の正体に気付いて、俺は忌々しげに毒づく。


「浸食魔法とは面倒なもんを……!」


浸食魔法は魔法にのみ作用し、触れた魔法を染み込むように浸食し、破壊する魔法だ。

魔法を使う相手にはこの上なく優位に立ち回れる魔法だが、使い手は殆どいない。

まず習得難易度が高いのだ。

浸食魔法は単体では機能せず、撃ち出す魔法に更に付与して使う必要があるのだが、コントロールが下手だと上手く魔法が発動せず、下手すれば暴発する。

加えて魔力量を通常よりも多めに削られる。

何せ、通常の魔法に更にそれを付与しなければ発動しないのだ。

俺も使えると言えば使えるが、余程の事が無ければ使わない。


もう1つ使わない理由を挙げるならば、そもそも戦う相手である魔族がそこまで魔法を連発してこないから使う機会が殆ど無い。

そう考えると、この浸食魔法は魔族が使う方が強いのだろう。

魔力量は人間よりも基本的に多いし、魔族と戦う人間は大なり小なり何かしら魔法を使うのだから。


レイ・ドラグーンが竜巻を生み出して再び動きだす。

俺はニーザの力を召喚して、こちらに向かってくる竜巻をすべて回避しつつ、フレア・ブラストを掌に生み出して、レイ・ドラグーンの顔面目掛けて投げ放った。

殺す気で放ったが、まずは小手調べだ。


「さて、どうなる……?」


レイ・ドラグーンはフレア・ブラストを視認するも、避けることなくそれをただじっと見つめていた。

先日のエギルの村の件もあるし、恐らくだが俺の予想は当たるだろう。

この一撃次第で戦い方も変えなければならない。

そして、そんな俺の予想はやはり当たる。

頭部を吹き飛ばすつもりで放ったフレア・ブラストはレイ・ドラグーンの顔に直撃する前に霧散し、消えていった。


「本当にどうなってんだよ、俺が戦う暴走魔族はさ………!」


少なくとも、ニコライやアルバートからは神衣を纏った暴走魔族の出現は他には聞いていない。

何故俺ばかりが……と、内心の呆れと苛立ちを吐き出すようにぼやき、俺は神殺しを起動したのだった。

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