第19話「ぶっきらぼうな老爺」


インドラを覆う爆煙を見ながら、俺は一足先に地上に降り立つ。

ニーザは破砕連装を展開したまま、その場に留まっていた。

………それがいけなかった。

爆煙の中から、しわがれた声が響く。


「―――――一瞬の終わりをハリ。」


「っ、ニーザッ!!!」


アダムの書を大急ぎで開いて空間隔離、プリトヴィー、ダメ押しとばかりに出せる限りの結界を展開する。

そこへ、先程までの白雷とは違う緑雷の槍が高速でニーザへ迫った。

咄嗟にニーザも塵禍降雷オーバーロード・デスペリアを放つも、雷の槍はやすやすとそれを斬り裂き、俺の展開した結界の塊に直撃した。

瞬間、爆音と共にそれらが全て吹き飛ぶ。

俺は形振り構わず雷の着弾地点に飛ぶ。

爆煙に包まれたニーザから落ちてくるのを、どうにか抱えると、俺達目掛けて白雷が降り注ぐ。


「…………、くそぉおおおおお!!」


アダムの書を使う暇も無い。

叛翼の風とベルゼブブを最大稼働させてそれを迎え撃つが、ギリギリで押し負け、ニーザを抱えたまま地面に叩き落される。

ベルゼブブは弾き落とされ、数メートル先に突き刺さっていた。

取りに行こうにも、そんな暇は無いし、後回しだ。


「ぐっ………、」


叩きつけられた痛みを堪えながら、先程の一撃で動けなくなったニーザに痛覚遮断の魔法と修復魔法を複数かけていく。

翼が片方、半分だけ吹き飛び、身体のあちこちを怪我しているが、移動する事もなくその場で治療を開始。

ニーザはのろのろと、腕の中で俺を見上げた。


「アルシア、アタシの事はいいから……、一度逃げ…………、」

「黙ってろ。お前を置いて逃げるとか無理だ。」

「でも………、」


ニーザが肩越しに空を見上げるので、俺も治療をしながら空を見上げる。

インドラは先程の一撃で片腕を失って致命傷を負ってはいるものの、それでも死んではおらず、残った片腕で先程の決殺の槍を生み出そうとしていた。

どうやら一瞬の終わりをハリと呼ばれた先程の一撃があの老神の最強の技らしい。

ただ、今までのどの一撃よりも強力ではある分、連射は出来ないようだ。

とは言え、再装填まで一分もかからないだろう。

再びニーザに視線を落として、治療に集中する。


翼の治療が終わるまで、あと少し。

治療中の翼とは別に、全身にかける修復魔法を更に増やしていく。


「だめ……!このままじゃアルシアまで死んじゃう!」


尚も俺に逃げる様に言うニーザに、首を振りながら微笑みかける。


「同じ事だ。ここでお前を置いて逃げても、アイツから逃げ切ることは出来ないよ。それに……、もう準備出来てるらしいぞ?」


再びインドラに視線を向ける。

その手には先程と同じ、高密度の緑槍が握られていた。

手にした槍をこちらに投げつける為に振りかぶる様を見て、再び結界や空間隔離を展開しながらニーザに覆い被さる。

無駄かもしれないが、運が良ければニーザだけは生き残れるかもしれない。

いずれ来る死に備えて目を強く瞑った時だった。


「う、ぐぅううううう……っ?!」


インドラが上空で苦しみ出したのだ。

頭を押さえ、悶える様を見て、何事なのか?と内心首を傾げた時、インドラの手にした雷槍が制御を失って砕け、降り注いだ。

槍の時ほど威力がある訳ではないとはいえ、それでも防げる威力ではないので再び覆い被さろうとした時だった。


「―――――やられ放題じゃねえかよ、坊主。」


聞いたこともない声と共にベルゼブブから無数の翅音の刃が放たれ、迫りくる緑雷が全て喰い潰され、辺りが一瞬、静寂に包まれる。


「ちっ、。」


顔を上げ、ベルゼブブが突き刺さった場所を見ると、そこにはこちらに背を向け、見たこともない、傷だらけのガタイのいい老人が立っていた。

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