Dea Metempsychosis(日本語)

 本物のナイフ相手に訓練したことなんてない。父さんは危険すぎるって言ってた。


 ゴム製のナイフで、何のリスクもない状況でしか練習したことがない。


 でも、これは違う。


 あと一秒足らずで、自分とサザナミちゃんの運命を決める行動を取らなければならない。


 もし失敗したら、間違いなく僕は死ぬだろう。


 そんな考えが重くのしかかり、息苦しさが増す。でも、躊躇したら負ける。


 彼が突進してくると同時に、僕は本能的に父さんに教え込まれた動きを繰り返した。


(低く構えろ…安定しろ…肩を捕えろ…)


 ナイフが思ったよりも速く振り下ろされてくる。でも、アドレナリンのおかげで周りの世界が鮮明に見える。


 濡れた道で足を滑らせそうになりながらも、何とか内側に踏み込む。順序通りに動いて、刃の軌道から頭を避けつつ、彼の腕を肩でブロックし、首を固定する。


 父さんから「相手に反撃の隙を与えるな」と警告されたのを思い出す。持ち替えさせてもいけない、と。


(しっかり握って…制御するんだ…)


「て―てめえ!」


 彼は後ろに引こうとするが、僕は既に体重を移動させていて、彼の身体にまたがりながら重心を崩す。


(足を切り替えろ…もっと低く…)


 膝の裏に足をかけ、引っ張ってバランスを崩させる。彼の体は緊張し、襟を掴もうと必死で手を伸ばす。


 訓練通りに体重を移動させ、引っ張る。彼は一瞬宙に浮き、次の瞬間には地面に叩きつけられ、その衝撃が空気を震わせる。


「かっ…!」


 彼の腕をロックし、手首をひねり、指がナイフを探る。親指を一気に引っ張り、ナイフが手から滑り落ちて地面に転がる。


 現実が戻ってきて、音と痛みが一気に押し寄せてくる。


 やった。


 本能に助けられた…父さんがひたすら鍛え上げてくれたおかげで。


 まあ…


 もしかしたら助けたのはサザナミちゃんかもしれない。自分自身は?


 いや、絶対に助かってない。


 自分が歩いた場所にあっという間に広がった血の跡が見える。


 視界が鮮明になり、彼が立ち上がるのが見える、もう一度戦う覚悟をする。


 でも、彼は怯えたように見え、びしょ濡れのまま地面から立ち上がる。最後に僕とサザナミを憎しみの目で見てから、よろよろと立ち去った。


「はあ…はあ…」


 実戦がこれほどエネルギーを奪うとは思ってもみなかった。映画みたいにクールに、六人の敵を汗一つかかずに倒せるとでも思ってたのに。


 でも、たったこれだけで…もう限界だ。


 振り向くと、サザナミちゃんの顔が見える。まだ恐怖とショックで歪んだままだ。


(ああ…僕が怖がらせたんだ。僕は何も上手くできないのか?)


 手を伸ばして、何とかして彼女を安心させたいと思う。でも、視界がぼやけ、頭がくらくらする。


 代わりに、体が後ろに倒れるのを感じる。足が重く、もう力が残っていない。


 自分を支える力ももう残っていない。


 …


「ここが僕の最期か…」


 さっき見上げた雨空が目に入る。


「うわっ…冷たい…感覚がない…ああ、今度は熱くなってきた…」


 何週間も眠ってないような気分だ。少なくとも、痛みが引いてきて、あの嫌な感覚も…


 サザナミが何か僕に言おうとしているのが見える。僕の隣にしゃがみこんで、明らかにパニックに陥っている。


 彼女の頭でも撫でてあげる力があればな。彼女にちゃんと構ってあげなかったのが後悔だ。


 でも彼女は無事だから…僕も大丈夫かな。


 ごめんね、サザナミ。君が何を言っているのか聞こえないけど、多分優しい言葉をかけてくれてるんだろうな。慰めてくれてるんだろう?


 少し目を閉じるよ…だって雨が当たっていて、ちょっと不快だから。


 少し眠ろう。




 ...




 ......




 .........




 死にかけてたと思ったのに?どうやら違ったらしい…


 ここはどこだ?さっきまでいた場所とは明らかに違う。


 虚無?まぁそんな感じだが、暗闇がどこか照らされている。


 もしかして、プロセスにエラーでも起きたのか?


 でも本当に、ここには何もない。誰もいない…


 少なくとも、体はまだあるみたいだ。


 …


「もしもし?」


 虚無に向かって呼びかけたら、答えが返ってくるかもしれない。見つめれば虚無も見返すって言うけど、話しかけたらどうなるんだろう?


「もしもーし…誰かいる?管理部に連絡したいんだけど!処理部に問題があったみたいだから!」


 死の間際に冗談を言うべきじゃないかもな…


「問題…?ここにミスなど存在しません。あなたがここに来たのも、明らかに理由があってのことです。」


「はっ、誰だ?」


「すぐに姿を現してほしいのか?無形の神のように会話したくはないのですか?見ないことを選ぶ者も多いのです。ただ…あなたのように私の姿を求める者も多いですが。」


「いや、礼儀として顔を合わせて話すのがいいでしょ?それに、自己紹介もなしに話すのは失礼だよ!」


「確かに一理ありますね…」


 その声の主を探して辺りを見回すが、何も見えない。


 やがて徐々に暗闇の中に、輪郭がはっきりとしてくる。


 わずかな光を反射する白い衣。金色の飾りや装飾が施されている。翼が…二つ。


 一人の女性が近づいてくる。

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