第3話 決意が背中を押す

「心話ちゃんに出会ってなにか感じたことある?」

「僕が思っていた以上にがんしょうめつびょうというのは残酷なものなんだっていうのが分かりました」


 今日、僕とあい先輩は約束通りカフェで心話さんと待ち合わせをしていた。


「それも一人一人、願いが違うっていうのが難しいところだよね」


 そんな風に昨日の振り返りをしていると、さんが息を切らしながらカフェに入ってきた。


「すみません、色々あって遅れてしまいました」

「全然大丈夫。座って少し落ち着いた方がいいんじゃない?」

「はい。そうします」


 心話さんが僕らを呼んだ理由は、家族のことで一つ相談したいことがあるかららしい。


「あの、さっそく相談をしてもいいですか……?」

「もちろんいいよ」


 昨日、心話さんのことをある程度知ったので相談内容はだいたい予想がつく。だからこそ心話さんがここに来る前に、愛願先輩と少し話をしておいた。しっかりアドバイスができるように。


「えっと、母の臓器提供についてで……すみません重い話で」

「大丈夫だよ。不安なこととか私たちに全部話していいからね」


 そう言うあい先輩の声は本当に優しくて、きっと誰もがその声に安心する。


「ありがとうございます。実は昨日、父に母の臓器を提供するかどうかの話になったんです。そこで心話の意見も聞きたいと言われたんですが、何も言えなくて……」


 本来、中学生ならたくさん遊んで笑ってふざけたりしてもいいはずだ。それなのに自分の母親の死と向き合わないといけない。もし僕が心話さんの立場なら臓器の話も父に任せたと思う。母の死と向き合いたくないから。


 その点、心話さんはしっかりしている。きっとすごく真面目で優しいのだろう。


「私の父は本当に優しいんです。だからこそ私が意見を言ったら、父は自分の考えを捨てて私の考えを優先してしまうのではないかと不安で……」

「なるほど……」


 僕はアドリブに弱い。だからこそさっきまでしっかりアドバイスができるよう、いくつかの質問に対して回答を用意していた。しかしこの質問は予想しておらず、頭をフル回転させても良い回答が思い浮かばない。


 どうしよう、そう思っていると愛願先輩が口を開いた。


「それ、話した?」

「え、」

「お父さんにその気持ち、話した?」


 その問いに心話さんは首を横に振る。


「ダメだよ、しっかり伝えないと。そういうのは悩んでても仕方ないの。一番手っ取り早いのは、気持ちをしっかり伝えること。そうすればお父さんも心話ちゃんの気持ちを理解してくれると思うよ」

「そ、そうですかね……?」

「そうだよ。ほら、今すぐ連絡してみなよ」


 あまりのスピーディーさに心話さんは慌てながらも、携帯を取り出し連絡をした。すると数分後、


「父から病院で話そうって連絡が来ました」

「了解。私たちはどうすればいいかな?」

「できれば一緒に来てほしいです。お二人がいると落ち着くので。もちろんご迷惑でなければ……」


 その言葉の後、心話さんと愛願先輩がこちらを見てきた。どうして愛願先輩までこっちを見てくるんだ……。


「僕は暇だから別にいいよ。先輩は?」

「私もオッケーだよ」

「了解です。それじゃあ行こうか」

「ありがとうございます!」


 そうして僕たちは太陽の日差しが降り注ぐなか病院へ向かうことになった、のだが……。


「AI、勇気を出す方法を教えて」


「AI、応援の言葉が欲しい」


「AI、気持ちを素直に伝える方法は?」


 病院に向かっている途中、心話さんがずっとスマホのAIに話しかけていた。


「あのー、心話さん? それは……」

「私、普段からAIに悩み事とかを聞いてもらってるんです。最近は使う頻度が高くなってきたので、ついに課金もしちゃいました」


 と、明るく言っているが内情はきっと切ない。その悩み事も前までは母親に聞いてもらっていたのだろう。にしても心話さんは本当にAIを使いこなしているな。


 そうして数分歩き病院に着くと、既に心話さんの父親であるゆうさくさんが椅子に座っていた。


「お、きたね。それじゃあ病室に行こう。叶さんと愛願さんもどうぞこちらへ」


 さっきまでは何ともなかった心話さんだが、病院に入った瞬間一目でわかるくらいガチガチに緊張していた。


「大丈夫だよ、普通に伝えればいいだけだから」

「そうですよね……わたし、頑張ってみます」


 さすがに僕と愛願先輩まで病室に入るのは良くないと思ったので、廊下で待つことにした。


「お父さん、前の話なんだけどさ……」


 扉の向こう側で微かに聞こえる心話さんの声。


「私が意見を言っても、心話がそう言うならそうしようとか思わないでほしいの。お母さんのことはしっかり二人で話し合って決めたい。それでもいいなら、ちゃんと話すよ……」


 その言葉の後に沈黙などは無く、優作さんはすぐに答えた。


「当たり前だよ。これは二人で決めることだし、これから先も全部二人でやっていく。決して心話だけに任せるとかそんなことはしないよ。家族なんだからさ」


 話し方はいたって普通。でもその普通さが温かい家族を象徴している。


「だから言ってごらん、心話の気持ちを」


 心話さんは答える。


「私は臓器提供に賛成。だってお母さんは意思表示カードを持ってたんでしょ。それってつまり自分の身に何かあっても、誰かの助けになれるなら臓器を提供してもいいってことだよね? だったら私はお母さんのその気持ちを応援したい」


 それを聞いた優作さんは「立派に育ったもんだ」と小さな声で呟いた。


「お父さんも同意見だよ。お父さんはお母さんのことが好きだ。だからこそお母さんの気持ちを尊重したい」


 これで決まった。心話さんと優作さん、二人で決めた答えだ。


「そうと決まったら、後で病院の人に話しておくよ」

「うん、分かった」

「あ、そうだ。実は心話に一つ聞かせたいものがあるんだよ」


 そう言って、優作さんは鞄の中からスマホを取り出した。

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