🔮パープル式部一代記・Season2・第弐話

 三人は長い取説を結局一晩中かかって、「あ――だ、こ――だ」と読んでいた。ゆかりは当然の疑問を口にするが、道長は相変わらずであった。


「あのさ、そもそも金峯山きんぷさんって女人禁制じゃないの? お、お前ら……わたしだけ見捨てる気だろ……」

「ゆかりは時鳥ホトトギスで行けよ、カゴにいれてやるから。でも登るのがそもそもだるい……てか、また登るのか? めんどいな……」


 じめついたゆかりと面倒そうな道長をよそに、宣孝のぶたかは、ネットでいろいろと下見をしながら口を開く。


「いまはロープウェイがあるらしいので、すいすいっと行けそうですよ」


 その言葉に、やる気のない不審げな暗黒色のまなこのゆかりをよそに、道長は気を取り直していた。


「それいいな! よし、じゃあ計画を立てて役割分担するぞ。金の筒が三人分と手書きの写経三人分をにもらった呪札を貼って埋めてくる……スコップがいるな。ゆかり、お前は三人分の写経(代筆)な! で、宣孝のぶたかと俺で、ゆかりの入った鳥かごと荷物を持って行くことにしよう。楽勝楽勝! 平安時代はなかなか苦労したけれどロープウェイか、いいな!」


 時鳥ホトトギスでも大丈夫なのかなぁ……また写経かよ……そんなことを考えているゆかりを置き去りに道長はてきぱき話を進めるが、宣孝のぶたか「おやまあ……」そんな感じで口を挟む。


「道長さま……」

「なに?」

「夜にロープウェイは動いておりません……」

「満月はまだ先……宣孝のぶたかひとりで頑張れるか?」

「取説によると、少なくとも男は人の姿でないと……」


 三人はため息をついてしばらく考え込んでいたが、ゆかりは「なんで三人分……時鳥ホトトギスで手書きなんてどうすれば……」なんて思いながら、とにかく他の連載はしばらく休載してもらおうと、暗い顔でぼそぼそとそれぞれの出版社に連絡を終えてから、はっとした顔をしていた。


「どうしたゆかり?」

「あ、あのさ……じじいに頼めば一日や二日は人の姿に日持ちとか……大丈夫じゃないかな……それなら手書きも早くできるはず……」

「あ――あいつな……出番だ宣孝のぶたか! 女じゃなくて相手でもなんとかしてくれ! 予算はそうだな……これくらいで……」

「え……最近、政争していないから男相手に取り入るのは、あまり自信が……まあ、がんばってみますよ」


 そんなこんなでその日は終わり、バカさまとゆかりは時鳥ホトトギスに戻ってしまったが、いきなり人になっても困るので、翌日はマンションで宣孝のぶたかの帰りを待つことにした。


 そして翌日の夜更け、シャッターには穴が開き、まだガムテープと段ボールで扉を補強した例の古書店へ、宣孝のぶたかは、占事略决せんじりゃっけつを抱えている例の「じじい」の店に足を運ぶと、実に愛想よく話しかけていた。


「じじい」こと安倍晴明あべのはるあきは、当たり前ではあるがひどく不機嫌な顔をしていた。しかしながら、『天性の人たらし、逆行に強く、世渡り上手で、いつでもモテ期の盛り上げ上手!』の宣孝のぶたかは、ひどく同情した表情を顔に浮かべると、「先日は散々でしたねぇ……」なんて言いながら、手土産のいまとなっては珍しい、本格的な平安の白酒をさりげなく取り出すと、案の定、晴明は食いついていた。


 不老不死とはいえど、そもそも平安の生まれ、あの時代の物が懐かしくないはずはないのである。宣孝のぶたかが、「うち(ホストクラブ)で平安お姫さま体験を企画したときにわざわざ醸造を……」なんて言いながら取り出したので、こと安倍晴明あべのはるあきは、「いやいや懐かしい! いますぐ飲もう! 昔話をできる相手もいなくてね……いやまさか宣孝のぶたか君がいたとはね――それに、そのなに? 平安お姫さま体験の話も聞きたいっ!」なんて気を取り直して、なにかツマミになるものあったかな……とか言いつつ、「まあ、こんなところもアレだから!」なんて、いつもは誰も通さない客間へと誘う。


「いやいや、わたくしなどが安倍晴明あべのはるあきさまにお招きいただくなど……」なんて、正式な礼を取る宣孝のぶたか(最終官位・正五位下)が恐縮するのに、安倍晴明あべのはるあき(最終官位・従四位下)は、こんな礼儀正しくも素晴らしい男が、あの地獄の根暗・紫式部の夫だったなんて……そんな驚きを覚えつつ、「ま、まあまあ、もう身分制度なんてなくなっちゃったからね! 無礼講、無礼講!」なんて、丸い風変りな障子のある平安風の板の間に畳と屏風。そして寒さに勝てないのかこたつがひとつ。そんな客間へと彼を案内していた。


 平安の時代には、部署も違うので話し込んだことなどもちろんなかったが、話せば話すほど実に良い男であった。宣孝のぶたかは、晴明はるあきの話を親身になって聞いてくれた。


 平安時代の道長のとんでも依頼や無茶ぶりの苦労。和泉式部にしてやられた話。隠居してのんびりしていたら、いきなり応仁の乱……戦国時代……日露戦争。


 あてもなく、ただひたすらに続く愚痴であったが、商売柄(ホスト)実に親身に熱心に聞いているようで、実は自分の計画を頭の中で立てていた宣孝のぶたかは、「は――いやホントに今日は嬉しい。これで占事略决せんじりゃっけつさえ売れてくれれば……」やっと待っていた言葉を晴明はるあきが口にしたので、だれもが見惚れる『宣孝のぶたかスマイル・エクストラ・スペシャル』を自然に浮かべていた。


「それですよ晴明はるあきさま……実に素晴らしい内容なのに、実に惜しい」

「でも、千年たっても在庫が……文才がないんだろうね」

「それなんですけどね……わたしに名案が……映画化はどうでしょうか?」

「えっ!? え、映画化!?」


 宣孝のぶたかが言うには、この高度な本をそのまま売るのは、一般相手には難しい。それならばいっそのこと、紫式部に脚本を書かせて、かみ砕いた内容の娯楽本にして映画化にしよう。その効果で、重版がかかるくらい売ってしまおうというものであった。


「あの地獄の根暗女……確かに源氏物語は千年だっても売れているけど……」

「それだけじゃないんですよ……これは、お釈迦さまも知らぬ話ですが……」

「えっ!? うえっ!? あれもこれも根暗女の作品!?」


 長々と生きていた晴明はるあきは、その時代時代で「あんなに売れて羨ましい……」そう思っていた出版物が、ほとんど紫式部のものだと聞いて驚愕していた。


「それと……わたくしは元・夫ですし遠縁にもあたりますので、あの根暗は扱いなれております。きっとうんと言わせます。晴明はるあきの素晴らしい本を埋もれさせるのは惜しい! 実に惜しい話です!」

「う――ん……でも、ホントに? あの、実は、本当に本当に山のようなの

在庫が……」


 ほろ酔い気分ながらもとまどう晴明はるあきの両肩にそっと手を添えた宣孝のぶたかは、耳元で低くて良い声で囁く。


「ね、ブーム。を起こしましょうよ。先がけとして紫式部に“天を切る! そは安倍晴明あべのはるあき希代の陰陽師”なんていう話を書かせましょう。あのおなご安倍晴明あべのはるあきさまのようには書けませんが、とにかく書けば絶対にヒットさせますから。この間も京都で一番の大型書店で発売日の大行列……」

「うむむ……実は柱の陰で見ていた。目もくらむ光景だった…うらやましい……」

「じゃ、善は急げです! ここはご高名な安倍晴明あべのはるあきさまの御力添えでなんとか……」

「そ、そうだな! ちょっちょっとまってて! すぐに墨を擦るから!」


 宣孝のぶたかは真夜中の道をマンションへ向かって歩きながら、『宣孝のぶたかスマイル・エクストラ・スペシャル』を自然に浮かべていた。手には三人分の「期間限定・人に戻れる呪札」さすが伝説の男であった。


「なかなかあっけなかったな、和泉式部の話は笑えた……さて帰るか」



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