第二話『杖の精霊』

 生まれも育ちも栃木県宇都宮市の、特にこれといった特徴もない平凡な女子。

 それが私、青乃あおの祭莉まつりだ。


 幼稚園の頃にハマったニチアサから始まり、様々なアニメやゲームに触れ二十歳になった今――。

 私はとうとう“おかしくなってしまった”らしい……


「お主が、この世界を救う新たなる“救世主”か?」


 そう私に問うてくるのは、太陽に透かしたような美しい金髪を持つ幼い見た目の少女。

 彼女の翡翠の美しい瞳が見据える先は、間違いなくこの私だ。


「きゅ……救世主!?」


 と、声を裏返えらせ、これ以上ない間抜けな返事をしてしまっていた。


 ゲームやアニメのファンタジー作品に数多く触れているこの私だが、さすがにリアルでこんなことを突然言われるのがおかしいのはわかる。

 だっていかにもな杖が、いきなり女の子に変身したりしないし、そもそもフェスタにはこんな幻想的な庭園みたいな場所は存在しない――。


 そこまで言ってある仮説が私の頭の中に浮上する。


 ここに辿り着く直前、私が乗っていたエレベーターは尋常じゃない速度で落下した。

 そして到着したのはまるで天使が住んでそうな庭園。

 つまり……そこから導き出される結論は――。


「あ、あのぉ……ここって、もしかして天国だったりしちゃいます……?」


「……ぬ? お主、何を言っておるのだ……?」


「だ、だって――! こんなに綺麗な場所あったら絶対知ってるし、やっぱりそうなんだ! そしてあなたがここを守護する天使様ってことなんだね!!」


「お、おい! 少しは落ち着――」


一歩、また一歩と幼女に肉薄し、オタク特有の早口でさらにまくし立てる‼️


「うわぁ〜本物初めて見ちゃった! あ、一緒に動画撮影とかって大丈夫ですか? こんなの絶対バズるじゃんね! キャーどうしよ! 私今日で有名人になっちゃうかも~! あ、ちょっと待ってね今準備するから!」


「お、お主……目、ガンギマッとるぞ……」


 無限バンダナ装備で繰り出したマシンガントーク。

 恐らく私の眼からは光が消え、その中にはグルグルと渦が巻いていて、なんかヤバそうな雰囲気を醸し出している事だろう。


 そんな私から金髪幼女は、引き気味に徐々に後方へと距離を取って大きなため息を吐く。


「はぁぁ~……長い年月を待って、ようやく現れたのがこんなヤバいやつとは……この世界も潮時かのぉ……」


 遂にはスマホで撮影の準備を始めた私に、心底呆れたような視線が向けられる。


「仕方ない、雷の精霊よ――」


 金髪幼女が空に左手を掲げると、どこからともなく黄色い光の玉が集まってくる。

 光の玉は互いが近付くとバチバチッと音を立てて微弱な電気を生じさせている。


「おぉ、よく集まってくれたな、そこにいるガンギマッて我を見失った娘を正気に戻してやって欲しいのじゃ」


 幼女の言葉に応じるように光の玉が、その場でグルグルと回って私に近付く。


「ほらほら撮りますよ~って……へ?」


「はぁ……良いか、そっとじゃぞ?」


 光の玉――もとい雷の精霊たちは私の周りに群がりやがて青白い閃光へと集約する。

 それは静電気ほどの弱い雷の玉。

 彼らは主の「そっと」という要望を加味し、私に優しく接触した。


 ――が。


「あぎゃぁあ!?」


 いくら「そっと」とは言ってもまるで全身で静電気が起きたような感覚がなんとも言えない痛みとなり、変な声が出てしまった。

 顔は引き攣り、涙はちょちょぎれ、体がビクッと跳ねて、さっきまで何を考えていたのかなんてすっかり忘れてしまっていた。


「あれ、私はどこ? ここは誰って……あなた――」


「ようやく落ち着いたか、まさか名前まで忘れてしまったわけではあるまいな?」


「な、名前は青乃祭莉、二十歳! ちゃんと覚えてるもん!! それで、あなたは……えっと、フーアーユー?」


「さっきから普通に話しとるじゃろうが! おっほん! 刮目するがよい!!」


 幼女が両手をバッと広げ、誇らしげな表情で私に告げる。


「わしこそがあの偉大なる賢者の杖に宿る精霊――ユニ・オリオンである!!」


 ドォン!! と、効果音が可視化できそうな勢いで名前を言い放った金髪幼女・ユニは、この上ないドヤ顔で私を祭壇の上から見下している。

 だがしかし。


「えっと……なんて?」


「――――なっ!?」


 どの作品でも聞いたことのない名前。

 ラノベとかでこんなシチュエーションに主人公たちが遭遇するけど、彼らはもっと良いリアクションしてた。

 比べて私はこんなリアルな反応をして、やっぱり現実とフィクションは別物なんだなと痛感する。


「ふ、ふんっ! まぁ知らなくても無理はないな、お主は別の世界の人間なのだから!」


 ユニは鼻を鳴らしてさっきまでのドヤ顔に戻って威張りだす。


 ――って『別の世界』?


 その単語を聞いて、今度はパニックにならずに暗い顔なる。

 そんな私を見て、ユニが焦ったように続ける。


「ち、違う違う! ここは天国ではない!!」


「じゃ、じゃあ地獄……?」


「そっちでもないわっ! ここは、お主の世界の“反対側にある世界”じゃ」


「反対側の……世界?」


「うむ。わしはこのダンジョン――フェスタで、悪の権化たる魔王に対抗できるかもしれない、そんな可能性を持つ新たな救世主を待っていたのじゃ」


 ユニは祭壇の上からよいしょと降りて、近くに咲いていた現実だと見たことない見事な花弁の華を愛でながら続ける。


「しかし長い間、待てど暮らせどそんな存在は現れなくてな、残った力のほとんどを使ってお主の世界とこちらの世界を繋げたのじゃ」


「な、なるほど……?」


「少々強引な手でこちらに連れてきてしまったのは詫びよう、じゃがこのまま魔王を野放しにするのはお主の世界にも悪影響を及ぼすかもしれない」


「悪……影響……ゴクリ……」


 ユニは愛でていた華から私に目を移し、至って真面目な顔をする。

 それに倣って私もまじめな顔をしてみちゃったり。


「この世界はお主の世界と反対――まるで鏡写しのようになっていて互いに干渉し合える。つまりこちらで起こった事は形を変えてお主の世界でも起こる」


「それじゃあ、ここで悪い事が起こると私の世界でも……」


「そういうことじゃな、でも魔王が考えているのはそんな嫌がらせレベルの話じゃない。お主を呼ぶ時に”世界を繋げた”と言ったじゃろ?」


「う、うん……」


「魔王はこのわしが持つ【世界を繋げる魔法】を手中に収め、お主の世界を間接的にではなく、直接侵略しようとしているのじゃ!」


「――――ッ!?」


 なんだかとんでもないことを言われた気がする。

 否、言われている。


 魔王が侵略? それってゲームとかだけの話じゃないの?

 それにそれが本当だとしたら……


「そ、その話が本当だとして、なんで救世主が私なの? 自分で言うのもアレだけど特技も何も無くて……その……ただのフリーターだし……」


 私が頭に浮かんだ疑問をぶつける。

 生まれも育ちも宇都宮の、特にこれといった特徴もない平凡な女子。それが私なのだ。

 伝説の英雄の末裔でもないし、スポーツ万能で最初からステータス高めなでもない。

 それに今だってやろうとしている事すらままならず、いつもから回ってばかりの私に、そんな大役務まりっこないだろう。


 考えれば考えるほどネガティブな発想しか湧いてこない。

 恐る恐る顔を上げて目の前に立つユニを見るが、彼女はそれがどうしたと言わんばかりに笑っていた。


「ふんっ、それがどうしたと言うのだ? わしがお主を選んだのは、もっと違う部分を気に入ったからじゃ」


「ち、違う部分って?」


「それは――“地元愛”じゃよ」


 ユニが満面の笑みを浮かべ、握り拳を突き出して告げた。


「は、はい……?」


「お主の事をここから見ていたんだ、動画の伸びが芳しく無くても、それでもめげずに自分を奮い立たせて頑張ってたお主をな」


「そ、そんなの……誰でもできるもん……」


 祭莉は照れくさそうにそっぽを向く。

 その反応がおもしろかったのか、ユニはニヤリと笑みを浮かべ続ける。


「なら、どうして動画のネタは全部栃木関係で固めてたんじゃ? それにチャンネル名もあんな地元愛に溢れた名前にして……」


「そ、それは都会は人が多すぎて行けないし……って!? 私のチャンネル見てるの!?」


「にしし、もちろん毎回チェックしておるぞ、【栃木の新たな星・マツリ】ちゃん♪」


「ぐぬぬぬぬぅぅぅぅ……くっころぉぉおお……!!」


 こういうハンドルネームって面と向かって言われると悶絶したくなる。

 私は両手で顔を覆って、炎が吹き出しそうな真っ赤な顔を隠す。


「とまぁ、からかうのはこれくらいにして……魔王はその昔に勇者一行が一度封印したが、それが最近何者かに解かれたという噂を耳にしたのじゃ」


「うぅ……切り替え早すぎるよぉ……」


 すっかり真面目な話に戻るユニの切り替えの速さに着いて行けず、置いてけぼりの私。


「おい聞いておるのか? 栃木の新たな――」


「だぁぁぁぁ!! 聞いてます! 聞いてますから!」


 この“のじゃロリ”め、後で絶対仕返ししてやる……!


「うむ、ならば良し。これがただの噂なら良いのじゃが……どうもそういう訳ではなさそうでな……」


「それどうにかするのって……」


「そこをお主に頼もうと思っておるのじゃが――」


「ハッ!? まさか私にも隠された特殊能力が!?」


「ちょっ、おいおい」


 私は全身を巡る魔力を感じ取り、それを天に掲げた右手に収束させる。

 イメージはさっきの青白い雷。


 身をもって体験した私だからきっとコピーとかできる気がする。

 今はそんな気がする。


「ユニ、行くよ! さっきのお返しッ――!!」


 魔力が充分満ちたのを感じ、それをユニに向けて解き放つ――ッ!!


 ユニも眼を見開いて、焦っているようだ。

 これは本当に魔法デビューできちゃうのでは無いのだろうか?

 否、絶対そうだ。


 刮目せよ、全世界。

 これが、青乃祭莉の魔法少女ライフの第一歩――!

 …

 ……

 ………

 でも、待てど暮らせど何も起きない。


「あ、あれ……?」


「お主、やっぱりヤバいやつじゃな……」


 またそんなドン引きした眼差しを向けられ、ヤバいやつ認定をされてしまった。


「なぁんだぁ~……私も魔法使いたかった~!」


 私はしなしな~とその場にへたり込んでしまう。


「じゃが――、お主に魔法を授ける事は出来る!」


「え……? 本当ッ!?」


 その言葉を聞いて私はユニにずずいと迫り真偽を問う。


「うぉぉ……やけに食い気味じゃな……」


 そんな私の勢いに気圧されユニは顔を引き攣らせていた。


「こ、こほん……お主にはこのダンジョンを攻略してもらい、各階層に隠された魔法の塊である【オーブ】を集め、“七つの魔法”を手にしてもらう必要がある!」


「えぇ~、今すぐ三つの中から一つ選んで冒険の旅に出かけるとかじゃないのぉ~? ユニえもぉ〜ん」


「誰が“ユニえもん”じゃ! この生意気な小童にはまた雷をお見舞いしてやろうかの」


「ま、待って! タンマ! それ地味に痛いんだから!」


 もうあれを食らうのはごめんだ。

 私は全力でユニのなだめる。


「じゃ、じゃあ魔法を授けてもらうにはそのオーブを集めに行けばいいの?」


「そ、そうじゃが……来てくれるのか?」


「うん! 魔法とか使ってみないし! それに動画とか取ったらバズっちゃうかもだしね♪」


 私は満面の笑顔で答えて見せる。


「お、おい……これは遊びじゃ……」


「わかってるよ」


 今度はまじめに答える。


「もしかしたら失敗しちゃうかもしれないし、上手くいかない事が多いかもしれない……いままでがずっとそうだったから」


「この期に及んで不安になる事を言ってくれるな……」


「ふふっ、ごめんごめん。でもさ、そんな私から変わらなきゃいけないって思うから――」


 私はユニに手を差し出す。


「――だから、私が選ばれたのであれば、その役目果たしてみせるよ」


 その一連のセリフを聞いて、ユニがきょとんとする。


「ふふっ、ふふふ……はーはっはっはっ! お主……いや、祭莉。やっぱりそなたを選んだのは正解だったようじゃな――」


 そしてユニも私のその手を強く握り返す。


『祭莉がわしを救い、わしも祭莉を救う、共に目指す場所へと歩もうぞ――』


 ニヤリと笑ってそう告げたユニの身体が発光し、最初に杖に触れた時のような光の束へと変わる。

 それは形を成して収束し祭壇に祀られていた杖の形に変化し、ユニと握手していた手に収まった。


「えっ、ちょっとユニ!? 大丈夫なの!?」


『おいおい、わしは杖の精霊じゃぞ? 大丈夫に決まっておるだろ』


 頭の中に直接、ユニの明るい声が響く。

 これはあれだろうか、テレパシーってやつか。

 今、あなたの脳内に直接語りかけています~的なやつ。


『何くだらない事考えてるのじゃ……先が思いやられるわい……』


「え、これこっちの思ってることも伝わっちゃうの!?」


『そりゃあわしらは相棒じゃからな♪ これからよろしく頼むぞ?』


 なんかとてつもなく歯がゆいことを言われている。

 でも嬉しくて、胸の奥底からワクワクが高まる――そんな感覚にさせてくれる魔法の言葉、それが――。


「うん、よろしくね! 相棒!」


to be continued.

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