第56話 キャンディはただの酒バカじゃない
ついに三時間が経った。
飴も無事に固まり型から取り外すと、キャンディは丁寧に包装を施す。
何やら可愛らしい袋に詰めているので、シロガネは首を捻った。
「子供用?」
「ん、気が付いた?」
「なんとなく」
「ふん。それならいいわ」
キャンディは子供用の可愛らしい袋に飴を詰めた。
リボンで口を塞ぎ、如何やら完成したらしい。
この間は酷く酔っていたキャンディだったが、今日の所はまるで違った。
「キャンディさん、頼もしいね」
「ん?」
「酔ってる時はアレだけど、酔ってない時はカッコいいよね」
ニジナはキャンディがカッコよく見えた。
何せ、キャンディがやろうとしていることは、とても好感が持てることだからだ。
カランカラーン!
すると店の鈴が鳴り、誰かが入店する。
当然全員の視線が向けられると、そこには小さな男の子がいた。
少年は口にマスクをしており、喉をガラガラさせて咳き込む。
「あの、えっと(ゴホンゴホン)!」
少年は咳き込んだ。
マスク越しに手を当てると、背中が丸くなる。
とても苦しそうで、ニジナはすぐに傍に駆け寄る。
「大丈夫、喉が痛いの?」
「お姉ちゃんは?」
「私はニジナだよ。君は……」
如何やらこの少年はNPCらしい。
かなり弱っており、病気のアイコンが出ている。
格好を見ると、こう言ってはなんだかあまり裕福ではなさそう。ニジナはどうしようかと、インベントリから回復ポーションを取り出そうとする。
「これ、飲んで」
「ありがとう、お姉(ゴホンゴホンゴホン)!」
ポーションの入った便を手渡すと、少年は指を滑らせた。
パリィーン! とガラスの瓶が床に落ちる。
破片が飛び散ってしまい、液体も溢れてしまう。相当力が入らないのか、簡単に落として割れてしまった。
「ああ、ごめんなさ、(ゴホン)!」
「大丈夫だよ。それより、体は大丈夫? 病院に行った方が……」
「そんな所に行っても治らないわ」
キャンディは冷たい言葉を言い放つ。
ニジナは信じられないものを見る目を送ると、キャンディは飴の入った袋を手渡す。
腰を落とし、少年の目線に合わせた。
「はい、コレを持って行って」
「ありがとう、キャンディさん」
キャンディは少年に渡すために、飴を作っていた。
可愛い袋に入ったら飴を受け取り、少年は嬉しそうだ。
相当キャンディを信用している。子供に人気があるらしい。
「この飴は?」
「そこの二人が採ってきてくれた蜂蜜を使って作った飴。喉にもいい」
「そうなんだ。ありがとうお姉ちゃ(ゴホーン)!」
少年は咳を出すと、今にも倒れてしまいそうだった。
しかしキャンディが優しく支えると、無理はさせないように忠告だけする。
「この飴は効果覿面だから、きっとお母さんも妹もよくなる」
「本当?」
「信じて貰ってもいい。だから早く元気になること。いいわね」
「うん、ありがとうキャンディさん!」
少年は笑みを浮かべた。綺麗な目をしていた。
飴の入った袋を抱えると、店を勢いよく出る。
何だったのか、まるで嵐だった。シロガネとニジナはキャンディに訊ねる。
「キャンディさん、今の子って?」
「NPCよ、病気持ちのね」
「病気?」
「うん。ハリバチ病っていう、この世界独自の、NPCだけがなっちゃう病気よ。これに感染したら、ドンドン喉が腫れて、肺も炎症して、最悪死に至る。その痛みは蜂に喉を内側から刺されるような、熱と感覚らしいわよ」
「「うっ……」」
聞きたくないような痛々しい話だ。
それが現実に起きているのだから、この世界の人達にとっては大変。しかも病院に行っても治せない。
だからこそ、こうしてプレイヤーが介入しなければ、NPCが苦しんでしまう。
もちろんNPCを助けたからと言って、メリットになることはあまりない。
それでも人間性を問われてはいる。
だから助けた方がいいのだが、キャンディもそのうちの一人らしい。
人は見かけによらないとはいう。
もちろん、ニジナはそれを知っているから特に不思議には思わない。
確かなことは、キャンディが優しいということだ。
「キャンディさん、やっぱり優しいですよね」
「うん」
「別に優しいことなんてしてないわよ」
「してますよ、全然してますよ!」
キャンディは自分のことを過小評価していた。
何せ酒に簡単に酔い潰れてしまう酒バカだ。
そんな自分に褒められる要素なんて無い。そう思い込んでいる。
けれどそれは本人がそう思い込んでいるだけ。
酒には弱いが、ただの酒バカじゃない。
無茶苦茶なことは言うものの、自分のためだけじゃないのが伝わり、シロガネも自然と納得する。
「なんだかよかった気がする。この依頼を引き受けて」
「うんうん。あっ、そう言えば報酬」
「(ほい)受取れ」
ボソッと余計なことをニジナは言った。
するとキャンディが何かを放り投げる。
クルクルと宙を回転する瓶に即時反応したニジナは、全身を使って落とさないように抱き止めた。
「おっとっと、セーフだよね?」
「キャンディ、危ない」
「悪かったわね。それが報酬よ」
「報酬って……シャンパン!?」
まるで知らないシャンパンだった。多分、この世界でしか存在していないもの。
けれど受け取ったはいいが、報酬として全く嬉しくない。
何せシロガネもニジナも同級生。二人共未成年だ。
「あのキャンディさん、私達未成年なんですけど」
「それじゃあお酒が飲めるようになってから飲めばいいわよ」
「うっ、それじゃあコレはどうしたら」
「それまでこのゲームが遊べることを祈るのね」
「そんな……」
あまりにも未来的。酷な報酬だった。
ニジナは表情を歪め、唇が曲がってしまう。一方のシロガネはポカンとしていた。
とりあえず報酬がダメダメ。まるで実にならなかった。
「ニジナ、損した?」
「損じゃないけど……まあいっか」
「ニジナがいいなら、それでいい」
決して損では無いのは確かだ。ニジナが吹っ切れると、シロガネは従う。
コクリと首を縦に振ると、キャンディはカウンターの奥へと向かう。
「う~ん、それじゃあ景気付けにお酒飲むぞー」
「まだ飲むんですか!?」
「飲むわよ。二人も付き合ってね」
「私達未成年」
「ジュースでいいから。それじゃあ飲み明かすぞー!」
「飲み明かす時間じゃない」
まだまだ現実の時間は午後の三時。時間はたっぷりある。
ここから現実で夜を明かすとなると、途中でログアウトすることになる。
シロガネは分かり切ったことを思いつつも、この流れに組み込まれてしまい、ニジナと共に気が済むまで拘束された。
それでもドリップハニーのおかげで助かる命もある。
その事実が胸を打つと、なんだか心温かい。
ただのゲーム。そう思って侮るのは止め、確かな感触が伝わった。
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