第19話 魔王討伐パーティ



 ママや衛兵たちが這いつくばるように平伏す中、私やグクイエ王子の前に現れた国王陛下は、とても怖い顔をしていた。


「あ、父上」


 グクイエ王子は私を高い高いするのをやめると、国王陛下に人懐っこい笑みを向けた。


 けど、国王陛下はというと、冷たい表情でグクイエ王子を睨み据えた。


「その娘は、聖なる神の使徒だ。安易に触れてはなるまい」


「でも、アコリーヌはアコリーヌだ」


 グクイエ王子はそう言って、私をぎゅうっと抱きしめた。私が王子様を振ったことを忘れているのかもしれない。この人は、どうしてこうもマイペースなのだろう。


 そんなことを思っていると、国王陛下がやってきてグクイエ王子の頬を叩いた。


 そのことに驚いたのは、私だけでなく周囲の大人たちも唖然とする。そしてグクイエ王子本人に至っては、何をされたのかもわかってない様子で大きく見開いていた。


「この娘は、魔王に対抗しうる希望の光だ。今後はたとえ王族であろうと容易く触れることは——この私が許さん」


 国王の宣言を聞いて、ポカンとするグクイエ王子だったけど、大人たちも顔を見合わせていた。


 魔王に対抗しうる希望の光? どういうことだろう。


 私はただ歌っただけなのに、そんな大層な——と思っていたら、私の周りを王直属の騎士たちが囲んだ。


「院長よ。この者は私が預かる。……良いな?」


 傍観していた大人たちの中には、孤児院の院長先生もいたようで、国王陛下が反論させない強さで言うと、院長先生は苦笑して「仰せのままに」と言った。


 すると、私は騎士に抱えられて、そのまま王城へと連れて行かれた。


 そしてあの一件以来、私は奇跡の少女として持てはやされた。魔王の配下を沈めた力を讃えられ、王族でもないのに王女のような暮らしをするようになった。


 けど、国王陛下がよく会いにくるようになった反面、グクイエ王子とは会えない日が続いた。


 人間と接触することで穢れを受けてはいけないとかいう国王陛下の謎の理屈のせいで、私は他の人間から遠ざけられて、ひとりぼっちの生活をするようになった。


 王城の三階にある部屋を与えられて、ほとんど外にも出してもらえなかった私は、誰にも会えず、最初はショックで塞ぎ込んでいた。


 けど、グクイエ王子やゴリランが毎日手紙を送ってくれたので、それだけを日々の糧として生きていた。


 ————そんな風に制限された生活を送っていた最中。


「アコリーヌ」


「なんでしょうか、国王陛下」 


 私の部屋に、軍服を着た国王陛下がやってきた。その姿を見た時、嫌な予感がした。そして案の定、国王陛下は嫌な笑みを浮かべて言った。


「魔王が現れたそうだ。お前の出番だ」


「魔王、ですか?」


 魔王、と聞いて最初はピンとこなかったけど、すぐに国王の意図がわかった。


 以前、私が闇を退けた力で、魔王をなんとかしたいのだろう。


 けど、私自身にそんな力があるとは到底思えなくて、ただただ震えていると、国王陛下は冷たい目で見下ろしてきた。


「逃げることはこの私が許さぬ」


 その威圧感に、私は震え上がり、小さく頷くことしかできなかった。


 そこで初めて気づいた。私は魔王と戦わせるために生かされているのだということを。


 国内で勢力を拡大しつつある魔王に対しては、国王も打つ手がないという。


 中には魔王に対抗する勇者パーティなんかもいるけど、ことごとく返り討ちにされていると聞いているし、魔王に対抗しうる力が欲しかったのだろう。


 けど、一度闇を退けたからって、私を戦に駆り出すなんて、正気の沙汰じゃないと思った。


 だって、私はたかだか十三年しか生きていない子供なんだから。でも私が何を思おうとも、国王陛下の考えは揺るがない様子で、私を戦場に連れていくことを決めているようだった。


 そして選択権のない私に、反論の余地もなくて。仕方なく私は国王陛下の手を取った——その時。


「父上」


 私の部屋に、息を切らしてやってきたのは、グクイエ王子だった。


 会うのは三ヶ月ぶりくらいだと思うけど、久しぶりに見た王子様はまた背が伸びていて、立派な風貌をしていた。


 そして国王陛下に睨まれながらも、負けん気の強い目で告げる。


「僕も——魔王討伐に行かせてください」


「ダメだ」


「いやだ、僕も一緒に行きます。もし止めるというのなら、この城を僕の魔法で燃やし尽くしましょう」


 そんな不穏な言葉を吐く王子様にびっくりする私だけど、グクイエ王子は本気のようだった。


 そしてグクイエ王子は私の前までやってくると、膝をついて私の手を取った。


「こんなことしかできなくてごめんね、アコリーヌ。本当は君を逃してあげられたら良かったのだけど」


「グクイエ王子」


「グクイエ、聖女に触れてはならぬ。人が触れることで、聖女が穢れでもしたら——」


「父上は、アコリーヌが力を失うことが怖いのですか?」


「当然だ。やっと見つけた、魔王に対抗できるべく力だ」


「アコリーヌは武器なんかじゃない。僕が魔王を討伐した暁には、アコリーヌを解放してください」


「なんだと!?」

 

「魔王は僕が討伐してみせます」


「ほほう、闇に飲み込まれるしかなかったお前が、それを言うのか?」


「もう二度と、僕は闇に呑まれたりしません」


「ならば、その力とやらを見せてみるが良い。私は魔王が討伐できればそれで良いのだから」


「ええ、必ず僕が魔王を滅して見せます」


 その燃えるような瞳を見て、私は胸が高鳴るのを感じた。眠っていた恋心が動き出した瞬間だった。


 グクイエ王子は国王陛下の前で魔王を倒す宣言をしたあと、私の手を引いて王城を出た。すると、外にはゴリランの姿があった。


 どうやら魔王討伐の勇者パーティとして出立するらしい。街中では静かに出陣を見守る人たちの姿があって、みんな神に祈っている様子だった。


 そしてグクイエ王子とゴリランが馬に乗る中、私もグクイエ王子の馬に跨った。グクイエ王子は私を抱えるようにして手綱を握る。ほんのり背中が温かくて、くすぐったい気持ちになった。


 それから森の中に入った私たちは、火を囲んで食事をした。何もない場所でどうするのかと思えば、ゴリランがパンと干し肉を用意してくれた。


「アコリーヌ、口に合うかはわかりませんが」 


「ううん。ありがとう」


 ゴリランに差し出されたパンを手に取った私は、それに遠慮なくかぶりついた。携帯用のパンは硬かったけど、それでも久しぶりに誰かと食べる食事が嬉しくて、あっという間にたいらげた。その姿をゴリランとグクイエ王子は目を丸くして見ていた。


「もしかして、アコリーヌは食事をさせてもらえなかったの?」


 私があまりにも美味しそうに食事をするものだから、グクイエ王子がそんなことを訊いてきた。


 私は苦笑する。


「違うの。今までずっと一人で食事をしてきたから、誰かと食べるのが嬉しくって」


「一人……ごめんね。ずっと迎えにいけなくて」


「ううん。来てくれて嬉しかった。まさかあんな風に暮らすようになるなんて、思ってもみなかったから」


「でも、国王陛下はどうしてアコリーヌを人から遠ざけたのでしょう」


 ゴリランの言葉に、グクイエはため息を吐く。その理由は、私にはなんとなくわかっていて、グクイエも同じように思っていた。


「たぶん、父上は、聖女であるアコリーヌが穢れることを恐れたんだ」


「穢れ、ですか?」


「そうだ。アコリーヌが人に触れることで穢れを受けて力を失うことを」


「どうしてそんなことを」


「よくは知らないけど、そういう神話があるんだって。人間が聖なる娘に手を出したことで、聖なる娘は神の使徒である資格を失ったっていう神話が」


「陛下はそれを信じていらっしゃるのですか?」


 訝しげな顔をするゴリランに、グクイエ王子は苦笑する。


「おそらく。僕が小さい時、よく読んでもらった童話だから」


 その言葉を聞いて、今度は私が声を上げる。


「童話!?」


「そうだよ。おかしな話だろう? 父上は人が作り出した童話を信じているんだよ。でも一度凝り固まった頭をどうにかできるわけじゃないから、僕が魔王を討伐することで、アコリーヌは必要ないと思わせたいんだ」


「それで今回の勇者パーティを」


 ゴリランは呆れたような顔をしてグクイエ王子を見る。火が爆ぜる音が響く中、グクイエ王子は再びため息を吐いた。


「言っただろう? 僕の夢は、僕ら三人で魔王を討伐することだって」


「それには私たちの同意が必要じゃありませんか?」

 

 ゴリランが丁寧な口調ながらも、やはり呆れた声で告げると、グクイエ王子はぺろりと舌を出して見せた。


「それでも、アコリーヌのためですから、私も手を貸しましょう」


「ゴリランは何も知らずについてきたの?」


「私はてっきり、アコリーヌを救出する目的で呼び出されたのかと思いました」

 

「ゴリラン……いつからそんな丁寧な喋り方に」


 丁寧な言葉を扱うゴリランを不思議に思っていると、ゴリランは不敵に笑って告げる。


「これでも司教見習いですから」


「司教? ゴリランは司教になったの? いつの間に」


「アコリーヌが聖女として連れていかれた直後、森にある神殿が聖女を祀る場所として活用されるようになったので、そこに司教見習いとして入りました。そうすれば、アコリーヌに会えると思ったのですが……」


「ゴリランも私を助けるために動いてくれたのね。ありがとう」


 私が礼を述べると、ゴリランはふいに赤くなってそっぽを向いた。そういう素直じゃないところは、昔から変わらないよね。


 なんとなく微笑ましくなった私はゴリランの頭を撫でようとして右手を伸ばすと——その前に、グクイエ王子がゴリランの頭を叩いた。


「たッ! 何をするんですか、王子!」


「ちょっとむかついただけだから、気にしないで」


 それから王子様が焚き火を消すと、ゴリランが結界というものを張ってくれた。それがあれば、外敵が近づくのを防ぐことができるらしい。


 最初は三人だけで旅をすると聞いて、心配になったりもしたけど、グクイエ王子もゴリランも、旅に備えて色々な技を身につけているようだった。


 大したことができないのは私だけだから、足手まといのようで、なんだか申し訳なく思った。


 それでもグクイエ王子は、王宮から連れ出すにはこの方法しかなかったのだと言った。魔王討伐でもなければ、私は永遠に外に出してもらえなかったのかもしれない。


 それほどまでに、国王陛下は聖女という存在を大事に思ってくれているのだろうけど、なんだか不気味に思えた。


 そして魔王の出没ポイントを目指した私たちだけど、そこにはもう魔王の痕跡はなくて。


 仕方なく私たちはさらに遠くにある魔王城を目指すことにした。

 

 いくつもの森や丘を越えて、ある時は深い谷に直面し、渡るのに苦労したけど、王国の最果てに到着した頃には、何ヶ月もの月日が流れていた。


 


「あれが、魔王城なのかな?」 


 深い霧に包まれた真っ黒な巨城を見上げて、グクイエ王子は呟く。その顔は緊張の色に染まっていたけど、私が手を繋ぐと、こちらを向いて微笑んだ。


「大丈夫ですよ。たとえグクイエ王子が失敗しても、私がいますから」 


 ゴリランはわざとグクイエ王子をけしかけるように言った。きっと、この重い空気をどうにかしたかったのだろう。


 ゴリランが不敵に笑うと、なんとなく緊張が解けた私たちは、互いに笑いあった。


 それから魔王城の正面までやってくると、大きな扉がギギギと音を立てながら、外側に開いた。鉄でできているのだろうか? やたら重い音を立てた扉の内側に入ると、扉はひとりでに閉じたのだった。


 それからダンジョンのような魔王城の中には、見たことのない生き物がたくさんいた。てっきり、戦わないといけないのかと思ったけど、魔王の配下は思いのほか友好的なそぶりを見せて、魔王のいる場所まで案内してくれた。


 先導してくれたのは、大きなカエルだった。カエルは大きく跳ねながら、階段をのぼり、最上階の部屋の前で、立ち止まった。


「ここに入るのかしら?」


「アコリーヌ、まだ開けちゃダメだ」


「どうして?」


「心の準備が」


「グクイエ王子はここに来て怖気付いたのですか? 仕方ない、私が先頭に立ちましょう」


「ああ、待て! まだ作戦も決めてないのに!」


 勇ましく前に出たゴリランに対して、グクイエ王子は慌てた様子で手を伸ばした。


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