つかさは気がつく
「えー、初めまして、鈴木祐二です。今まではゲームをしていたせいで学校に来られなかったのですが、このクラスでファイシスの大会があると聞き、これはゲーマーとして出るしかないと思い、駆けつけた次第です。どうかよろしくお願いします」
鈴木祐二と名乗ったその美少年は、担任に促されるまま壇上に立ち、そう自己紹介をした。堂々としていて所作も綺麗だとつかさは思った。これが美少年か……と慄くことしか出来なかった。それから祐二が自己紹介を終えると、クラスメイトたちが割れんばかりの拍手を起こした。その大音量を向けられた祐二は、音の大きさに思わず肩を竦めていたが。
「さて、というわけで鈴木祐二君でした。皆さん、仲良くね」
担任がそう言って締め括る。その仲良くには祐二と仲良くするという意味よりも、女子同士みんな仲良くね、という意味合いの方が大きいのだとつかさは感じ取った。しかし案の定、それに気がついている人は少なそうだった。
そのままホームルームが終わり、担任が教室から出て行く。瞬間、祐二は女子たちに囲まれていた。囲んでいる女子はお金持ちだったり陽キャだったりのスクールカーストトップグループである。もちろん、他の女子たちは近づけない空気感を出されていた。
「ねえねえ、祐二君はどんなものが好きなの? 趣味は?」
早速カーストトップの女子がそう話しかける。そんな彼女に祐二はニコリと微笑んで言った。
「ゲーム」
その微笑みに、向けられた女子以外の子たちもみんな、はうっと胸を押さえ始めた。しばらくみんな悶えていたが、質問をした女子は何とか立ち直って更に会話を続けようと試みた。
「へ、へえ、ゲームが好きなんだ! 私、最近
GPEXは最近大流行しているバトルロイヤルのFPSゲームだ。制限時間内にマップに落ちている武器や防具などを漁りながら戦っていくという、宝探し要素とFPS要素を組み合わせた面白いゲームだった。つかさたちがやっている
「GPEXね! 俺も好きだよ! 最近、プレデターまではいけたんだけど、順位二桁までが遠くて遠くて……強すぎなんだよなぁ、プレデター帯の奴ら。ストレイフとかバニージャンプとか駆使して弾避けてくるから当てるのが難しいのなんの。しかもあいつら変態機動しながらもこっちには当ててくるから、死ぬってあんなん。そもそも近距離スナでヘッドに当ててくるとか意味分からんし。それに——」
水を得た魚のように早口長文で話し出す祐二。その勢いと知識量について行けず、カジュアルでやってるだけのカーストトップの女子たちは「す、ストレイフ……? バニージャンプって……?」と目を白黒させているだけだった。そのことに気がついた祐二はハッと口を噤むと、気まずそうに視線を逸らした。
「す、すまん……。ちょっとテンション上がっちゃって……」
「う、ううん、大丈夫だよ……」
気まずくなったらしいカーストトップの女子たちはスゴスゴと帰っていった。これをしたのが女子だったら、カースト上位の奴らはゲームオタクだと馬鹿にしてくるところだったろうが、相手は男子で、しかも顔立ちが凄く整っている男子だ。そんな馬鹿にする態度も取れず、まるで打ち負けたかのように落ち込みながら自分の席に帰っていった。
それを見てつかさは胸の内がスカッとした気分だった。いつもゲームを真面目にやってる奴らは下らないだの、下品な奴らだのと馬鹿にしていたのが仇となっているのが、とても気持ちよかったのだ。それと同時に、祐二の知識量やランク帯の高さに相当なゲーマーであることが分かり、見直すことにもなった。
(彼なら私たちのことも理解してくれそうです……! 凄い、ゲーム好きな男子って本当に存在するんですね……!)
つかさは立て続けにゲーム好きの男子に二人も出会ってしまい、無駄にテンションが上がってしまうのだった。
***
ヤバいヤバい。オタクの悪いところ出てたって。俺はせっかく話しかけてくれた女の子たちにオタク特有の早口長文を突きつけてしまい、当然の如くドン引かれてしまっていた。いきなりやらかしたぁ……と落ち込む。こんなつもりじゃなかったのに。もう少し、上手く会話できると思っていた。
しかし現実は甘くないらしい。八年も引きこもってゲームをしていた男に人とのコミュニケーションなんて不可能だったのだ。うん、ああいうキラキラした子たちと絡むのは諦めよう。それがいい。俺にはやっぱり日陰者のオドオドしてそうで趣味が合いそうな女の子が一番絡みやすいのだろう。
と言っても、俺が自分から話しかけに行くことなんて出来ないし、おそらく向こうも話しかけてくることはないはずだから、一生交わることもないと思うんだけど。俺は結局、貞操逆転世界に転生したとしても、学校ではボッチ確定らしい。初っ端から心が折れそうになるが、やると決めたらやる。文化祭が終わるまでは絶対に通い続けると心に誓ったからな。
そうして授業が始まったが、もちろん授業内容なんてサッパリ分からなかったから、机の下で隠れてポチポチとコントローラーだけを使いファイシスのコンボの練習をしていた。スマホの代わりに持ってきたゲームのコントローラーだ。……こっちの方が怒られそうだって? いや、スマホは没収されたら洒落にならないけど、コントローラーなら予備があるから無問題なのである。それに、これがあれば俺は一時間でも二時間でも時間を潰せるからな。もちろん脳内には完璧にコンボを決めて敵を吹っ飛ばしている俺の姿が映っていた。脳内マッチで百回中百回CPUに勝利したところで昼休みに入った。
いざ昼食だと鞄を開けて、ようやく俺は気がついたのだが、どうやらお弁当を忘れてきたらしい。八年ぶりの学校だったから間違いなく忘れ物をしてるだろうと思っていたが、よりによってお弁当かよ……と心底萎えてしまうのだった。
***
運良く祐二の二つ隣だったつかさは、授業中微かに聞こえてくるコントローラーの音が気になっていた。チラリと祐二の方を見ると、机の下でもの凄い勢いでコントローラーを操作していた。何をしているのだろうと不思議に思って見ていると、どうやらコンボの練習をしているをしているみたいだった。かなりのゲーマーであるつかさにしか絶対に分からないことだろうが、あのコンボ、絶対にファイシスに出てくるダッグというキャラの確死コンボだ。ダッグというキャラはそもそもかなりマイナーなキャラで、それに加え作中最弱とさえ言われていて、使っている人なんてほとんど見ないピーキーなキャラだった。そのコンボを練習していることに、つかさは驚きを隠せなかった。
気になって授業に集中できなかった。つかさはずっと祐二のコントローラーの動きを見ていた。やっぱりあのコンボは絶対にダッグである。つかさは話しかけたい衝動に駆られていた。しかし元来のコミュ障に加え、相手が男子ということもあり、昼休みになっても話しかけられずにいた。
しかしそんな時、つかさはふとしたことに気がつく。一向に祐二が弁当を出さないのだ。自分の鞄を何度も確認しては落ち込むようにため息をついている。さてはお弁当を忘れたのではないだろうか。そう思ったつかさは可哀想になって、ようやく話しかける決心をした。
「あ、あのっ!」
「はい、何でしょうか……」
あっ、あからさまに落ち込んでいる! 完全に祐二の声に元気がなかった。しかしつかさもそれを気にしているどころではなかった。人見知り発動中に加え、カースト上位の女子たちが射貫くようにこちらを見てきているのだ。今にも震え上がりそうなつかさ。しかし勇気を出してこう言った。
「おっ、お弁当! 私のお弁当、ちょっと量が多いので、一緒に食べませんかぅっ!」
最後の最後で噛んだ。しかし言い切れたつかさはもう死んでも良いとさえ思っていた。そんなつかさの言葉に祐二は一瞬ぱぁっと表情を明るくして、しかしすぐに申し訳なさそうに眉を寄せた。
「いいのか……? そんなことしたら食べるものが減っちゃうじゃないか」
しかし祐二がお弁当を食べたがっているのは明白だった。ソワソワとつかさが手に持っている弁当箱を盗み見ているのが手に取るように分かる。その様子につかさは不服ながらも萌えを感じ悶え死にそうになるが、何とか冷静を保ってこう言った。
「まあ……ダッグの話もしたいですしね」
つかさの言葉に、祐二は驚くように目をまん丸に見開くのだった。
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