智代は出会う

 智代がバイト先のレストランに行くと、何やら騒がしいことに気がついた。……いや、騒がしいと言っても騒々しい感じではなく、まるで芸能人がお忍びで来ているのを影で見守っているみたいな、そんな空気を感じた。スタッフルームに入り着替えていると、同僚の女性バイトがやってきて言った。


「ねえねえ、智代さん。見た?」

「何を?」

「男の子だよ、男の子! めちゃくちゃ格好いい美少年がうちに来てるんだよ!」

「えー、うちはそこそこ高めとは言え、一般市民が来るような場所よ? そんな男子なんて……」

「それが本当なんだって! 後で確認してみて!」


 そう言われても尚、半信半疑の智代。男の子っていうのは国からも補助金を貰っているし、基本お金持ちの女子たちが囲うからこんな一般庶民が来るような場所には絶対に来ない。それが今の世の常識だ。一昔前まではまだチラホラ見かけたらしいが、男性減少がより加速して、男子たちの高級志向は当たり前になっていた。


 美少年なんて信じられないまま、コンピューターの勤務開始のボタンを押しホールに出た智代は、意外といたりしてと客席を見渡して、一瞬で心を奪われてしまった。細身のスラッとした美少年がそこにいたのだ。どうやら家族で来ているらしく、母と姉と妹に囲まれて、優しげに微笑んでいた。その優しくもどこか儚げな表情に、完全に息をするのを忘れていた。


「智代さん、智代さん!」

「……はっ!?」

「もう、意識飛びかけてたわよ。危なかったわね」

「す、すみません」

「気を取られるのは分かるけど、少し気をつけてね」

「は、はい……」


 店長に呼びかけられて智代は我に返った。店長は苦笑いだ。それから必死に平静を保ち、仕事を開始する智代だったが、意識が視線がチラチラとそちらに向いてしまうのも致し方なかった。そんな風に仕事をしていたら、その少年がこちらに視線を向けて手を挙げてきた。


「すみませ~ん」

「はいっ! いま行きます!」


 そう言って慌ててその卓に向かう智代。それから彼らはパスタやらステーキやらを頼み始めた。近くに美少年がいる。そのことにどこかボンヤリとしながら注文を受け、伝票に記入していく。


「こんなもんで大丈夫です」

「承りました。それではご確認、よろしくお願いします」


 そう言って智代は受けた注文を読み上げていく。問題なかったようなので、智代は注文をキッチンに伝えに行こうとして――


「あっ、お姉さん」


 その美少年に呼び止められた。愛の告白か!? とか考えてしまった智代を誰が責められよう。しかしその美少年はどこか言いにくそうにしながらも、こんなことを言うのだった。


「あの……エプロン、前後間違えてますよ……」

「え? ……あっ、ほ、ホントだ」


 かぁっと顔が赤くなっていくのを感じる。美少年に指摘された恥ずかしさやらそれでも美少年に話しかけて貰えたという喜びやらがない交ぜになって、智代はかひゅっと喉を鳴らしてしまい、余計に恥ずかしくなってしまうのだった。



   ***



 う~ん、あんまりああいうのって指摘しない方が良かったりするんだろうか? 誕生日のお祝いでやってきたレストランの店員さんがエプロンを前後反対に着ていたから、ちょっと教えてあげたら凄く恥ずかしがっちゃって、何だか指摘したのが申し訳なくなってしまった。しかしあのままなのも恥ずかしいだろうし、どっちが正解なんだろう。


「ねえねえ、お兄ちゃん。誕生日プレゼントは何が欲しいとかある?」


 そんなことを考えていると、妹の由衣がそう尋ねてきた。


「そんな、物なんて別にいらないって。気持ちだけで十分」


 俺にはゲームがあるからな。それだけで時間は無限に潰せるし、いま欲しいものがあるかと聞かれれば別にない。しかし、そう言ったら家族みんなが何故か不貞腐れてしまったので、俺は必死に考えて、こう言った。


「じゃあゲームのデバイスかなぁ……」

「デバイスって?」

「マウスとか、キーボードとかだよ。少し欲しいマウスがあったんだ」


 姉の玲菜の問いに俺はそう説明する。


「ふ~ん、そんなのでいいの」

「そんなのがいいの」


 俺がそう返すと、玲菜は半ば納得していなさそうだったが、それ以上は何も言ってこなかった。母はそんな俺たちの会話を聞いて一言。


「それじゃあ後で買いに行きましょう。電機屋に売ってるわよね?」

「うん、売ってると思うよ」


 新しいデバイスか。嬉しいんだけど、新しくすると慣れるまで時間が掛かるんだよな~。そこがちょっとネックで、いつも同じヤツを使っていた。しかしもう数年も使っているので、たまにチャタリングを起こすようになってたんだよね。頑張って慣らしていくか~。


「お待たせ致しました。野菜とキノコの和風パスタでございます」


 そんな会話をしていたら先ほどの店員さんが料理を持ってきてくれた。エプロンは前後直されていた。良かった。それからいくつか注文が並べられていって、全部揃った。


「これでお揃いでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「それでは失礼致しました。ごゆっくり」


 そう言って下がっていく店員さん。なんか、ちょっと息が荒い気がしたけど、大丈夫だろうか? 体調でも悪いのかな?


「それじゃあ、いただきます」


 まあ、そんなことは気にせず、俺は料理を堪能し始めるのだった。とても美味しかった。最後には誕生日ケーキも頼んであったりして、かなり充実した誕生日の夜になるのだった。



   ***



 その後、電機屋によってうちに帰ってきた。もう二十二時を過ぎている。大慌てでお風呂に入り、いざ寝るぞとなったその時、俺の部屋の扉がノックされた。


「まだ起きてる?」

「いま寝ようとしたところ」


 ノックしたのは由衣だった。どうしたんだろうと思って立ち上がり、扉を開ける。するとパジャマ姿の由衣がクマのぬいぐるみを抱えて立っていた。


「どうした?」

「ねえ、お兄ちゃん。一緒に寝よ」

「えー、何でよ。もう子供じゃないんだから、一人で寝られるでしょ」

「駄目?」


 うるうるとした目でそう尋ねられ、俺は言葉を詰まらせる。


「駄目じゃないが……」

「ホント! やった、それじゃあ一緒に寝よ!」


 言った途端、うるうるしていた目は一瞬で輝きだした。演技だったらしい。くそ、騙されたぜ。


「てか、なんで一緒に寝たがるんだよ。そもそも暑いだろ、ここのベッド狭いんだから」

「いーじゃん、いーじゃん。細かいことは気にしない!」


 細かくないんだけどなぁ……。まあ、いいか。俺は何故か由衣に促されてベッドに横になる。由衣は俺の横に潜り込むようにしてベッドに入ると、一緒に布団を被った。


「ねえ、お兄ちゃん」

「どうした?」

「妹と結婚ってどう思う?」

「どうって、そりゃ……考えたこともないけど」

「じゃあいま考えてみて」

「えー……いまって言われても……」


 俺はゲーム一筋だからな。まだ結婚とかそもそも考えるつもりはなかった。この世界では家族と結婚できるから、妹と結婚するのも別に駄目とは言わないけど、俺はいまは良いかなぁ……。そこまで考えて、それを伝えようとした瞬間。


 バンッと扉が勢いよく開いた。そして大股で玲菜が入ってくる。


「げっ……」


 由衣はそれを見て心底嫌そうな顔をした。玲菜はそのままの勢いでベッドに近づいてくると、由衣の首根っこをひっ捕まえて引っ張って行った。


「由衣ー? 抜け駆けしないって決めたでしょう? それに祐二には迷惑をかけないって」

「そうだけどぉ……」

「ほら、お姉ちゃんとお話し合いをしなきゃいけないでしょ? あっ、じゃあお休みね、ゆう」


 そうして嵐のように玲菜は由衣を引っ張って帰っていった。結局何がしたかったんだ……。まあおそらく、俺の誕生日で少し舞い上がってしまったのだろう。よくあることだ。俺はそう思って、そのまま気持ちよく眠りにつくのだった。



   ***



智代:ねえ、今日バ先でとんでもない美少年と出会った。

桜:えー、ズルい! 私もバイトしたい!

明菜:写真は?

智代:ある訳ないでしょ。男性を盗撮なんてしたら逮捕どころじゃないでしょ。

つかさ:羨ましいです。私もリアル男の子見てみたい。

智代:つかさの学校には男子いないんだっけ?

つかさ:いません……。本当に許せません……。


 その日の夜、女子たちのチャット欄はその謎の美少年の話で盛り上がったとか何とか。

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