18 演劇対決

 明洋めいよう高校の学祭初日は金曜日だ。各クラスでのホームルームの後、体育館に集合し、開催セレモニーの後、そのまま全員で、1、2年生のクラスステージを鑑賞する。この時点ではまだ仮装は禁止で、ステージに出演する生徒だけが衣装を着ることを許可される。


 前日の夕刻、2年4組のホームルームで、担任の余村よむら先生は念を押したものだ。

「いいか、学祭だからといって仮装で登下校するのは禁止だ。初日の午前中も仮装してはだめだ。ちゃんと制服を着ろ。木坂きさか黒川くろかわ、わかってるだろうな」

 余村がことさらにくぎを刺したのは、常日頃からタキシードや野戦服で登下校する、問題児ふたりに対してである。

「もちろんですわぁ」

「わかっとらんだろう! そのポーズはなんだ! 黒川、返事くらいしろ!」

「いえっさー(非常になげやりな棒読み口調)」

「……………………」


 さすがのふたりも余村の心労を察したか、それとも余村の作戦が功を奏したのか、あるいは麗人あたりが「そこまで言うんならいつもと違う、制服って仮装をしてやろう」とでも言い出したのか、なんと、翌日はふたりそろって、ちゃんと制服を着てきたのである。今日はAジャケットという指定はなかったので、生徒のほとんどがB制服といわれるニットカーディガンで、黒川もそれだ。それでもサングラスという、ふてぶてしさにもほどがある格好だが、素直に(?)制服を着てきただけでもレアな現象というべきか。麗人の方は、制服となればAジャケットを着てくる人間で、おそらくカーディガンよりもそちらが性に合っているということなのだろう。もちろんAジャケットを着ることは違反でもなんでもない。しかし、着てきたはいいが「やっぱり制服ってツマラナイなあ」などとぶちぶちケチをつけている、トンデモナイ奴らであった。それでも一応担任教師の顔を立ててくれたのだから、……いっそ今日のうちにふたりまとめて写真撮影しておこうかなどと、血迷ったことを考えそうになった余村であった。


 朝のホームルームの前後さえ、それぞれの教室は騒がしく、打ち合わせに廊下を駆けまわったり道具を運ぶ生徒でごったがえす。このすぐ後にある、クラスステージ最後の打ち合わせと準備。午後からの教室企画の用意。各クラブあるいは有志での行動確認。明後日に迫った体育祭への、3年生たちの気合の余波。もちろん早朝から集合がかかったクラスや団体もある。騒ぎの中で「あたしの衣装どこいった?」「プログラムに載ってないじゃん」などの声も無秩序に聞こえてくる。もう大騒ぎだ。


 体育館のアリーナには、薄いシートが敷き詰められ、その上に体育館備え付けのパイプ椅子が並んでいて、クラスごとにどのあたりに座るかが決められている。朝のホームルームが終わったクラスから順次、ここへ移動する。クラスステージに携わる生徒は用意に真剣だ。

 学祭開催宣言は、けっこう短い。校長先生よりもむしろ学祭実行委員長(つまり生徒会長)の話の方が長いくらいで、その委員長も長話はやりつけないとなれば、セレモニーの短さも知れようというものだ。理由は簡単で、この後のクラスステージを滞りなく済ませなければならないからだ。


 こうしてセレモニーが終わると、興奮と熱狂のたがが外される。年に一度の、公然と、学校ではしゃげる3日間が、いよいよ幕を開けるのだ。


 まずは1、2年生のクラスステージである。これは全校生徒で観覧しなくてはならない。先に1年生6クラス、次いで2年生6クラスのステージとなるが、各学年での順序はくじ引きで決められている。先日のリハではまったく形になっていないクラスも多々見られたものの、さすがに当日のこととて、どうにかこうにかステージの形を整えて上演にもってきたリカバー能力は、さすがといおうか根性といおうか気合といおうか、である。演出がちぐはぐだったり台本に矛盾が見えたりしたが、とりあえず持ち時間内に上演を終了させることは、どのクラスもできたのである。


 今年が初経験となる1年生はどうしてももたつくが、さすがに2年生は、余裕を見せるクラスも出てくる。2年4組は、総監督・津島つしま亮子りょうこの「クラブではできないものを、すぱーんとハジけてやりたい」という意向での、演劇上演となった。例の、詰め込みすぎてあらすじがとんでもなく入り組んだ脚本の劇「勇者伝」である。今度は入り組んだストーリーがまったく想像できないタイトルになってしまったが、「わかりやすいタイトルが却下されたんだからしょうがねえだろう」と、総監督の亮子は開き直っている。主演は、男役をやらせれば校内一のイケメンとほまれ高い演劇部の女子、和久田わくた蓮華れんげ。背が高く、声もちょっと低めで、ショートカットがよく似合い、男子以上に女子にもてるというもっぱらの評判で、女子ばかりのファンクラブもあるというなかなか豪快な噂も流れていた。


 台本が複雑怪奇になろうとも、主要人物たちの熱演ぶりはみごとなものだった。一方、稽古の段階で思いついた要素をばんばん脚本に盛り込んだので、出演者に若干の不足をきたし、最終的に黒川はじめ大道具担当の男子らが「当初の話(出演しなくていい)と違うんだが」とぼやきつつ、エキストラの一環として衣装を着たまま場面転換作業を行うという事態にまでなっていた。黒川をはじめとする、一部の男子エキストラが、学校の場面で生徒役に扮したのだが、事前に総監督から「適当に、わやわや騒いで」と指示されていたところで実際に「わやー」「わやー」と発声していたのは注目度の高い場面だったかもしれない。観客(クラスステージに関わらなかった2年4組の生徒も含む)の反応は、「ナニがナンだかわけわからん」と「コメディタッチで笑えるのに感動のあまり大号泣」に二分された。

 ステージをやり切って、亮子と蓮華は、舞台袖で抱き合って泣いた後、和気あいあいと肩を組んで、アリーナの観覧スペースに戻って来た。その後から、ようやく安堵した表情の中西なかにしをはじめ、キャストやスタッフが続く。黒川ら大道具係は、当初想定外だったエキストラまでこなして、やっと終わったという安堵と疲労を漂わせていた。


 ほかのクラスでは、たとえば江平えびらがいろいろと道具を提供した1組は、かの横溝正史の「八つ墓村」を下敷きに、陰惨な怪談風サスペンスを丁寧に演出した劇「アルパカ村」を上演した。その昔、ある村では8頭のアルパカが飼われていて、その毛を刈ることで村は莫大な収入を得ていたが、村長の発案で産業転換をはかったことがきっかけで、さまざまなトラブルの果てにアルパカたちを殺処分せざるをえなくなる。その後、村長と7人の村人に不幸が続いたことが「アルパカの祟りじゃ」とささやかれ、いつしか村はアルパカ村と呼ばれるようになる。時は流れ、そのアルパカ村を、再び祟りとしか思えない惨劇が襲うが、実はそれは巧妙に仕組まれた事件だった――原作はもっと複雑怪奇だが、学校の演劇としてエッセンスを抽出してたくみに編集した台本だった。江平本人は出演しなかったものの、彼が提供した小道具も効果的に使用され、舞台そでからの木魚の音はぞっとくる演出を盛り上げた。照明も音響効果も考え抜かれていた。生徒たちの熱演も光った。リハの段階ではまったく思い及ばなかったが、4組にとってこれは強敵であった。


 クラスステージの審査の結果は最終日に発表される。2年生の部は、「高いレベルに突き詰めた1組」と「にぎやかなスペクタクルの4組」の一騎打ちとなる公算となった。最後に、教師有志による演劇が、万座の生徒たちを笑い転げさせた。すべてのステージが終了した後、クラスステージを果たした生徒たちは、わずかな時間ながら記念撮影に熱中した。

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