【4話2場】

 仮想現実は、10メートルの立方体で、白い部屋をしていた。中心には、案山子が置いてあった。案山子は、人食い鼠を呼び寄せるプログラムだ。


 人食い鼠は、30センチ大だ。


 ハヤトは、軽機関銃をとりだした。


 軽機関銃は、遠距離攻撃のプログラムだ。ハヤトは、Aランクハッカーとして新米だった。ハヤトは、遠距離攻撃プログラムに慣れていない。


 ハヤトは、銃を人食い鼠に向ける。ハヤトは発砲した。射撃は命中している。


 鼠1匹は、黒いモヤとなり消えた。残りは、10匹以上いる。


 オリガは人食い鼠に蹴りを入れる。鼠はボールのように吹っ飛ばされた。黒いモヤになって消える。オリガもAランクだ。しかし、本物ではないので制限もある。


 疑似Aランクは、進化を使えない。遠距離攻撃プログラムも扱う難易度が高い。


「チュートリアルには最適ね。電脳戦の練習になるわ」


「気を抜くなよ。どんなウィルスがあるか分からない」


「この子達は、何を目的に作られたのかしら」


「自然発生しているらしい。製作者はいない」


「不具合も、オブジェクト化しているの?」


「仮想現実の摂理からして不思議でもない」


 ハヤトは、人食い鼠に射撃した。射撃は命中している。銃を扱うのは初めてだ。ハヤトは、射撃の練習を続けてゆく。人食い鼠も半分まで減る。


 オリガは背伸びした。空気は緩んでいる。


 人食い鼠はCランクだ。Cランクは、素人ほどの危険度しかない。素人も数が多いと油断ならない。しかし強さは把握できた。オリガだけでも駆除できる。


 ハヤトは、ここで進化の試しをすることにした。オリガも賛成している。ハヤトはビジョンを意識した。仮想現実で、ハヤトの身体性は変容してゆく。


 ビジョンは、炎の車輪だ。電脳空間は、地響きを起こしている。ハヤトは、進化した。


 ハヤトは車輪の妖怪となる。悪魔にも近い。ハヤトは不思議な体感を覚えていた。


 身体は万能感を発していない。身体は子供の身体ほどのびのびとしていない。


 進化とはこういうものか、とハヤトは腑に落ちている。上位存在の如き感覚はない。


 老化に近いが、不快でもない。成長の感覚でもあるからだ。


 ハヤトは身をひねってみる。車輪は1回転した。


 オリガは親しみを込めて笑った。


「ホントに車輪なのね。見た目は非生物だわ」


「ギャングの親分も、ロボットだ」


「車輪よりかは分かるわよ」


 オリガに言われるのは癪だ。オリガは人工意識だった。


 ハヤトは気をとり直して、人食い鼠を向き直る。5匹の鼠達は、高い声で鳴いていた。ハヤトは、攻撃を念じる。ビームが発射された。4匹は焼き殺される。残り1匹だ。


 ハヤトは車輪の身体性を回してみる。炎が揺らめきながら車輪は回る。


 オリガはクスクス笑いをしている。


 鼠はしきりに鳴いていた。ハヤトは見逃さない。駆除対象は、人を食い殺すのだ。


 1匹の鳴き声は、次第に大きくなる。すると、部屋の壁から音が響き始めた。


 白い壁に無数の穴が空いた。鼠が群体となって押し寄せる。オリガは飛び退いた。オリガは、車輪のハヤトに捕まる。鼠の群体は、団子のように泥状になり始めた。


 オリガは悲鳴をあげる。


「ひゃあ。肉がペースト状に!」


「実況しないでくれ……」


 血と皮と肉の泥団子は、大きくなり始めている。


 ハヤトは、ビームを打ち込む。これが悪手だった。グロテスクな泥団子は、ハヤトの影響で、変容した。泥団子は燃えあがる。泥団子は灰となる。その灰から白い鼠が顔をだした。白い鼠は愛らしい顔で鳴いている。白い鼠は、2人と目があった。


 白鼠の大きさは、10センチだ。可愛らしいお目々をしている。白鼠は、長い尻尾を揺らしながら、こちらを見ていた。鳴き声も可愛らしい。印象はハムスターに近い。


 白鼠は発火した。燃え広がるように白い鼠が増殖してゆく。


「特殊個体!」


「火のイメージを与えたか」


「何しているの!?」


「フツー、攻撃するだろ!」


 白い鼠は、燃え広がる。仮想現実に熱が吹きあがった。火の旋風となって、2人に襲いかかる。ハヤトは、ビームを打ち込む。白い鼠の1集団は、黒いモヤとなる。


 しかし鼠は増殖を起こし続けていた。10センチの白鼠は瞬く間に50体となる。


 明らかにAランクの強さを発揮している。合体でランクアップしていた。


 ハヤトは、焼け石に水の如く、ビームを撃ち続ける。白い鼠は増え続けていた。白い部屋は、熱で焦げてゆく。熱の総量は、留まるところを知らない。


 オリガは絶叫した。


「これ大事な初仕事なのよ!」


「分かっている。何とかする!」


 白い鼠の個体としての性能は低い。範囲攻撃だ。それしかない。方法は知らない。しかし、今からできるようになるしかない。ハヤトは、田中タロウの笑みを思いだした。


 ハヤトも常識を捨てるしかない。


 ハヤトは、ビームの連発を辞めた。常時発射に切り替える。常時発射の方法も知らなかったが、イメージはある。ハヤトはビームをだし続ける。次に幅を広げてゆく。


「どう? できそう?!」


「やってやる!」


 ハヤトは脳の血管が破裂しそうなほど念じた。ビームの出力はあがり続けている。範囲も広がり始めていた。ハヤトは、涙目で一心に念じている。部屋は光に包まれた。


 すべてが終わると、部屋は灰と煤で汚れている。ひと目見て、白い鼠は殲滅できていた。ハヤトは、進化が解けた。元の身体性に戻る。オリガは地面に着地した。


 オリガは言った。


「初仕事はどうにかなったわね」


「失敗したらどうしようかと……」


「でも成功したから大丈夫よ」


 ハヤトはへたり込む。脳の血管が裂けていそうで怖い。


 オリガは、へたり込んでいるハヤトの肩を揉む。彼女は笑っていた。ハヤトも微笑む。


 灰の山から、白い鼠が顔をだした。


 白い鼠は、愛らしく鳴いている。白い鼠は、発火した。


「もう終わりの雰囲気だろ!」


 事態が沈静化したのは奇跡に等しい。


 結局は、罠の仮想現実を含めて殲滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る