【3話4場】

 ハヤトの脳は快楽物質を生産している。性格は変容していた。


「こいや! 俺はスーパーハッピーマンだ!」 


 ニナ姉に容赦なく顎を殴られた。顎は粉砕している。


 治療用水槽へ落とされた。ハヤトは、水中でビジョンを見ている。


 田中の言葉が思い起こされた。田中は確かに言っている。ビジョンは「信じる者は救われる」と、言葉になる。ハヤトは覚醒した。ハヤトは水槽から吐きだされた。


 田中は、ハヤトを見て喜んでいる。


「やっと掴んだかい」


「ばっちりだ。角刈り!」


 ハヤトは、血反吐を吐き捨てた。ハヤトは試験へ闊歩した。


 試験場では野次馬ができている。サムライ達は、ハヤトに注目していた。 サムライ達は声援を送っていた。その中心に、ニナ姉はいる。恐怖の女神に見えてならない。


 ニナ姉は笑顔でハヤトへ歩む。手の届く距離で、彼女は止まる。


「次で決まりそうね」


「やってやるよ!」


「先制を許してやるよ」


「ありがとう」


 ハヤトの目は血走っている。ハヤトは軽くステップを踏む。戦闘高揚で、身体が軽い。


 今度こそ決める。ハヤトは深呼吸した。ハヤトは目を瞑る。


 電脳にビジョンが想起される。閃光事件は、眞島ハヤトの人生を激変させていた。閃光事件は愛おしく、そして憎い。ハヤトはビジョンを抱きしめる。ハヤトは、ビジョンを殺した。ビジョン内で、ハヤトは、閃光を起こした極点に、ナイフを突き立てる。極点のイメージに、深々と毀損を突き刺していた。ビジョン内で、極点のイメージは死んだ。生まれ変わる。ハヤトは目を開いた。目には光を宿している。


 ハヤトは、田中から渡されたナックルを構えた。ハヤトはニナ姉を殴る。


 ニナ姉の電脳に、ハッキング攻撃が加わる。ニナ姉は、炎の車輪を見ていた。


 炎の車輪。これが眞島ハヤトのたどり着いた象徴だ。


 ニナ姉は笑っている。彼女の目からは血が流れていた。


 彼女は言った。


「合格」


 ハヤトは膝から崩れた。身体中の筋肉が、警報を鳴らしている。神経の電気信号は、走り回っていた。ハヤトは、声にならない声を発している。


 野次馬のサムライ達は、絶叫して喜んでいる。


 ハヤトは、泣きながら感謝した。


「ありがとう。ありがとう。ありがとう」


「ギルドの1員だ。何か公序良俗に反したら殺すからね」


「はい。はい! 酒と煙草は20歳からだ!」


「お前の進化は、度が過ぎる。損ねることを知りなさい」


「任せて下さい! 損ねまくりだ!」


 ハヤトは小便を漏らして頷いていた。ハヤトはこれでサムライギルドの1員だ。つまりは、ニナ姉の監督下に入る。ニナ姉には後生絶対、逆らわない。逆らうとハヤトは殺される。というよりも、殺されたほうがマシだ。ハヤトは忠良なサムライを心に誓っている。


 田中は我が子のようにハヤトを抱きしめた。彼はハヤトに耳打ちした。


「あのナックルは、君にあげるよ」


「ナックルは、愛用品のはずだ」


「閃光事件の真相は、私に童心を刻んでくれた」


 田中は喜んでいた。ハヤトは複雑な気持ちでいる。


 彼はメガコーポのエージェントだ。しかし田中は信用できる大人でもある。田中への信用は、複雑だ。ハヤトは今も被害者心理だと考えている。だが、ハヤトの心からは田中への信用が湧いてきていた。これは贋物ではない。


「ありがとう……」


 田中の目は潤んでいる。ハヤトは、その目を見ていた。ハヤトは泣いてゆく。田中は、ハヤトの背中を擦りながらも「よくやった」と言っている。


 田中タロウは、言った。


「もう保険のプログラムは必要ないね」


「………………え」


 田中は、ハヤトの電脳ポータルからチップを抜きとる。絶望はやってきた。ハヤトは、感情と記憶の渦に、腰を抜かしている。田中は言った。


「203時間は、まあそこまで遅くないタイムだ」


「俺はどのくらいここにいたの?」


「だから203時間だよ。あと3時間は早ければね」


 ハヤトは尻もちのままで、記憶の渦に格闘している。記憶は封じ込められていた。ハヤトの中で、記憶は竜巻を起こしている。暴れ回る絶望に、ハヤトは絶句していた。


 田中は、開明的に笑っている。


 周囲のサムライ達は、苦笑いしている。彼ら彼女らは、「サムライギルドへ、ようこそ」と言っていた。ハヤトは、この環境が当たり前の生活を、これから過ごすのだ。


 ニナ姉に担がれて、ハヤトはギルド酒場のカウンターに座らされた。


 彼女は、ハヤトにカクテルをだした。


 ハヤトは言った。


「未成年なので飲めません」


「合格。口をつけたら折檻だったわ。私は法律なんてアホらしいけど、保護者だもの」


「なるほどなあ」


 ハヤトは、ポカンとした無表情で座る。この環境が、死ぬまで続くのだ。ハヤトは、死ぬよりもサムライギルドの支部長を怒らせることを恐怖した。


 ハヤトは、戦利品のナックルを見つめている。


 顔をあげるとニナ姉は、笑っていた。ハヤトも、彼女に合わせて笑ってみる。


 ハヤトは決めた。こうなったのは田中タロウが悪い。絶対にハヤトは田中タロウを殴る。メガコーポを敵に回しても構わない。サムライギルドを敵にするよりはマシだ。


 サムライ達は、ハヤトをもてはやした。


 先輩達は、どこの支部長も同じような悪魔だと忠告してくれた。迷宮街の支部長は、拷問も得意だから気をつけないといけない。迷宮街は、仮想現実なので、どこからでもアクセスできる。最悪は、支部長繋がりで折檻を委託されるそうだ。


 ハヤトは、サムライギルドを理解した。曲者揃いのサムライを束ねるギルドだ。内実は、信じられないレベルの恐怖政治だった。ハヤトは、そのギルドに所属したのだ。


「このあとは、お祝いに飯を奢るけど、どうする?」


「家内と合流したいので、不参加で」


「あらそう。ホントに17歳で結婚しているのね」


 ハヤトは、椅子から立ちあがる。早くギルドから逃げたい。8日以上、オリガと別れていた。オリガは気を揉んでいるはずだ。ハヤトは、サムライギルドをあとにする。


 外は雨だ。ハヤトは、電脳で自宅に連絡してみる。


 自宅は誰もでない。次はヘンリー・ケイス(偽名)の店へ連絡してみた。


 ヘンリーは開口1番に言った。


「すまん。嬢ちゃんは迷宮街で攫われた」

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