【3話】ビリーブ
【3話1場】
前船市の1番街。前船財閥の総本社。
眞島ハヤトは、前船財閥の巨大ビルに拘禁されていた。
部屋は、質素な装いをしている。照明は暗い。刑事ドラマの取調室に似ていた。窓には鉄格子まである。相手はメガコーポだ。拘禁の用意も不思議ではない。
日時は自宅をでてから1晩だ。
部屋の扉は、開いた。角刈りサングラスのエージェントは、入ってくる。彼は開明的に笑っていた。性格にしては日本人離れしている。
エージェントは、にこやかに自己紹介から始めた。彼は「田中タロウ」と名乗る。書類の記入例みたいな名前だ。彼は本名だと言っている。田中は、角刈りとサングラスの似合う巨漢だ。彼は義手をつけている。田中は、笑みを絶やさない。
ハヤトは、浅く座る。あえて態度を大きくした。ハヤトは背もたれに肘を置く。
電脳からは情報を抜かれていない。技術的には可能だ。電脳憲章は、それを許さない。奇妙なものだ。ハヤトは世界を退廃させた憲章に守られている。
眞島ハヤトは、犯罪にも手をそめている。メガコーポは公権力を気どっていた。メガコーポは、公権力として縛りがある。ハヤトは、その縛りに助けられていた。
田中は、ホログラムをだした。そこにはオリガの外見が映しだされている。
「17歳で結婚とはね」
「俺に閃光事件は起こせない」
「証拠は揃っている」
「例の閃光を起こせるのはSランクだ」
「メガコーポにも知見はある」
田中は前提を詰めてゆく。
閃光事件は、1週間前に起きた。例の閃光は、情報災害だ。これはネットワークの海で起きるサイクロンに近い。前船市のネットワークに接続していた全員が、閃光を見ている。第3区画のとある施設では、気絶した者もでたと聞く。その施設から協力がえられていないので詳細は不明だ。事件は実際に起きている。前船市のネットワークが1瞬にして落ちた。電気インフラも余波を受けている。病院等は、予備電源と個立型ネットワークで、問題も起きていない。それでも前船財閥は、損害を受けている。
「Sランクハッカーの仕業だ。俺がBランクなのは調べれば分かる」
「閃光を見た市民には高僧もいてね。その方いわくSランクの仕業でもない」
「坊さんに電脳の何が分かる」
「高僧の電脳技能はSランクだ」
「え、あ。それはそうか」
都市規模となると、生活しているSランクも見ている訳だ。もちろんSランクは珍しい。しかし前船市は、100万人都市だ。
「その高僧は、犯人への恩赦を求めている」
「俺がやったとして。俺はこのあとどうなる」
「財閥も、高僧の話通りなら、恩赦に前向きでね」
「恩赦ってどのくらい?」
「条件つきの借金返済だ」
ハヤトは顔をしかめた。ハヤトは事態のスケールを把握している。都市ネットワークが落ちた。借金は、今の1000倍になる。ハヤトは、口端をゆがめた。
「条件とは?」
「君は前船財閥推薦のサムライになる」
「サムライって、ニュースでよく担がれている?」
「そう。そのサムライ」
サムライは、よくテレビで英雄に奉りあげられている。ファンタジー世界の冒険者というよりも、アメコミのスーパーヒーローに近い印象だ。企業お抱えのサムライは、広告もつけている。美男美女揃いだ。ハヤトは、平凡な見た目をしている。
ハヤトは笑った。
「財閥は、俺に広告塔をやれと?」
「そちらではない。我々は実戦的なサムライを求めている」
「話が飛躍している。なぜ閃光事件の犯人がサムライに?」
「閃光事件の犯人だからだよ。高僧は、いたく褒めていた」
ハヤトはため息を吐いた。サムライは、スーパーヒーローの印象が強い。冒険者気質も多いと、伝え聞いてはいる。サムライは、凄腕の傭兵集団だ。
サムライは、試験を受けるか推薦だ。推薦権はメガコーポにもある。メガコーポは、それで広告塔を推薦していた。今回は、実戦方面だそうだ。ハヤトは信じない。
ハヤトは、心理的に距離をとるように心がけて聞いた。
「前船財閥は、具体的に何を求めている」
「君を推薦して一目置かれたいのさ。それだけだ」
「なぜ一目置かれる。俺はただのチンピラハッカーだ」
「閃光事件は、水面下で脚光を浴びている。神聖視されているのだ」
ハヤトは、迷宮街での会話を思いだした。確かに迷宮街で会ったAランクハッカーは言っている。彼女は閃光事件を神聖だと発言していた。理由も大体は分かる。
例の閃光は、世界の根底に近い。それ以上は表現しようがない。
ハヤトは、難しい顔で思案している。これは他人事ではない。だからこそ確かめたい。
「俺が犯人だとして。断るとどうなる」
「一生、塀の中だ。このままね」
「お前の話がマジである証拠は?」
「信じる者は救われる」
田中タロウは、寛容な笑みを見せている。
もう1度、ハヤトはため息を吐いた。選択肢は限られている。最後の発言をした。
「サムライになるのはよいが、こちらも条件つきだ」
「君はやはり閃光を起こしたのかね」
「俺の妻オリガに本物の市民権を与えてほしい」
「17歳で健気なものだね。彼女は何者だい」
「オリガは人工意識だ」
田中タロウは、そこで初めて個人的な顔をした。それは困惑だ。ハヤトの言葉を理解して、次第に顔色を悪くしている。田中は、喉を手でさわる。
「人工意識が第1尊厳に値するかは議論の途中だ」
「閃光はオリガと共に起こした」
田中は努めて笑顔だ。顔色は淀んでいる。田中は困り顔で笑っていた。田中は顔を伏せる。田中は深呼吸した。彼の声は揺れている。田中はぎこちなく微笑んだ。
「アレを――私も閃光は見た――アレを人工意識と起こしたのかい」
ハヤトは頷いた。
田中は、苦虫を噛み潰した顔だ。しばらくして田中は、顔をあげた。彼は本物の笑みを見せている。田中タロウは「善処しよう」と言った。
「信じてよいのかい」
「私は責任ある大人だ」
「すまない。……それと、ありがとう」
田中は肩を揺らして笑った。その目は童心がチラついている。
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