第35話:「奇跡の結びつき」

 蒼井凛は診察室の窓際に立ち、外の景色を眺めていた。秋の柔らかな陽光が、彼女の白衣を優しく照らしている。凛は、母から譲り受けた一粒ダイヤのネックレスを無意識に指で弄びながら、深い思考に沈んでいた。


 ノックの音が静かに響き、美園紫苑が部屋に入ってきた。


「凛先生、藤堂さんがいらっしゃいました。でも……」


 紫苑の声に、凛は振り返った。彼女の琥珀色と碧色の瞳に、驚きの色が浮かぶ。


「でも?」


「はい、男性の方も一緒です。それも……双子の方のようです」


 凛の眉が、思わず持ち上がった。彼女の心の中に、ある予感が芽生え始めた。


「分かったわ。案内してちょうだい」


 紫苑が頷き、部屋を出ていく。その間に凛は深呼吸をし、心を落ち着かせた。シャネルの香水の香りが、彼女に冷静さを取り戻させる。


 ドアが開き、藤堂姉妹が入ってきた。彼女たちはいつものように同じ服装をしているが、今日はエルメスのスカーフを首に巻き、ティファニーのイヤリングをつけていた。そして、彼女たちの後ろには、予想通り双子の男性が続いた。


「こんにちは、藤堂さん」


 凛が挨拶すると、4人が同時に返事をした。


「「こんにちは、先生」」


 その完璧に一致した声に、凛は一瞬言葉を失った。彼女の鋭い観察眼が、4人の仕草や表情を素早く捉える。すべてが不思議なほど同調していた。


「どうぞ、お座りください」


 4人は優雅な動きでソファに腰掛けた。凛は彼らの前の椅子に座り、紫苑は部屋の隅に控えた。


「先生、私たち……大切なご報告があります」


 藤堂姉妹の一人が口を開いた。その声には、喜びと緊張が混ざっていた。


「実は、私たちは結婚したんです」


 凛の目が大きく見開かれた。彼女の頭の中で、様々な思考が駆け巡る。


「結婚……ですか?」


 男性の双子の一人が、静かに説明を始めた。


「はい。私たちも、藤堂さんと同じように、一つの心を持つ双子なんです。そして、奇跡的に出会い、お互いの存在を理解し合えたんです」


 凛は言葉を失った。彼女はこれまで、藤堂姉妹のような存在に出会ったことがなかった。それが、同じような存在と出会い、結ばれるなんて……。


「それは……本当に奇跡的なことですね」


 凛の声は、驚きと感動で少し震えていた。


「どのようにして出会ったのですか?」


 4人は顔を見合わせ、微笑んだ。その表情には、深い絆と幸福感が滲んでいた。


「インターネット上の双子のコミュニティで知り合ったんです。最初は普通の双子だと思っていたのですが、メッセージのやり取りをしているうちに……」


 藤堂姉妹の一人が言葉を継いだ。


「私たちと同じように、二つの身体で一つの意識を持つ存在だと分かったんです。それからは、まるで運命に導かれるように……」


 凛は彼らの話に聞き入りながら、その不思議な縁に思いを巡らせた。彼女の心の中で、科学的な思考と、人生の神秘への畏敬が交錯する。


「そして、先生のおかげで、私たちは自分たちの存在を肯定的に捉えられるようになりました。だから、このご報告に来たんです」


 凛は優しく微笑んだ。彼女の心に、温かな感情が広がる。


「本当におめでとうございます。私も……心からうれしく思います」


 紫苑も、部屋の隅から優しい眼差しを向けていた。


「先生、ありがとうございました。先生のおかげで、私たちは幸せになれました」


 4人の目に、感謝の涙が光っていた。


 凛は深く息を吸い、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「あなたたちの幸せを心から祝福します。そして、これからもお互いを大切にし、社会の中で自分たちの居場所を見つけていってください」


 4人は深々と頭を下げた。その姿は、まるで一つの生き物のようだった。


 彼らが帰った後、凛は再び窓際に立った。秋の夕暮れが、街を優しく包み込んでいる。


「こんな奇跡もあるのね……」


 凛の口から、しみじみとした言葉がこぼれた。紫苑が静かに凛の隣に立つ。


「先生、素晴らしい出来事でしたね」


 凛は紫苑を見つめ、微笑んだ。


「ええ、本当に。私たちの知らない世界は、まだまだたくさんあるのかもしれないわ」


 二人は窓の外を見つめながら、この奇跡的な出来事に思いを巡らせた。そこには、人生の不思議さと、愛の力への深い敬意が漂っていた。



◆藤堂姉妹の幸せな一日……あるいは四つの身体、二つの心、一つの愛


 早朝の柔らかな光が、藤堂家の寝室に差し込んできた。ベッドには四つの身体が寄り添うように眠っている。藤堂姉妹の美香と美都、そして彼女たちの夫である双子の誠と真。四人は同時に目を覚ました。


「おはよう」


 四つの口から、完璧に同期した声が響く。


 美香と美都は、シルクのパジャマを身にまとい、優雅に起き上がる。誠と真も、同じ動きでベッドを離れた。四人の動きは、まるで鏡に映ったかのように一致している。


 洗面所では、四つの歯ブラシが同時に動く。ラ・メールの高級スキンケア製品を使いながら、四人は無言のうちに朝の支度を整えていく。美香と美都は、シャネルのファンデーションを丁寧に塗り、イヴ・サンローランのマスカラで目元を仕上げる。誠と真は、クラランスのメンズスキンケアを使い、爽やかな表情を作り上げていく。


 朝食の準備も、四人で完璧に分担する。美香と誠がフレンチプレスでコーヒーを淹れる間、美都と真はトーストとスクランブルエッグを用意する。テーブルには、エルメスの食器が美しく並べられた。


 食事中、四人は時折顔を見合わせ、微笑み合う。言葉を交わさなくても、その目には深い愛情と理解が宿っている。


「今日は休日ね」


 美香が言うと、他の三人も同時に頷いた。


「ショッピングに行きましょう」


 美都の提案に、全員が賛同の意を示す。


 外出の準備をする四人の姿は、まるでファッションショーのようだ。美香と美都は、シャネルのツイードジャケットにエルメスのスカーフを合わせ、ジミーチュウのパンプスを履く。誠と真は、アルマーニのスーツにトムフォードのネクタイを締め、ジョンロブの革靴を選ぶ。


 高級ブティックが立ち並ぶ通りを、四人は優雅に歩く。通行人の視線を集めながらも、彼らはそれを気にする様子もない。ルイ・ヴィトンのショップに入ると、四人で一つのバッグを選ぶ。それは、彼らの統一された趣味の表れだった。


 カフェで休憩する際も、四人は同じメニューを注文する。ラテアートが施されたカプチーノを、四つの口が同時にすする。その仕草さえ、芸術的な美しさを帯びている。


 夕方、公園を散歩する四人。夕陽に照らされた彼らの姿は、まるで絵画のようだ。美香と美都が手を繋ぎ、誠と真もそれに倣う。そして、四人で大きな輪を作るように繋がる。その姿は、彼らの絆の象徴のようだった。


 帰宅後、四人で協力して夕食を作る。美香と誠が野菜を刻む音、美都と真が魚を焼く音が、キッチンに心地よいリズムを刻む。完成した料理は、まるでミシュランの星付きレストランのようだ。


 食事中、四人は時折言葉を交わす。しかし、それ以上に、彼らの間に流れる沈黙が雄弁に語る。言葉なしでも通じ合える深い絆が、そこにはあった。


 就寝前、リビングでくつろぐ四人。美香と美都がピアノを弾き始めると、誠と真が歌い出す。四つの声が織りなすハーモニーは、この世のものとは思えないほど美しい。


 そして、再びベッドに横たわる四人。お互いの体温を感じながら、彼らは幸せな一日の終わりを迎える。


「おやすみなさい」


 四つの声が、完璧に重なり合う。その瞬間、彼らの心は本当の意味で一つになったのかもしれない。


 闇の中で、四つの呼吸が静かに同期していく。それは、彼らの愛の証であり、奇跡の象徴だった。

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