本格的な同居生活スタート
あの後、ルシフェルは呆気なく帰っていった。
「また来ます、スピカ様をよろしくお願いします」と俺に笑顔で言い残して。とりあえず俺はああ勿論だと頷くほかなかったが、後になってから少しずつ状況が明確になってきた。
つまり、本格的な同居がスタートしたということ。年頃の少女、ましてや意中の相手と、自分の家で暮らすことになったのだ。
今こうして心のなかで言葉を並べると、むず痒いと言ったらありゃしない。気恥ずかしい気もするし、なんだか緊張する感じはある。でも、あまり嬉しいとは思えなかった。この前、俺に全く恋愛経験が無いと言ったのを訂正しよう。恋愛経験があると言っても、もう思い出したくもない苦い思い出だ。俺には、恋愛絡みで嫌な思い出しか無い。故に、スピカに思いを打ち明けることは絶対にしない。そう決意している。
つまり、やましいことは何も無い。同居人として歓迎するのみだ。
***
「、ト……てくだ、。…い」
暗闇の中、遠くでスピカの声が聞こえる。最初はトンネルで喋っているようにぼんやりとしか聞こえなかったが、次第に鮮明になっていく。そして、俺の視界もぱっと明るくなり、目の前の景色が目に飛び込んできた。
「セト、朝です。起こしに来ましたよ」
見慣れた天井。ベッドの右側に寝返りを打つと、ライムグリーンのエプロンを身に着けたスピカが立っていた。もう朝か、そう思って、俺は体をゆっくりと起こす。
「ありがとうスピカ。今朝飯作るから…」
「ああ、大丈夫です、私が作りましたから」
両手をひらひらと振って俺を止めてから、ふふんと少し得意げに胸をはる彼女。よく見たらいつも下ろしている髪は紅いリボンで結ばれており、エプロンまで身につけていることから、料理をしたのは本当みたいだ。彼女の作ってくれる料理はものすごく美味しい。これが今から毎日食べられるなんて、なんと幸せな生活だろうか。
「そうか、ありがとな。すごく助かる」
彼女の可愛らしい表情にふっと頬を緩ませると、スピカはちょっとだけびっくりしたような顔をした。えへへ、と言わんばかりにちょっぴり嬉しそうに微笑んで、後ろに手を組んでもじもじさせる。褒めてもらえたのが嬉しいのを隠しきれていないようだ、手を後ろでもじもじするのが恥ずかしいときの癖らしい。覚えておこう。
「じゃあ、下で待っています。早く着替えてくださいね」
そう言い残して、部屋の戸が優しく閉まる。ぱたぱた、と可愛らしい足音が遠のいて行った後、俺はベッドから起き上がってクローゼットの前に立った。
一人で暮らしていた時には考えもしなかった幸せ。それが当たり前として今の生活になっている、それはなんと素晴らしいことだろうか。今後とも是非二人で静かに暮らしていたいと思っていたが、どうやらそれは難しいようだ。
ちりりん、ちりりん、と来客のベルが鳴る。スピカはキッチンに立っているので出られない、代わりに俺が出よう。着替えた俺は階段を降り、玄関のドアへと手をかけた。
またもや、嵐がやってくる。
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