本編

真夜中の訪問者 

きれいな満月の夜。俺はまあまあ親しくなった居候人と、ベランダで月を見上げていた。

「月が綺麗ですね、」

「ん”っ、…そうだな」

突然のことに思わず言葉を詰まらせてしまう。びっくりした。そういうつもりで言っていないのは分かっているが、どうも不意打ちには慣れない。

「どうかしました?」

そんな俺の気も知らないで小首をかしげるスピカ。俺を少し心配しているのか、不安げな上目遣いの眼差しを送ってくる。

全く、無防備と言うか天然と言うか…だ。無意識にこれをやられるとどうも心臓が持たない。俺のHPが限界突破してしまいそうだ。

そんな呑気に考え事をしていると、こんな夜中に来客があったようだ。1階の玄関のドアのベルが鳴る音がした。俺はスピカと「誰だろう」と目を見合わせると、急いで二人で1階へ駆け下りた。

2階から階段伝いに降りてゆくと、早く開けろと言わんばかりに荒々しく鳴るベル。このベルは魔法で尋ね人の気配を感じ取って自動で動いているのだが、少々お尋ね者の意思が反映されるため、急いでいる人は俺からすれば丸わかりなのだ。まさにこの今のように。

「すまん、今開ける」

少し急ぎ目で玄関のドアを開けると、そこには見知らぬ人が立っていた。

うっすらと金髪の髪で整った顔立ちの青年?背丈は割と高い。黒い外套を羽織り、シックな赤のネクタイがとってもお洒落。黒を基調とした衣服には、なにやらあるものを感じた。彼の目はとても鋭く、朱く光っていた。

「えっと、どちら様でしょう、?」

俺が若干驚き気味でそう言うと、色白金髪イケメンは表情一つ変えずに口を開いた。

「夜分遅くに失礼致します。ここに、はいらっしゃいませんか」

スピカ、様?

俺がその言葉を脳内で反芻しつつ固まっていると、後ろからスピカの声がした。

「こんばんは、ルシフェル。息災でしたか」

スピカがゆっくりと歩いてきて、俺の隣で立ち止まった。少し背の低い彼女の横顔は、いつもより少し大人びていた。いつもの美しい林檎のような瞳に、うっすらと警戒が滲んでいる。

「お心遣い、恐悦至極に存じます。スピカ様こそ、御身がご無事なようで何よりです」

急に跪き出す「ルシフェル」と呼ばれた青年。やっぱり魔族の間でも階級とかあるんだろうな。スピカは吸血鬼ヴァンパイアの上位種族だって前に言っていたし、配下の一人や二人はいるんだろうな。なんてまだまだ呑気に考えていたら、いつの間にか話が進んでいた。

「城にお戻りください!」

「断じてその気はありません」

しまった、話を聞き逃していた。誰か説明して欲しい、いっそ説明を頼もうか。それより配下(?)らしい青年の申し出をスパッと断るスピカさん、とても貫禄がある。

「ですから…」

スパッと断られていたにも関わらず、あわあわしながら話を続けようとする青年。その瞬間に、周りの空気が一気に緊迫した。

「私の返事が聞こえませんでしたか、?」

空気中に稲妻が走ったかのごとく、ピリッとした緊迫感が一気に広がる。それどころか、なんだか気分が悪くなってきた。上からとてつもなく重い物を押し付けられているような感覚と、心臓を握りつぶされるような圧迫感。スピカの目は、いつもと打って変わって毒々しい。紅い瞳は、憤りのような鈍い色を放っていた。

「も、申し訳ありませんっ…!」

「っ…げほっ、」

青年の恐怖に慄く声と、俺の咳き込む声が重なった。その瞬間に、ぱっと圧迫感や緊張感が消えた。た、助かった…

若干瀕死の俺は玄関に膝をついて、壁に頭と体を委ねた。恐怖と苦しさに脳を乗っ取られるようなあの感覚、できれば二度と味わいたくない。

「っ、ごめんなさいセト!そんなつもりじゃ、なんてことを…」

慌てふためきながら俺の横にしゃがみ込むスピカ。さっきのような威圧感は消えていて、もういつものスピカだ。涙目でおろおろしながら、俺の手を取って握ってくれる。その途端に、精神に落ち着きが戻ってくるのが分かった。おそらく、精神を安定させるための魔法だろう。しかもほぼ速攻だから、結構高位魔法なのでは。

「ありがとう、スピカ。もう大丈夫だ」

ズボンを手で払いながら立ち上がると、スピカがそっと俺の背中に片手を回してくれる。そして、涙をぼろぼろこぼしながら俺の目を見ていた。

「ごめんなさい、ごめんなさい。セトに苦しい思いをさせてしまいました…」

「いいんだって、今はそれどころじゃないんだろ?」

俺はスピカに向かって優しく微笑みかけると、ルシフェルという青年に向き直った。

「上がっていけよ、お茶は出す。話を全部聞かせてくれ」

青年は動揺と驚きを隠しきれない様子で、首を縦に振った。

「勿論だ」

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