第39話トレント産の果実&野菜のシチュー

「まずはタマネギとニンニクを炒めて……きつね色になったら、ニンジンとジャガイモを投入」


 シロウは野菜に火を通す。それから、鍋の用意もした。


「鍋に猪肉を入れて、少量のワイン……そして、ブイヨンだ」


 ブイヨンとは、スープの素だ。 肉や野菜を煮込んで作っている。


「それから果実を入れる」


 シロウが、果物を鍋に入れていく。 みかん、リンゴ、桃……それをセリカは、注意深く見守っている。


 スープ……それも肉料理だ。 それに果物を入れるとどんな味になるのか、想像が難しいようだ。


 これを1時間煮込むと───


「よし、後は塩コショウにクリームで味を整えて───完成だ!」

 

 焚き火の上に吊られた鍋から、グツグツと沸騰した音。


 それから甘く濃密な香りが立ちのぼる。


 ここは森の奥。夜の帳という物は下りていた。


 野営地───と言うには簡素な物だが、不思議な安心感があった。


 そして、臭いに誘われるように───


 セリカはしゃがみ込み、お玉で鍋をかき混ぜながら鼻をくすぐる香りに目を細める。


 「これ、本当に猪肉のシチューなんですか? なんか……デザートみたいに甘い香りが漂ってますね」


 鍋の中では、数時間煮込まれた猪肉がとろりと崩れ、リンゴと桃が果肉の形を残したまま溶け合っていた。


 薪をくべていたシロウがちらりと振り返る。


「イノシシはクセが強いからな。だから、果物を使う。特に、酸味のあるやつだ。香りも味も丸めてくれる」


 セリカは皿に盛ったシチューを口に運んだ。すると途端に、彼女の表情が変わった。


「~~~ッ! 甘いっ!」


 口内に広がる甘味。 彼女は驚きの声をあげる。


「これは凄く甘いですね! それに猪のお肉がすごい柔らかくて、溶けていきます!」


 甘い。けれども、クドさと言う物もなかった。


 柔らかな甘味が舌に広がり、そして猪肉は驚くほど柔らかい。


 歯に僅かな力を加えるだけで、ほろりほろりと崩れていく。


 そして、甘みは果実だけではない。 もはや、原型もなくなっている野菜本来が持つ甘さが重なっている。


「熱っ! 熱っ! ……でも止まらない! 美味しいです」


 その様子にシロウの唇が、かすかに緩んだ。


「当たり前だ。最高の素材で、最適な手順を踏んだからな」

 

「最高な素材…… 最適な手順……?」とセリカは、思わずスプーンを止めた。 


 トレントとの戦い。 モンスターを畑代わりにする発想。


 最高な素材はともかく、最適な手順と言うのは待ったを言いたくなった。


 それは置いといて───


 セリカはもう一口、また一口と口に運ぶ。


 焚き火の音、虫の鳴き声。


 森の夜は静かで、でもこの鍋からは、豊かな命のにおいが満ちていた。


「なんと言いますか……こう言うのを風流って呼ぶですかね?」 


 セリカは自然と笑っていた。シロウもつられて笑う。


「さて……次はどこに向かおうか?」とシロウは呟いた。

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