女神は血に飢えている
夙夜屍酔
序章
第1話 同時多発襲撃事件の始まり
時刻は夜の七時に差しかかろうとしていた。等間隔で配置された街灯が閑静とした住宅街をほのかに照らしている。
ここは富裕層の豪邸が軒を連ねるレオンネクサス地区。道路から少し浮いた低空を
操縦桿を慣れた手つきで運転しながら、パルマン・エバーキースは目的の家に向かっていた。
これから会う約束をしている男の名前はガリエラ・サザーランド。パルマンの自身の神経や感覚を自由自在に操る――
歳は四十代前半だが、この分野における知識と研究意欲は他者の追随を許さなかった。
何しろ彼の先祖のジェラールはこの
ガリエラはその偉才の血をしっかりと受け継いでいた。
AGIとは人間と同等以上のありとあらゆる知的作業を理解し、学習し、実行できる極めて優れた
ガリエラの住む邸宅に近づくにつれ、パルマンはちょっとした異変を感じ取った。何故かは分からないが、二階の一部屋しか電灯が点いてないのだ。
パルマンはいったんエアストームを停止させた。
まだ十七歳という少年ながら、体の一部を
ざっと見たところ、向かってこちら側には六人ほどいる。
邸宅には幾つかの警報装置は設置されているはずだが、遮断されているようだ。
身動きから推測すると、全員が銃火器を持っているようだ。高度な特殊訓練を積んだように機敏で隙がない。
邸宅内は電灯の点いた二階の一部屋だけに熱源反応が集中していた。軍人みたいに直立不動のままの複数の人間と椅子に腰かける二人の人間がいるのを確認できる。
二人のうち、だらりと力なく座る人間だけが熱源反応が低かった。これまでの経験から判断すると、何らかの理由で傷を負って大量の出血をしているようだ。
この状況下でまだ生き残っている人間がいるとしたら、ガリエラ本人の可能性が高い。
(あの熱源をガリエラだとするなら、連中はただの金銭目当ての強盗ではなく、あの家にある何かを狙って押し入った。だが、まだ見つかってないようだ。おそらく、ガリエラは探し物の隠し場所を吐かせるために拷問を受けている可能性が高い。早く助け出さないと、口を割った途端に消されるな)
冷静沈着なパルマンは瞬時に今の状況を整理し、すばやく行動に移った。
エアストームから降りると、腰のホルスターから大口径のプラズマ銃を抜く。今度は視界を暗視モードに切り替えて、ガリエラの家の壁まで常人離れした俊足でほとんど足音を立てずにたどり着いた。機械化によって成し得た技だ。すかさず二メートル以上の高さの壁に向かって跳躍する。気配を消しているため、まだ襲撃者たちには感づかれていない。
敷地内に目をやると、襲撃者たちは暗視ゴーグルを装着し、赤外線スコープ付きのレーザー光線式マシンガンを持っていた。ただ、ここには誰も来ないと高を括っているのだろう。襲撃者たちは退屈そうに時間を持て余していた。
少しの間襲撃者たちを観察すると、豪邸の敷地内だけあって、お互いに持ち場が決められているのが見て取れた。だが、プラズマ銃だと一瞬で気付かれてしまう。
ここは闇夜に紛れてガリエラの家まで行くしかない。ただ、豪邸まで行くにはここからだと多少距離があった。
パルマンは大口径のプラズマ銃を腰のホルスターに戻してから、
パルマンは人気のない場所に向かって二メートルほど飛んで、綺麗に刈り取られた芝の上に着地する。もし、見張りの中に番犬でもいれば、怪しまれたかもしれない。
目指す先には二人の見張りがいた。しかも、それほど間隔は開いていない。それでも、改造人間のパルマンには確実に二人を仕留める自信があった。
ここは並外れた俊敏さがものを言う。気配を消しながら一人目の背後を取ると、空いている手で口を押え、小剣で首を掻き切った。
飛び散る鮮血は瞬時に凍りつき、苦痛に顔を歪めたまま凍死した見張りを地面にゆっくりと寝転がす。さらに次の見張りの死角に入った直後、音を立てずに背後から左胸を突き刺した。
呻き声を上げる間もなく、噴き出した大量の血しぶきとともに凍結した。
その見張りも静かに仰向けに寝かせると、パルマンは無音でガリエラの豪邸まで疾走する。
窓のある壁まで来ると、オリーブ色のカーゴパンツのポケットから窓の開けるための道具を取り出した。それの吸着面を窓に吸い付けて、伸びる糸の先にある切れ味の鋭い数ミリほどの刃で円弧を数回描いた。
道具を引っ張ると、吸着面にくっ付いた円形をした窓がくり抜かれた。その穴から窓の鍵に手を伸ばしてこじ開ける。
ガリエラの邸宅内に忍び込んだパルマンは身を屈めて周囲を見渡す。案の定、ここには誰もいなかった。
敷地内の警戒に重点を置き、明かりの点いた二階の部屋以外は無防備状態のようだ。
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