第46話 順番。
ほんの少しだが、腹が落ち着いてきた広島紫は、市原黄汰に言われるまま、再度着席してケーキとクリスマスプレゼントの交換をする。
先にプレゼントを交換したいと言った広島紫は、「…出来たら、改めてプレゼントを送り直したいです」と漏らしながらも、今年もネクタイを送る。
「こんなにありがとうございます」
「いえ、後日もう一つ送らせてください」
「なんで?」
それこそ市原黄汰には意味がわからない。
だが、広島紫はこういう部分では頑固で可愛げがない。追求すれば気分を害すし、照れて説明を嫌がる。
市原黄汰は「わかりました。では、私もその時にお返しをさせてください」と返して、自身のプレゼントを取り出す。
今年は決めるのが早く出来て良かったと思っている。それは昨年プレゼントして菅野篤志達に破壊された髪留めと同じ髪留めと…また新たな髪留め達、一つはほんの少しだけ値が張るものにした。
流石は広島紫。
高い髪留めよりも、菅野篤志達に壊された髪留めと同じ髪留めを見て、本気でよろこび、泣いてしまう。
「広島さん?そんなに?」
「はい。嬉しいです。堪らなく嬉しいです」
広島紫はポロポロと涙を流して喜ぶと、おもむろに立ち上がって、市原黄汰の手を取ってソファまで連れていくと、抱きしめてキスをして「すごく好きです」と言う。
息継ぎの合間に「こんなに喜んでもらえて嬉しいです」と言うと、広島紫は「セックスはまだ怖いけど、帰りたくないです。ずっと市原さんとキスしてたいです」と言った。
それはよくない。
今の広島紫だと、本当に朝まで何かにつけてキスを求めてくる。彼氏という特別な存在として応えてあげたいが、明日の仕事に差し障りがでる。間違いなく激辛料理のように唇が腫れる。
2人して、そんな姿で明日の新店トレーニングに行けば、新人達の噂の種にされる。
市原黄汰は心を鬼にして「それは良くないよ」と言い。「新店の事が終わって、キチンと休めるようになったら、休みの前の日から来て、ゆっくりのんびり過ごしましょう」と言い、広島紫は不服全開。
納得していない広島紫にキチンと説明をして、「仕事の大切さがわかる広島さんならわかるね?」と言って、「明日はバイトリーダーくんを中心にしたロールプレイだから、手は抜けないね?」と続けると、広島紫はようやく「仕方ありません。どうしてもな理由があれば食い下がりましたが、我慢します」と言った。
そして席に戻りながら、市原黄汰は追加のプレゼントについて質問をすると、顔を真っ赤にした広島紫が、「紫色のモノを身につけて欲しいんです。さっき、アカシアの木の前で、市原さんは、私には黄色が似合うと言ってくれた時、市原さんの名前にも黄色があって、私の名前には紫があるので、紫色のモノを身につけて欲しくなりました」と説明した。
危なかった。
こうなると広島紫は急に可愛らしくなる。
泊まりたい発言の前にこれを聞いていたら、引き止めたくなる自分がいたはずだ。
市原黄汰は広島紫に「それなら、私は何か黄色の物をプレゼントしましょう」と言うと、広島紫は真っ赤な顔で口を尖らせて俯くと、「ズルイです。泊まりたくなります」と言った。
いくらその顔が可愛くても市原黄汰は心を鬼にして、広島紫の泊まりたいには返事をしない。
「ほら、それは今度の楽しみにして、今はケーキを食べましょう。広島さんが選んでくれたケーキですよ」
市原黄汰はいそいそと冷蔵庫に向かい、少し大きな箱を持ってくる。
広島紫は首を傾げて「市原さん?」と声をかける。
「どうしました?」
「…大きく……ありません?」
「え?だって広島さんが指さしたケーキですよ?」
市原黄汰は、なんとなく背筋を走る嫌な予感を誤魔化すようにテーブルにフルーツ盛りだくさんのケーキを出すと、広島紫は「うわ…大きい」と言い、顔を赤くして「あの…」と呟く。
「町屋に降りた時は、もうピークで、1秒でも早く市原さんにくっ付きたくて、ケーキどころではありませんでした。なんでも市原さんと食べたら美味しいと思っていて、目についたケーキを選びました」
どこかそんな気はしていた。
広島紫らしからぬチョイスだったが、父性に甘えたい気持ちなのかと思いながらケーキを買っていた。
2人で必死にケーキを食べるが、2人でも180度が限界で、とっくに美味しく食べられる範疇を超えている。
市原黄汰は渋〜いお茶を淹れたが、最早焼け石に水である。
捨てるのは勿体ない。
そもそも、飲食業に携わり、廃棄食材なんかを見ているから感覚が麻痺してると思われがちだが、市原黄汰と広島紫にそれはない。
市原黄汰に言わせれば、鹿島朱美の方が食材廃棄に抵抗がない。
鹿島朱美は市原黄汰の金だから、痛くも痒くもないので、目につくものを買って、平気で手もつけずに捨てる。
市原黄汰は目頭まで甘くなる気がしながら、「広島さん、もう少し食べ終わるまで帰らないでね」と漏らす。
広島紫も必死な顔で「頑張ります」と言って、桃にフォークを刺した所で、「あれ?食べる為には泊まるしかないのでは?」と名案ですという顔で市原黄汰を見た。
地雷を感じた市原黄汰は「後は私が食べるから大丈夫」と言い張り、なんとか広島紫を帰らせる。
全て順番次第だった。初めにケーキを見て、黄色と紫色の贈り物の話をしてから泊まりたいと言われたら、受け入れていたかも知れない。
だが、逆だったお陰でそれはない。
市原黄汰は翌日も頑張ってケーキを食べて体調を崩してしまう。
あんなに仕事で無理をしても倒れない市原黄汰が体調を崩す一大事に、店は騒然としてしまう。
「いやぁ、若い頃の気持ちでケーキを買ったら、甘さにやられちゃったよ」なんて照れ笑いする姿に、広島紫は申し訳なさを感じていた。
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