第44話 食べ物の恨み。
キスは30分続いても止まることなく、息継ぎ、抱擁、キスのループを繰り返して、ようやく「喉が渇きました」と言って一度オチがつく。
「じゃあ、おつまみを出すから乾杯しようか?それで棒棒鶏の鶏肉の処理だけ先にさせてね」
市原黄汰は飲み物を出しながら「トイレは平気?」と聞く。
「はい?」
「いや、急いでいたのは本当にトイレだと思ったんだよね」
「違います。夢の島にいる時から抱きしめたくてキスがしたかったんです。だから待てなかったんです」
すこし膨れた顔をした広島紫は、思い出したように鶏肉を茹でる水や調味料を用意している市原黄汰の頬を掴んでキスをすると、「キスと口にしたらまたしたくなりました」と言って顔を赤くする。
市原黄汰は広島紫の頭を撫でて、「まあ、とりあえず乾杯して焼豚を食べてみて」と言って出す。
市原黄介が好きになるのもよくわかる。
美味しくて店売りも出来てしまうのではないかと思う味だった。
市原黄汰は喜ぶ広島紫を見てニコニコと笑顔で、「それ、写真撮って黄介に送ってあげてよ」と提案をする。
広島紫はそれならと言って、焼豚を目の前に置く市原黄汰と市原黄汰にスマホを渡して焼豚の皿を持つ自分の姿を撮らせると、その二つの写真を市原黄介に送る。
すぐにつく既読。
市原黄介は広島紫からの連絡を最優先していたのですぐに見ていた。
画面を開いて固まる市原黄介。
どうして「今度帰ってきたら何が食べたい?」と聞かれて、「休みが取れるようになってからでいいから焼豚作ってよ」と言ったら、いない日に作って彼女に写真を送らせる?
食べ物の恨みは恐ろしい。
受け取った直後、市原黄汰のスマホに市原黄介から着信が入る。
市原黄汰は広島紫にも聞かせたくてスピーカーにしている。
「やあ黄介!」
「…休めたの?この前は年内は無理そうって言ってたよね?」
「うん。広島さんやヘルプの子達が助けてくれて休めたよ」
「…それはよかったね」
市原黄汰は、食べ物に関しては美味しいものを作る事に敏感だが、本人は頼まれれば何度でも作るつもりでいるせいで、案外鈍感でことの重大さがわかっていない。
なんとなく市原黄介の怒りどころがわかる広島紫は呆れ顔で見てしまう。
「どうしたんだい?調子悪いのかな?アルバイトは休んで暖かくして、早く病院に行くんだよ」
「ちげーよ。なんで焼豚作ってんだよ。広島さんが羨ましいんだよ。この先は何やるの?煮汁ラーメン?焼豚丼?」
「どっちでもいいように麺もご飯も用意してあるよ」
「…俺の時もやってよね」
「勿論だよ」
市原黄介は嬉しそうな声に戻ると、「広島さんに代わってよ」と言い、市原黄汰が「スピーカーだよ」と答える。
「広島さん」
「はい」
「いつも父さんのことをありがとうございます。無理して倒れかねないから申し訳ないんですが、父さんの事をよろしくお願いします」
「はい。頑張ります」
市原黄介は「頑張ると疲れちゃいますよ。無理しなくていいですよ」と言って笑うと「じゃ、邪魔したくないから切ります」と言って電話を切った。
「黄介さん、怒ってましたね」
「変な子だよね。言えば作るから怒る事ないのにね」
違う。そうじゃない。
広島紫はそう思いながら市原黄汰の顔を見る。
敏感なくせに鈍感。
不思議な人だと思ってしまった。
市原黄汰はややタチが悪い。
食事も美味しく、広島紫を喜ばせる為に猫DVDも第二弾を用意してもてなしている。
その結果、広島紫の脳内は、市原黄汰を求める部分と、食事を求める部分、可愛らしい猫の姿に心奪われる部分と忙しい。
「〆は黄介が言っちゃったけど、焼豚丼と焼豚麺ならどっちがいい?早めに〆にしてケーキも食べないとね」
なんて言っているが、まだ棒棒鶏が出てこずに、今は麻婆豆腐が出てきている。
少量だから作りやすいなんて言いながら作るもんだから箸は進む。
「全部作らずに、また別の日にしてください」
「何度でも作るからそれも良いんだけど、広島さんに食べて欲しいんだよね」
市原黄汰の言い方に、広島紫は何も言えなくなりながら、なんとか言えたのは「はい。でもお腹いっぱいになりそうなので、〆は市原さんがオススメの方を作ってください」だった。
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