5.暗闇の遺跡
暗闇が重くなった。バルカーとカッシーの明かりがあるが、大きな扉からの光が無くなり、昼から夜に激変した。
グラナドも照明魔法を使った。
奥から、リスリーヌとオネストスが出てきた。彼の照明も加わり、室内が見渡せるようになった。扉から一番遠い所、祭壇の部屋から出てきた二人。反対側にはバルカーの明かりを中心に俺とシェード。中央にグラナドとミルファ、レイーラ、ハバンロだ。
ファイスとライテッタ、フェネル、バルトゥスは、表にいた。叫んだのは誰かわからないが、ファイスの声ではなかった。
「表で、一体、何が。」
とハバンロが尋ねたが、答えられる者はいない。
「まったく、閉じ込めて何をする気だ。俺達が戻らなかったら、そのうち王都から人が来る。それ以前に、ライテッタが…。」
と言いかけたグラナドの言葉は、ミルファの叫びに消された。
彼女に、何かが当たった。よろけたのを、グラナドが支える。カッシーが照らして確認したが、木片のようだ。
誰が投げたのか、とバルカーが言ったが、誰でもなかった。
石つぶてと、木片が、飛び交い始めた。大きいものはないが、指向性なくランダムに飛び回る。
急いで扉を確認したが、もともと魔法の封印で閉ざされ、特定の条件を満たさなければ、開かないものだった。昔、ここに来たときは、その式次第を踏襲して開けた。その魔法は、土のエレメントの事件以後、急速に衰え、今ではほぼ完全に消えている。なので、扉を開けるのに特殊技術はいらないはずだが、頑丈な扉には違いなく、内側から押しても、ぴくりともしない。内部に取っ手のような物はなく、取っ掛かりのない、平坦な金属の扉だ。
「離れてください。私が。」
と、ハバンロが気功で砕こうとするが、厚い金属は一度では無理だった。数度でようやく開き、俺達は、グラナドの土の盾に守られながら、一気に外に出た。
戦っていたのは、ファイス一人だった。森のほうから、石つぶてや、木の葉が飛んで来る。煙や触手はない。だが、森の入口近くにある大木が、葉をカッターのように飛ばしてくる。石つぶては、固い木の実だ。飛ばしは生やし、生やしては飛ばす。俺は水の盾を出したが、敵は土属性、相性が今一つ、厚くしないと突き抜けそうだ。固く凍らせると勢いよく弾くだろうが、それにはもっと近付くか遠ざかるかで、跳弾に仲間が巻き込まれないようにしなくてはならない。魔法剣で凪ぎ払うが、
本体から止めどなく弾がくるので、切りがない。
ライテッタとバルトゥスは倒れていた。ファイスは、彼らを守りながら、大木に近づこうとしているようだ。フェネルの姿はない。二人をレイーラとリスリーヌに任せ、俺達は、ファイスに加勢した。俺とファイスが前に出て、盾(俺は魔法盾だが)と剣で木との距離を詰める。直ぐ後ろに素早いハバンロとシェードが続く。グラナドが、
「転送と飛び道具は、まだ使うな。」
と言うので、体制を保ちながら近づく。大木は勢いに衰えがあるが、周囲に落ちた種から、小さな木が生まれ、数を増やしつつある。
十分近づいた所で、四人で素早く枝を落とす。武器を削がれて丸腰になった木に、カッシーが火を放つ。魔法の火は強力に燃えたが、直ぐにグラナドが、水で消火した。俺も合わせた。彼に代わって、盾を出していたミルファは、今度は百八十度振り返り、遺跡内部から飛んで来る土礫を防ぐ。オネストスとバルカーが、騎士の盾で背後を守り、魔法剣で内側に攻撃していた。バルカーが、ついうっかり、火魔法を木片に対して出そうとし、オネストスに注意された時だ。
前方から取って返したハバンロが、気功で押して、重い扉を閉めた。しかし、先程の穴がある。そこはグラナドが素早く、土と氷で固定した。
「塞いだら、中のは、どうすんだよ。」
とシェードが言った。
「多分、大人しくなるだろ。木が原因なら。」
とグラナドが答えた。実際、扉に当たる音はすぐ小さくなり、消えた。グラナドは、それを確認すると、直ぐにレイーラ達の所に、取って返した。
バルトゥスは重傷だった。背中に斜めに大きな切傷、腹に刺し傷が三ヶ所あった。矢傷にも見えるが、ミルファは、
「銃の傷に似てるわ。」
と言った。弾が中に残っているようだ。木の実や礫かもしれない。意識もない。ライテッタは傷は浅いが、朦朧として、力も出ないようだ。
「ガスらしいわ。浄化でうまく抜けきらなくて。」
とレイーラが言った。俺はリスリーヌの方を見たが、彼女も怪我をしていた。気絶もしているようだ。
グラナドが、
「俺をかばって、それにぶつかった。」
と、傍らに転がっている、四角い金属片を指した。箱の蓋のような形だ。
「中にあったやつだと思う。盾の影にいろ、と言ったのに。昔から、こうだ。」
リスリーヌはグラナドと、それほど親しくは見えなかったが、神官長になるタイプは、得てしてこうなのだろう。
「そういえば、あの人、どこ?フェネルは。」
とカッシーが言った。転送が使えるはずだったから、一人で逃げたのだろうか。気の弱そうな感じの騎士だったが、と思ったが、ファイスが
「彼がやった。」
と言った。
「いきなり扉を閉めて、バルトゥスを切った。小型の銃も持っていて、切った後に撃っていた。ライテッタにも同様にしたが、彼のほうが強い。形勢不利と見て、俺たちにガスを使い、森に向かって玉のような物を投げた。木がモンスターに変わると、その隙に逃げた。ガスは俺には利かなかった。」
この説明に、バルカーが驚き、「彼がですか?そんな馬鹿な。」
と言った。
「すいません。疑う訳ではありませんが、フェネルは政治には無関心な男でした。性格も大人しく、大それた事をやらかすタイプとは思えなかったので。」
裏切るタイプではない、と言うことらしいが、ソーガスも裏切るはずのない男と見なされていた。騎士に浸透しているなら深刻だが、今は先に、怪我した三人の救助だ。
グラナドは、バルトゥスとリスリーヌ、ライテッタを先に運ぶ、と言った。
しかし、遺跡横の転送装置は使えない。キーワード認証で動作するタイプだが、ここで動かせるのはバルトゥスだけだった。彼は今は意識がない。通信は出来たので、こちらの状況を、バルトゥスの副長に伝える。向こうの状況もわかったが、一人で戻ったフェネルは、怪我をしているのに、仲間の騎士には事情を話さず、逃げようとして、不振がられて拘束された。が、さっき、また逃げ出した。魔封環があるし、骨折しているので、遠くには行けないだろう、と言う話だった。
直ぐに救助を送る、と言うが、転送魔法の得意な者が他にいない。作動のキーワードを知ってるもう一人の補佐役は、皇都に行ってしまっていた。解ったらすぐ連絡すると言っていたが、時間はかかりそうな空気だ。
地図はあるので、グラナドが三人を転送で運び、すぐ戻ってくる、と言うことになった。が、土地勘がなく、間に幻影の森があるため、途中で抜けずに、一気に街に戻るのはやりにくい。シェードに一人任せるにしてもだ。もう一本、遺跡の裏から抜ける道があるが、こちらは勾配が険しく、一部崩れて閉鎖中だった。
幻影の森では、木々が人に幻覚を見せる。その時、こちらの一番強く思う人物の姿を見せる。厄介な物だが、生きてるか死んでるか、同行しているかどうかは考慮しないので、対策はある。服装は再現できないし、その場に絶対にいないはずの人物を、強く思い浮かべていれば、出てくれば分かる。
俺はグラナドにそれを説明した。さらに、複数人で縦並びに間を詰めている場合、幻影を見るのは、先頭の一人だけだと言うことも話した。
「それなら、あまり選択肢はないな。」
グラナドはそう言うと、さっさと方針を決めた。怪我人三人と、俺を同行者に選んだ。彼等を届けたら、俺が医師を呼び、状況を説明する。グラナドは一人で戻り、残った皆を転送する。一度通ってしまえば、一気に転送も可能だ。
シェードは、
「一応、裏道が無理かどうか、見るだけ見てみるよ。お前達も気をつけて。」
と言った。探知魔法の使えるミルファが同行しようとしたが、カッシーが、
「私が一緒に行くわ。一人で行動しないほうがいいし、フェネルは多分、心配ないけど、もしもに備えて、土の拘束魔法の使えるミルファは、ここにいたほうがいいわ。」
と言った。ミルファは、
「ちょっとでも何か顔を見せたら、直ぐに拘束するわ。でも、フェネルは風でしょ。彼も転送と拘束は使えるのよね。」
と、気丈さに交えて、不安も述べた。するとオネストスが、
「俺とバルカーで、火の盾をずっと出しておきます。」
と言った。バルカーも快諾する。
「魔封環があるなら、大丈夫でしょう。一人で不馴れな土地で、転送も使えずに、森に入るとは思えないし。」
とは言い添える。バルカーの見解は最もだが、今までの例からして、そうは言い切れない物もある。しかし、ハバンロは、
「任せといて下さい。皆に近づいたら、気功で弾き飛ばします。」
と明るく言った。レイーラは、不安げに微笑みながら、
「気を付けて下さいね。」
とだけ言った。 グラナドは最後にファイスに、
「一時間で戻れなかったら、移動を開始してくれ。」
と小声で言い、地図を渡した。ファイスが、
「地図は殿下が。」
とためらったが、
「俺はもう覚えたし、ラズーリも一度通っているから、大丈夫だ。」
と言った。俺は、
「後を頼むよ。」
とだけ言った。彼もまた、
「ああ。そっちも。」
と簡潔に答えた
グラナドの魔法で転送が始まり、いつもなら一瞬の導入が、妙に名残惜しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます