2.キーリへの手向け
午前中、記念館訪問やら式典やらをこなし、午後は、キーリの墓参りをした。
《森を愛し、森に生きた誉れ高き狩人キーリ、森を守り抜いて、大地に還る。いずれまた、森にその命の廻らん事を。》
《旅は終わり、でも、君の魂は、我らと共に未来を進む。君の愛した世界の未来を。》
《雪と氷の大地より、生命の息吹の森に眠る勇者のために祈る。勇者キーリ、その高潔な魂よ、安らかなれ。》
それぞれ、狩人族、コーデラ、ラッシルから、贈られた墓碑銘だ。狩人族の物には、彼らの「転生思想」が伺える。
コーデラの墓碑銘を見る。
キーリ死亡時は、ディニィ、エスカーは、すでに故人だった。この墓碑銘は、恐らくルーミが考えたものだ。
キーリの死により、かつて複合体を倒した仲間は、ちょうど半数が逝った事になる。彼は、どんな思いを巡らせただろう。
ミルファは泣いていた。ラールは泣きはしなかったが、時々目を伏せていた。
俺は、キーリの、静かで控え目な立ち居振舞いや、陰からそっと手を添えるような、さりげない気遣いを思い出していた。
ラールと別れ、森に戻った後、勇者の栄華を貪らず、ひっそりと暮らしていたキーリ。最後は、モンスターと闘い、森で死んだ。形見の弓と、耳飾りは、ラールに届けられた。修復可能な破損なら、ミルファに持たせてやれたけど、と、ラールは語っていた。
グラナドは、ミルファに付き添っていた。主賓ではあるが、この時は「エスコート」だ。二人とも、一見、普段通りだった。だが、流れる空気が、普段とはわずかに違う。事情を知らないレイーラが、どうしたのか、と問い掛けてしまい、ぎこちなくなる一幕もあった。
俺は、祝福すべき事と思いつつ、晴れない霧を抱えて過ごした。
午後、クロイテスが、書状で、「段取り」も着いたから、帰り道は、シィスンに泊まらず、ナギウを目指して下さい、と寄越した。俺はその書状は読まなかったが、グラナドから要点を聞いた。
書状はオネストスが持ってきた。ライオノスは、クレルモードに行っており、彼一人だけ、そのまま、グラナドの護衛隊に合流するように指示されていた。どうやら、クロイテスは、首席のオネストスに、挽回の機会を与えたらしい。
護衛隊の隊長は、ソーガスという、若手の騎士で、「伝達隊」を名乗っていた。が、正式な部隊名でないらしい。王都近郊の見回りと、相互伝達が主な任務だ、という。今回、王都から、補充として派遣された。今度の事は「光栄な任務」と言っていた。
騎士にしては細身で、日焼けでそばかすが目立ったが、北西コーデラ系らしく、明るい金髪に、青い目をしていた。陽気な男で、オネストスとは知り合いらしかった。挨拶を済ますと、彼に、
「久し振り。今日は、おまけの二人は一緒じゃないのか。」
と話しかけていた。一瞬、ひやりとしたが、オネストスは、
「少し前から別任務ですよ。よく知りませんが。…別に、おまけという訳では。」
と、旨く答えていた。
ソーガスは、王都の様子をよく喋り、ようやくオペラ座が完全に通常営業に戻ったとか、ヘイヤントの博物館の修復が終わったとか、オネストスと同期の誰それが婚約した、とか、立て続けに話題を提供した。
「しかし、パディアにも驚いたよなあ。いつのまに、ナギオンと付き合ってたんだか。お前が王都出る時は、大騒ぎしてたのに。サーラはまだ待ってる、なんて言ってるけど、それ聞いてピーチアが…って、お前、誰にも連絡してないのか?」
「連絡もなにも、そういう事じゃないから…ですから。それに、どっちかというと、苦手なんですが。」
「何を今更、あれだけ遊び倒しておいて。」
「やめて下さい、人聞きの悪い。」
俺は唖然と聞いていた。カッシーが、「三人の中では、オネストスが一番容姿がよい。」と言っていたから、女性から見て、魅力的なのだろうとは思ってはいた。しかし、彼の印象から、遊び倒す、という言葉が、似合うようには思えなかった。
ラールが、「笑いたいんだけど、構わないかしら。」と、小声で尋ねてくる。ハバンロとシェードは、下を向いていた。
ミルファが、吹き出した。注目された彼女は、ごめんなさい、と直ぐに言ったが、続いて、グラナドが、大声で笑い出した。
「なんで、笑うんだよ、お前。俺達、我慢したのに。」
とシェードが文句を言った。
オネストスとソーガスは、畏まった。「殿下の御前でこのような…。」と異口同音に言った。
「ああ、構わないよ。身近な男連中は、聖人すぎて、退屈していた所だ。」
と、グラナドは、軽く、俺を指し示した。仲間内だけなら、どういう意味だ、と突っ込む所だ。
「しかし、意外だな、オネストス。」
「いえ、その、それは。」
「私がからかい過ぎました。彼は特に何もしてないのですが、都会の女性は、ご存じの通り、積極的ですから。田舎者の私達は、最初は戸惑いました。」
「ということは、お前たちは、同郷なのか?オネストスはタルコース領だと聞いているが。」
「いえ、私は、北のキャビク島の出です。」
先程とは違う緊張が走る。キャビク島は、今は王都直轄領だが、クーデターの「首謀者」・テスパン伯の姉のテスパン夫人(ディニィの祖父の公式寵妃)に与えられた、三つほどの、領地の一つだ。飛び抜けて豊かではないが、北のわりには、火山と暖流のせいで、凍らない港があり、漁業が盛んな島だ。テスパン夫人の死後は、王家に返却された(伯爵領として与えられたわけではなく、あくまでも夫人個人への貸し出し扱いだったため。)。
返却後は、管理はカオスト公だった。しかし、管理はあくまでも管理のみなので、騎士がカオスト嫌いとはいえ、この緊張は妙だった。
「恐れながら。」
とオネストスが語り出した。
「ソーガス隊長のご両親は、反テスパン側で命を落としています。彼自身も、ヘイヤントで、我々と共に戦いました。」
カオストが、テスパンを派を駆逐し、すべてを片付けようとした時、騎士はヘイヤントに集まり、市民と共に、カオストに対し、「真実を明らかにせよ」と抗議した。カオストとテスパンは、イスタサラビナ姫を巡る「敵」だったが、テスパン伯爵は、享楽的な人物で、姫のためでも、反乱まで起こすと、みなされていなかった。また、最初のうち、カオストはクラリサッシャ王女ではなく、エクストロスを王位に付けようとした(はっきりと表明はしなかったが、グラナドの継承に異議を唱え、かつ男子優先を支持したので)。
この抗議の結果、カオストの部下、私兵に当たる者の一部が、「無断で」ヘイヤントと戦闘した。山に囲まれ、籠城に近いヘイヤント側と、攻め入るカオスト側とでは、一見、後者が有利だった。が、ヘイヤントには、古い街道や抜け道から、騎士や魔法官が集まって来ていた。カオスト側の責任者は、土地勘がなく、苦戦し、ついに撃退された。カオストは、ようやっと、クラリサッシャ王女の戴冠を宣言した。
連絡者からは、ヘイヤントの動きは聞いていた。キャビク島が、どういう役割をしたかわからないが、恐らく、二派三派に分かれて争ったのだろう。テスパンかカオストの支持が第一党だったのかもしれない。
「騎士は聖女コーデリアの恩恵に仕える。それならば、何も問題はない。」
グラナドが言った。緊張のせいか、うってかわって黙り混んで、下を向いていたソーガスは、顔を上げ、感極まった様子で、「殿下…。」とだけ言った。
「ああ、それから、私の護衛につく時は、そのように畏まらないように。リンスクの襲撃の話は聴いているだろう。非常事態に、すぐ反応できなくなるからな。まあ、それに…。」
グラナドは、右手で俺、左手でミルファを指しながら、
「彼らとのバランスが悪くなる。」
と笑った。
「どういう意味、それ。」
「言ったままの意味だ。」
ミルファの抗議は軽く受け流し、グラナドは、ソーガス達にに、紹介を始めた。
「彼女達は分かるだろう。『旋風のラール』、隣が、娘のミルファ嬢。何度も昔から、コーデラを訪れているから。
そこのババンロは、サヤンの息子だ。こう見えても、私より二つ下だが、気功の達人だ。二人とも、私とは幼馴染みだ。
そちらは、レイーラ嬢と、義理の弟のシェード。レイーラは、元中級神官だ。リンスクから、同行している。
こちらの女性はカッシー。男性はファイス。この二人もリンスクからだ。
そして、彼は、ラズライト・ユノルピス、私の護衛の騎士だ。」
俺だけフルネーム紹介だか、続く
「ホプラス・ネレディウスの親戚にあたる。肖像画にはよく似ているが…。実際は瓜二つってほどでもない、でしたね、ラールさん。」
に納得した。俺は、ラールが、ええ、目元は似てるけど、というのを受け、
「ラズーリと呼んでください。」
と付け加えた。
ホプラスは写真はとった事はないし(もともと、役者でもなければ撮らない物だった)、グラナドは旨い言い訳を考えた。
その夜は、大きなテーブルを囲んでの食事だった。また酒が出たが、翌日は早くに出発だったので、昨日ほど飲まなかった。グラナドは、オネストスに仕切りと話しかけていた。シェードとレイーラも話に加わっていた。気になったが、俺はラールと話していた。カッシーとファイスが、酒の合間に、加わってきていた。
ミルファとハバンロは、早々に部屋に戻った。ソーガスが二人を送って行った。
ラールは、
「ミルファと一緒にコーデラに行く予定だったけど、一度、私はラッシルに戻らないといけないかもしれないわ。」
と言った。
「あら、それはまた、どうして?」
とカッシーが尋ねた。
「女帝陛下の弟の…まあ、有名よね、元皇太子殿下。彼に、以前、『親密に』仕えてくれた女性が、亡くなったの。亡くなった時は、地方都市で静養中で、殿下…公爵とは、縁が切れていたのだけど、その方には、王家としては、恩義があるから、王家の養女として、埋葬することになったの。ミルファは無いけど、私は数度、面識があったから、葬儀には出ないと。」
元皇太子は、昔は、ラールを思っていた。だが、ラールにとっては、対象外だった。こじれて、ラールの最初の恋人を死なせたり、ラールと仲のよいルーミに嫉妬してとんでもない真似をしでかしたり、色々あった。これは公然の秘密、というやつだ。
「公爵は、独身では?ご結婚はされなかったのか、そのご婦人と。」
ファイスが、不思議そうに訊いた。
「彼女には、夫がいたの。公爵と親しい騎士だった。彼は、妻と公爵の仲を苦にして、自殺してしまった。
王家は、結局、身を引いてくれるのと引き換えに、夫の物とは別に、領地と爵位を与えた。夫のものは、彼の弟が継いだわ。子供がいなかったから。
私がキーリと旅をしていた頃だから、かなり後から、伝聞で聞いただけよ。
すごく内気で、控えめな人だったわ。子供の頃、例の春風邪をこじらせて、治っても大声は出せなくなったから、らしいけど。
ボランティアが好きで、真面目な感じの女性だった。」
俺は、ラールの目から、彼女が確信しているらしい、「疑問」を読み取っていた。ファイスもカッシーも空気を悟り、何か話題を、と考えたようだが、グラナド達の方から、陽気な笑い声が聞こえ、四人で一斉にそちらを見た。
シェードが、興奮してしゃべっていた。
「で、母さん…院長夫人がさ、『オーリ』にしても『エメラド』にしても、呼んだら、何人が、同時に振り向くと思ってるんです、って言った。院長は、『いや、もちろん、名前は念入りに考えてるぞ。』と言った。なのに、机の上にある、ランプシェードが、たまたま目に入ったから、俺はシェードになったんだよ。」
笑い声がさらに響く。レイーラが、「あのアンティークの綺麗なランプ?」と言っていた。
シェードはもう「打ち止め」だな、とファイスが言った。彼と俺は、シェードとレイーラを部屋に送ることにした。
この日の終わりは、平和に見えた。1時間ほど後、部屋に戻ったラールが、ミルファの不在に気付くまでは。
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