2.三人の騎士(前編)

夜は、暇がなかった。


クロイテスが、俺に「証言」を取りにきた。俺が消えてからは一月足らずだが、その間、消える原因を作った若手の騎士達、ナウウェル、ピウファウム、オネストスの三人と、魔法官のテイトの言い分が食い違い、処分は保留にしている、と、言われた。


俺は、自分の見たもの、聞いたものを全て話した。クロイテスは、


「ありがとう、これで、やっと解った。」


と言った。


「テイトの証言によると、


『自分は脅された。ピウファウムは知り合いだったので、『相談がある』と呼び出されたので、疑いもなく会いに行った。目的が装置の破壊と聞かされて、オネストスは驚いていた。ナウウェルはピウファウムに従っているだけのようにも見えた。オネストスは、ついては来たが、止めるように言い続けていた。最終的には装置の所で仲間割れした。』


だが、ナウウェルは、


『ピウファウムは善人だ。テイトが嘘をついている。』


では、君が首謀者か、と言うと、『たぶんオネストスだ。』と言った。オネストス本人は、


『ピウファウムとナウウェルに、夜中に呼び出された。彼等は、朝早く団長に会いに行くはずだから、妙な気はした。


テイトとは初めて話したから、細かい事はわからないが、何だか、おどおどとしていた。ピウファウムが『装置の事を団長に話したい。』と言ったので、興味もあったから、着いていった。装置を壊す話は、直前で聞かされた。』


と言っていた。だが、今は、


『皆が俺のせいにしたいなら、もう、そういう事で良い。』


となげやりになっている。


ファイスの証言は、


『テイトは床に転がっていた。ナウウェルは武器を捨てていた。オネストスは両手を上げていた。ピウファウムだけが剣を構えていた。ラズーリも剣を抜いていた。装置に何かしようとしていたようだが、捕まえた段階では、わからなかった。誰が首謀者かも不明だ。』


で、だいたいカッシーさんと同じだ。肝心のピウファウムは、何をしたか言わずに、


『今までの自分が全て。だから、自分の口からは言わない。』


だ。


騎士三人は、同郷の同期、テイトはピウファウムとは知り合いだが、後の二人とは、顔見知り程度の仲だ。ナウウェルは、オネストスとテイトが裏で辻褄を合わせている、と言っていたが、それは疑わしい。


テイトだが、彼は以前、ある裁判の証言で、偽証罪になりかけた事がある。相手に悪質な脅しを受けていたので、考慮はされたが、彼本人は、『脅しに弱い』『信用に欠ける』と見なされている面がある。


オネストスは、直ぐ他人と衝突を起こす所があって、正しい事を言っても、支持されにくい所がある。首席で卒業した、優秀な青年なのだが。


ファイスとカッシーさんの証言もあるのに、若手は、ピウファウムを信用して、抗議してくるほどだ。


『脅したのはオネストスだろう。』


『奴ならやりかねん。』


上司のライオノスも、最初は


『ピウファウムは愚かだが、悪人ではない。何かの間違いでは。』


だった。


とにかく、君の証言で、真相が明らかになる。ありがとう。」


クロイテスにとっては、ピウファウムであれ、オネストスであれ、同じ騎士団の部下だ。どちらが首謀者でも、変わりがないと思うのだが、今の彼は、神妙な中にも、やけにすっきりした表情だ。首席のオネストスに期待をかけていたのかもしれない。


彼らはどうなるのか、と尋ねる事はしなかった。騎士が王子の抹殺(「島流し」のほうがイメージは近いが)を図って、只で済む筈はない。過去にはあまり例がないが、未遂でも死刑が求刑できる罪状だ。情状酌量で減刑された例もあるが、王族側に完全に非がある(騎士の妻を暴行して死に至らしめた事件)、ごくまれなケースのみだ。


「で、これから、ピウファウム達にに会って欲しい。殿下と一緒に。」


意味もなく緊張したが、本当に意味がなかった。カッシー、ファイスも一緒だったからだ。


昼間の事もあるので、ファイスの事は気になった。エパミノンダスの事で聞きたいこともある。しかし、廊下を進む中、クロイテスが先を行き、次に俺、カッシーはグラナドと話しながら、ファイスは最後を、黙々と歩く。


目的の部屋の前には、見張りの騎士がいた。クロイテスを見るなり、心得た様子で、鍵を明ける。


こじんまりした部屋の中、明るい栗毛の頭を抱えた騎士がいた。


「アダル・ナウウェル。」


クロイテスが静かな声で呼び掛けた。ナウウェルは座ったまま、顔を下に向けている。返事すらしない。彼らの隊長のライオノスが、態度について溢していたのを思い出した。


クロイテスは、彼に顔を上げさせ、俺とグラナドの姿を見せた。吊り目勝ちの茶色の瞳をしていた。内気そうな青年の顔が、俺の姿を見て、愕然とする。




ああ、これは、意図して嘘をついたな、と思った。


「君も騎士だろう。誇りを全うしろ。」


クロイテスが言った。「真実を話せ。」という意味で言ったようだが、ナウウェルは、「死にたくない。」と呟き、泣き出した。


カッシーが小声で、


「もともと、騎士の適正、無いんじゃ?」


と囁いた。確かに、こういう反応をするのは、いくら新米と言っても、俺達の時は、考えられなかった。監禁状態と言っても、牢屋ではなく普通の部屋だ。なんと言うか、騎士の質が落ちたように思ってしまった。


グラナドが急に進み出て、


「君が正直に、全て包み隠さず話してくれたら、死刑にはしない。」


と言った。クロイテスは驚いていたが、ナウウェルには、努めて平然と、話を促す。一気に喋り出した彼の話は、テイトやオネストスの話と一致した。


ただ、ピウファウムの「黒幕」が誰か、ということは、知らなかった。「黒幕」がいることは、妙に確信していた。


ピウファウムは、もともと、グラナドの即位には反対していて、自分とオネストスを「集会」に誘った事がある。自分もオネストスも断ったが、「集会」があるなら、「黒幕」もいるに違いない、ピウファウムは単独行動は嫌いだから、というのが根拠だ。


部屋を出ると、クロイテスが、先程グラナドが言った事について、聞いてきた。グラナドは、


「彼等をどうこうしても、『蜥蜴の尻尾切り』だ。それよりも背景を知りたい。」


「寛大なお心には、感謝いたします。ですが、今回の事は、私を含めて、厳しい処分を、と考えておりました。」


「馬鹿な事を言うんじゃない。責任は働いて果たせ。


それに、サッシャ姉様…女王陛下は、死刑はお嫌いだ。…お前、逆らう勇気、あるか?俺はない。産卵期のファイアドラゴンを、十匹相手にする方がましだ。」


クロイテスは、深刻な表情から、なんとも言いがたい顔つきになり、


「確かに仰せのとおりですが、その二択であれば、ファイアドラコンを避けたいですね。」


と答えた。カッシーがこっそり吹き出した。クラリサッシャ姫の人となりは知らないが、かなり勝ち気な女性のようだ。




続いて、オネストスの部屋に行った。


部屋の前には、ライオノスがいた。隊長自ら見張りに立っていたとは意外だった。


「同期がよく面会に来ていたのですが、その度に荒れましてな。どうやら主犯じゃないとわかった時には、謝罪に訪れる者もいたのですが、相変わらずピウファウムを庇って、あれこれ言いにくる者もいまして。本人は、いじけたのか、『皆のいう通りでいい。』と。


口は悪いのですが、悪いのは口だけなので、『止めようとした』、のは、改めて考えたら、納得です。」


ライオノスは、続いて、処分を気にする発言をしたが、グラナドは、そういうことであれば、テイトの証言もあるし、大事にはならない、考慮する、と答えた。


「彼は、最初から、本当の事を言っていたからな。」


と添えた時は、ライオノスは安堵していた。


部屋に入ると、オネストスは直ぐ顔を上げた。グラナドとクロイテスの姿をみて、立ち上がり、お辞儀をする。


俺やファイスほどではないが、かなりの長身だ。髪は黒い。ラッシル系のようだ。


「コンスト・オネストス」


クロイテスが名を呼び、彼に椅子に掛けるように促した。顔を挙げる。目は茶色なのだが、赤みの強い、変わった色だ。


ライオノスが、土の拘束魔法を使おうとしたが、グラナドがそれを止めた。彼は、もう一台ある椅子に座り、いきなり、


「君の主張は、証明された。テイトが正しい事も。ここにいるラズーリの証言で。」


と俺を示した。オネストスは俺を見たが、直ぐにグラナドに視線を移した。グラナドは、状況確認のため、彼に証言を繰り返させた。彼は火魔法使いで、照明係りに呼ばれたと思った、と言った。装置を見に行く、係りの魔法官にも話してあるから、と聞かされ、特に怪しいとは思わなかった。「黒幕」の話は聞かされたが、誰かは聞いていない。


「たぶん、力のある、恐らく貴族だとは思います。『世の中が正しくなったら、正しい人が地位に付き、正しい者を引き立ててくれる。』と言っていましたから。」


ライオノスは、「正しい人」に過敏になったようだが、当のグラナドは、


「それは、私の継承に異議がある、という事で良いのか?」


とはっきり尋ねた。


「そうです。そうでなくては、『正しく』ならない。」


グラナド以外、色めきたった。ライオノスは前に進み出たが、カッシーが引っ張り、「殿下にお任せを。」と言った。


「殿下ご自身がどう、という訳ではありません。どの秩序を正しいと考えるかの問題です。」


オネストスがそう言った途端、ライオノスが、


「ではなぜ、お前は騎士になった?ルミナトゥス陛下は、後継者はピウストゥス殿下、と発表してらしたのだぞ。」


ピウストゥス、グラナドの本名だ。聞き慣れないので、一瞬、誰の事かと思った。


クロイテスが、ライオノスを制し、


「オネストス。確認しておきたいが。」


と、冷静に口を挟んだ。


「現行のコーデラの法的には、殿下の即位が、正統である事は、わかるな?」


「はい。ですが、道義的には、どうですか?『見て明らか』でしょう。」


沈黙が流れた。重い空気の中、ライオノスが真っ赤になり、怒鳴り始めた。クロイテスが宥める。


ファイスが、ごく小さな声で、俺に話しかけて来た。


「コーデラの王位継承には詳しくないのだが、カオスト公の子供の方が、王女二人より、優先なのか?」


皆、一斉に俺達を見た。怒鳴り声の合間に、かえって響いてしまったようだ。


「え?なぜ、カオスト公が出てくるのですか?」


オネストスが、緊張をいっぺんに解いた、丸い目をしていた。カオスト公がイスタサラビナ姫との間に設けた嫡出子エクストロスは、「取り替え子」だと、俺、グラナド、ファイス、カッシーは知っている。カオストの庶子であるユリアヌスから聞いたからだ。だが、一般には、クーデターの表向きの主犯となっているテスパン伯爵の息子、と噂されていた。エクストロス自身は、まだ子供なため、公爵家の公務などで、表に出てくる事がほとんどない。カオストとしては、グラナドの代わりに王子の役割をさせたい所だと思うのだが。


クーデターの黒幕がカオストと考えるなら、今度の黒幕もカオストと見るのが自然だ。先入観は良くないが、オネストスにはその発想はなかったらしく、カオストの名前に、純粋に驚いていた。


俺は、僭越かもと思ったが、注目されたついでに、


「君の考える、『正統な後継者』は、誰かな?」


とたずねた。


「クラリサッシャ女王陛下です。…確かに、カオスト公爵家の血は引いていらっしゃいますが…。」


きょとんとした顔が、はっと閃く。彼は必死になって、「カオスト支持」を否定しだした。騎士は大抵は、カオストは暗殺の真の首謀者と見なしている。ルーミの死後、ヘイヤント市民がカオストに逆らった時に、多数の騎士が協力していた、と聞く。クロイテスが戻った後は和解したが、騎士にカオストは鬼門なのだろう。一応、立場的には公爵で、イスタサラビナ姫の夫でもあるが。


今のカオスト公爵自身は、先代の母方からの養子であるため、彼自身の王位は困難だが、息子の母のイスタサラビナ姫は、現時点では、第四位(グラナドを含めて)の王位継承者だ。グラナドの母ディニィ、クラリサッシャ姫とレアディージナ姫の母バーガンディナ姫の妹に当たる方だが、彼女自身は二人の姉と違い、王族らしい教育は受けずに、伸び伸びと育てられた。三人姉妹の中で、母親の顔を知らないのが彼女だけであること、当時は兄一人、姉二人が上にいたので王位には遠い末娘であること、等が理由だ。


このため、王族としての支持はなかった。ただ、もともと現王家に反発の強い地方や民族(狩人族など)には、逆に人気のある一面もあった。


名前の「イスタサラビナ」は、「東を愛する者」という意味の南方の古代語起源で、産まれる前の年に、南東の領土が増えた事により、名付けられた。ヒンダ、シーチューヤ、コーデラの間で、長く中立地帯だった島が、住民投票でコーデラに帰属した記念によるものだ。


オネストスは、クラリサッシャ姫の支持ではあるが、上級神官の姫と、後継者確保の結婚と出産の問題点までは、考えていなかった。一般には、上級神官と魔法結晶の話は、妊娠しにくい事由として考えられている。だが、出産が極めて大変な物になるとは、まず知られていない。新米騎士の彼が知らなくても無理はない。


このため、グラナドの継承権を否定してしまうと、神官のクラリサッシャ姫と、病弱なレアディージナ姫に負担がかかる。ザンドナイス公爵に子供がいない事もあり、結局はイスタサラビナ姫からエクストロスに王位か行く事もありうる。


グラナドは、これを説明するため、


「別段、秘密という訳ではないが、一般には出回ってない話になる。」


と前置き、上級神官のクラリサッシャ姫に後継者を期待すると、彼の母ディニィの様に、死亡してしまう可能性がある、と、いきなり話した。また、レアディージナ姫は婚約中であるが、婚約者のヴェンロイドの実家に匿う意味が強い。子供の頃から体が弱いのは有名な話で、世継ぎを産む負担には耐えられないだろう、という話もした。これは、バーガンディナ姫が、昔から四苦八苦していたので、有名な話だ。


「姉二人に子供がいない場合、コーデラの法では、私が継承権を放棄しても、私の子供の継承権は存続する。私に子供がいなければ、イスタサラビナ姫、エクストロスの順番だ。


もし、イスタサラビナ姫が継いだら、エクストロスが第一位の王子になるが、エクストロスに子供が出来ず、弟や妹もいないまま死んだら、父親のカオスト公が王だ。


だから、私は、継承権を放棄しない。何があっても。」


グラナドの説明の間に、カッシーとファイスが、不思議そうに俺を見たので、「『現時点での王』から、近い順になるから。」と簡単に説明した。ただ、実際にそうなった場合、そうすんなりとは行かないだろう。姻戚関係のある貴族(ディニィの母方のリュイセント伯など)も出てくるだろうし、「継承戦争」になるかも知れない。


どっちにしても、グラナドは外せない。彼とミルファの間に、予定された娘も。


ふと、先に息子が産まれてしまったら、どうなるのだろう、という考えが浮かんだ。娘が産まれても、計画者の想定した、聖女コーデラと女帝エカテリンの、狙った遺伝子が巧く継承されなかったら?コーデラ王国としては問題はないが、超越界としては?何代も練った計画でも、必ずや実る訳ではない。


それなら、グラナドには、別の未来もあるのではないか。


首を降る。昼間の事を、俺は都合よく考えすぎだ。


「…と言うことになる。よく考えてくれ。」


グラナドの締めくくりの言葉が聞こえる。去ろうとした俺達を、オネストスが引き留め、


「何故、そういう話を俺、いえ、私に?」


と聞いた。グラナドの答えは、


「君は首謀者ではないし、偽証もしていない。止めようとした、との証言もある。処分対象にはならない。騎士は続けてもらうからだ。」


だった。しかし、オネストスは、ナウウェルとピウファウムはどうなるか、と尋ねてきた。


「ナウウェルは、先ほど会ってきたが、反省して自白したので、刑は軽くなる。ピウファウムにはこれから会うが、君達の話だと、彼は『黒幕』に利用されているだけとも取れる。彼次第だが、背景を知りたいので、そこは考慮する。」


グラナドの答えに、彼はほっとしていた。陥れようとした相手に対して、随分お人好しだが、同郷の同期なら、こんなものか。


グラナドは、ライオノスに、オネストスの監禁を解くように言った。それから部屋を出た。カッシーが、グラナドに、火魔法とは意外だった、彼等は照明器具を用意していたから、と軽く感想を述べた。


俺は飛び込んだ時の状況を考え、そうだな、と答えた。だが頭の中では、これがピウファウムがなんと言い訳しても、計画性の証明になるかな、と考えた。


ライオノスは残ったが、俺達は最後、恐らく一番難物である、ピウファウムの所に向かった。




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