勇者達の翌朝・新書(中編2)

L・ラズライト

[1].鳩の森

1.別ワールドからの帰還

光が落ち着き、空気が変わる。飛ばされた時のシィスン、秋の気配の漂う季節だった。いまは、より秋を深めている。


からりとした気候から、内陸の盆地独特の、湿気を含んだ気候に変わる。


手も足も、濡れて冷たく、重い。シィスンは雨だったか、と思ったが、水中に落ちていた。


川だった。浅い。底に思い切りぶつかる。


「装置」のある場所ではなく、近くの川に出たようだ。見覚えがある。


俺は、打ち付けた肩の痛みをこらえ、直ぐに周囲を見渡した。グラナドが見つかった。岸に近いが、岩に引っ掛かっている。


動けないようだ。頭を打ったのか。俺は、転びながらも、駆け寄ろうと、水中でもがいた。泳ぐほどの深さはないはずなのに、進まない。


瞬間、体がふわりと浮き、川岸にいた。


「なんだって、こんな所に。」


「とにかく、直ぐに気づいてよかった。」


俺は、ミザリウスに支えられていた。転送魔法だ。グラナドは、ファイスに抱えられている。レイーラもいた。


「大丈夫よ。大きな怪我はないわ。二人とも。」


レイーラが、俺に回復をかけながら言った。俺は肩を打ったと思ったが、足も挫いていたらしい。


ラール、ハバンロ、ミルファ、シェード、ユリアヌス、カッシー。次々、駆けてくる。感動の再会だが、このアクシデントで、感慨は消しとんだ。


「私達は、装置の所に出たの。二人がいないから、びっくりして。そしたら、表で、叫び声がして。川を見ていた、騎士の人が、気がついて。」


ミルファが、早口に説明した。シェードが、


「右手をグラナド、左手をミルファと繋いでいたんだが、出る瞬間、ぐるっと回転したかと思うと、ミルファの下敷きになってた。放した覚えもないのに、離れてた。」


と語った。ミザリウスは、


「申し訳ありません。座標計算の誤差です。」


と言った。


グラナドと俺は、医務室に当てられている部屋に連れていかれた。


「着替えなくては。もう、水泳の季節ではありませんぞ。」


ハバンロが、着替えを取りに出た。レイーラが、医師に状況を説明している間、ユリアヌスが、お戻りだ、とクロイテスとリスリーヌに知らせないと、と出た。ラールは、ミルファとシェードを隣室に連れていき、


「あんた達も、この後で一応、診察を。」


と、言っていた。ファイスは、運んだ後、ミザリウスと二人で、医師の邪魔にならないように、出た。カッシーは、看護師を手伝って、グラナドの服を脱がせ、お湯を準備する。


医師は、レイーラの説明を受け、グラナドを診て、


「応急処置が良かった。間もなく気付くでしょう。風邪を引かないように、そちらのほうが心配です。」


と言った。俺は、骨に異常はないとわかったので、傷をレイーラの魔法で、全部直した。それから、医師は、看護師の一人が、他の怪我人(シェード達が出た時に、弱い衝撃波が出たためらしい。)を隣の部屋に集めた、と呼びに来たため、レイーラと、看護師二名と共に、隣室に向かった。カッシーは、


「ハバンロ、少し遅いわね。見てくるわ。」


と、俺に乾いたタオルを渡して、部屋を出た。俺は、取り敢えず、大きなタオルを巻き、小さなタオルで、まだ少し水気の残る、グラナドの髪を拭こうとした。


すると、目を覚ました。


視線を泳がせて、俺の姿を捕らえ、


「ラズーリ…」


と、俺の名を呼んだ。俺は、気が付いたなら、医師を呼び返そうと思った。だが、彼は、急にシーツを引っ張り、身を縮めた。どうしたのか、と心配になり、熱でも、と額に触れた。分かりにくいが、顔が赤いのも気になった。だが、ますます、身を縮めて避ける。こんな様子を見るのは初めてだった。


「お前…急に…。」


声が震えていた。


「水中に出たんだよ。俺達、二人だけ。君は気絶して、びしょ濡れだったから。でも、無事に戻れた。ここは、シィスンの医務室だ。」


俺は、暖房器具の前、並べた二人分の服を差した。


「水中…ああ、そう言えば…。」


思い出したらしい。見渡して、ここが医務室と納得したのか、ほっとして、力を抜いた。


「脅かすなよ…。」


シーツの布地が滑り落ちて、上半身が見える。今度は、俺がばつが悪くなる。


しかし、恥ずかしかったんじゃ、ないんだろうか。確かに、昔のように、パーティーの男性で、一緒に大浴場に行ったこともないし、ましてグラナドは王室育ちだ。それゆえの反応だと思ったのだが。


そう言えば、ルーミもよく似た反応をした事があったな。確か、土のエレメントの時だったか。


そこまで考えて、グラナドが何を誤解していたのか、はっきりわかった。


同時に、なんだか、沸々と沸いてきた。今まで、グラナドは、わざと曲解した発言をする事があった。しかし、それはあくまでも冗談の範囲だった。俺にとってはともかく、彼にとってはそうだ。


しかし、これは、違う。彼は、冗談ではなく、本気で、そう思って、こういう反応をしたのだ。


俺は、タオルを握り直すと、彼の頭を拭き始めた。重い誤解に、軽い仕返しくらいは、許されるだろう。


「おい、何をする。」


「まだ、濡れてるよ。きちんと拭かないと。」


「自分でやるよ。」


「遠慮するな。」


頭の次は腕、上半身を拭いた。グラナドは、観念したのか、おとなしい。それもなんだか、面白くない。


「次は、脚だな。出して。」


邪気の欠片もない笑顔を向ける。シスピアの戯曲に、「男と一晩、何の邪な心もなく、裸で過ごす女はいない。」という台詞があったが、何故か頭に浮かんだ。


彼は、顔を上げて、俺を見た。その表情を見て、しまった、と思った。シーツを掴んで、硬直している。


調子に乗りすぎた。謝ろうか、冗談だと言おうか、何時ものお返しだ、にしようか。引き際に悩んだ時。


「カーテン、引いてくれないか?明るいと…。」


顔はうつむいていた。頬の色が違うのはわかる。身から出たさび、自業自得、因果応報、俺の場合は、それで良い。だが、彼は違う。


俺は、手にしたタオルを置き、ベッドの脇に腰掛け、出来る限り優しい声で


「グラナド…。」


と彼の名を呼んだ。手を伸ばし、額に張り付いている髪を避ける。少しびくりと、緊張が伝わる。普段の彼からは、想像も付かない。


「ラズーリ、着替えだが、カッシーが先程…。」


ファイスが、部屋に入って来た。ノックをしたが、一発叩いただけで、ドアは、内側に開いてしまった。俺達は、素早く離れたが、ファイスが言葉を飲み込み、目を見開いている様子から、彼が見たものを悟る。


ファイスの後にはハバンロもいて、何か悟ったのか、


「どうしました。」


と飛び込みかけたが、ファイスがさりげなく制止し、


「殿下の意識が戻ったから、先生を頼む。」


と言った。当のファイスは、部屋に入り、俺の分は俺に渡し、グラナドの分はベッドに置いた。そして、俺ではなく、グラナドに、


「せめて、鍵を掛けてください。」


と言って、出ようとした。俺は、最後は何の邪心もなく、グラナドに悪かったと思っての行動だったが、これは甘い言い訳だ。誤解だ、と言うべきか迷ったが(さすがにこれは往生際が悪いとは思うが)、グラナドが、


「わかった。気を付ける。すまない。」


と答えてしまった。


俺は、まじまじとグラナドを見た。彼は俺は見ず、ファイスの出た戸口を見ていた。


俺は、謝ろうと思ったが、彼が落ち着いた調子で、


「ラズーリ、やっぱり、先に、ゆっくり話せないかな。近いうちに。今日は無理にしても、明日か、明後日の夜に。」


と言ったので、返事をする事しか出来なかった。


医師が直ぐ戻り、グラナドは改めて診察を受けた。俺はその間に着替えた。ミザリウスが医師と入れ替えに来て、急に水のエレメントが戻ったから、水魔法の恩恵を受けている二人だけ、水に引かれたのかも知れない、と説明をしていた。


今回の異空間移動は、超越界が仕切ったはずだから、問題はないと思っていたのだが、こちらからも干渉があって、上手くいかなかったのだろうか。


「あの川、地元では『白鳩の川』と呼ばれていましてな。精霊の化身が水浴びする川、と言い伝えがあります。


そういう場所ですから、引かれて出てしまったのでは。」


とハバンロが言った。


「あら、いいじゃない、ロマンチックで。」


とカッシーが笑い、同じ水でも、厨房の大鍋じゃなくて、よかったわ、と、皆も笑わせていた。




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