勇者達の翌朝・新書 回想(キャビク史編)

L・ラズライト

[1].羽の宝冠

1.現代の解釈(グラナド)

狩人族の歴史学者ニーリ・シン(狩人族のため、本来は姓はないが、チューヤ亡命時に付けた。)の著書「辺境から見た『辺境の救済』」。主にコーデラと狩人族の争いの話だが、一部、北方の島嶼部の歴史についても触れている。




“…コーデラがキャビク島を治める前、キャビク王国は、確かに混乱期ではあった。王朝が乱立し、お互いに権勢を張り合い、外国の脅威は二の次だった。乱立に関しては、キャビク独特の、双子王の制度にもよる。


さらに、ベクト王朝のベクトーン一世が築き上げた、移民の受け入れ政策や、血筋より個人の才覚を活かした官僚制度は、発展の基礎になったにも関わらず、ヨアシ二世の頃には廃れてしまった。そして、反動で下層階級への締め上げや、移民の追い出しが始まった。


しかし、外国勢力に助けを求めたのは、虐げられたはずの、下層階級ではなかった。主にベクトーン一世の頃から、徐々に力を失っていった、旧富裕層や没落貴族達だった。キャビクの豪族達には、移民重用の背景として、もともと「養人」という慣習があった。国王は、自分の子供と歳の近い子供達を選抜し、一緒に育てて、将来は腹心の部下にする、という慣習である。戦争中は、対象になるのは、孤児が多く、移民の割合も高かった。彼らは主に戦闘で活躍したので、政治向きは家柄の良いものが担っていたが、戦争による国王の交代が頻繁になるにつれ、支配階級も「養人」に移行した。上流階級の没落には、こういう背景があった。


これは、ラッシルの「ハリエット文書」や、アルコーデラ教の編纂した「地方聖人史」に記述がある。しかし、血気盛んな、若き日のイオアネス・オ・ル・タルオス総督の元に逃げ込んだ一団は、たまたま、特に貧しい移民の出身者達で構成されていた。このため、誤解され、さらに脚色された。


最後の女王ファルジニア(息子ニキアスは、すでにキャビクの純粋な王ではない)は、前王のジャント一世の義理の従姉妹に当たる。彼の息子(名前は不明!)に行くはずだった継承権を得るために、キャビク聖女会の司祭長ボルグと示し合わせ、ジャント一世の失策を誇張し、コーデラ軍と下層階級の矛先を、ジャント一世の息子の残党に向けた。


ファルジニアは、飽くまでも独立は保ち、ベクトーン一世の政策を復活させると宣言していたが、コーデラ人と結婚した時点で、政策はともかく、独立維持は不可能だった。


もし、これがなければ、反外国勢力は、ジャント一世の系列のもとに集り、反旗を翻し、キャビクは独立を保っただろう。


彼らは、選ぶ権利を奪われた。


一方、南方のアレガ方面では…”




本は三百年前に書かれた。この併合は、千年前に遡る。


キャビク史の第一人者だったウラニ・アルト博士によると、シンの記述は根拠が弱く、七百年後に反体制の過激派サロンから仕入れた情報中心で、ファルジニアの当時の立ち位置に対する考察が浅く、併合後のキャビクの体制についての考慮がない、となっている。もし、ジャント一世の子孫の元に、人が集まったとしても、彼もいわゆる群雄割拠の王の一人である。いざコーデラやラッシルと全面対決となると、支持が集まったかどうかは怪しい。恐らく、集まるのは力のある勢力ではなく、弱体化した、旧支配階級の残党のみだろう。この考察に基づき、アルトは、


「どちらにしろ、彼らは、未来は選べなかった。」


としている。


しかし、彼は、シンの説が、間違いとは言い切れない、とも述べている。


キャビク人や狩人族は、文字に残すよりも口頭伝承の叙事詩や、講談として語り継ぐ事に重きを置いており、それらに置いては、ジャント一世の息子は、市民に紛れて生き延び、再起を計るものの、ファルジニアの夫オルボデアスに嵌められて殺された、悲劇の人として伝えられる事が多い。また、最初にファルジニアと婚約していたのはジャント一世の息子である、という伝承があちこちに残っている。アルトは、ファルジニアに対抗する勢力には、コーデラ人の考えるより、遥かに支持者は多かっただろう、と認めていた。


シンの著作は、長らくコーデラでは発禁だったが、父様が禁を解いて復刻させた本の一冊だ。


ただ、アレガ以南の南方史と、狩人族の歴史を研究している、中央の学者には流行ったが、肝心のキャビクや、狩人族には、殆んど読まれなかった。


皮肉な物だな。だが、王家が無くなって(子孫は生き延びたが)一千年、余程の郷土愛でもない限り、我が身に感じろ、という方が極論か。


「どうだ、目新しいものは?」


と、ラズーリが声を掛けつつ、閲覧室に入ってきた。もう時間だ。今日は女王と約束があるので、王宮に戻って仕度しないといけない。


「有るには有ったかな。ただ、キャビク史は資料が少ない。魔法院と神殿は、元々、魔法に関係ない、一般の歴史書はそれほどないしな。ヘイヤント大学の書庫に潜るか。シェードでも連れて。」


ラズーリは軽く笑い、


「潜水はレイーラの方が、得意らしいよ。」


と言った。


本を仕舞い、明かりを消して、ラズーリに付いて、部屋を出る。


暗くなった廊下は、進むに連れて、柔らかな明かりが灯って行く。以前は透明な石の装飾に、光が反射して、それは幻想的なものだったが、今はただ白く、スポンジのような、泡のあるでこぼこの地が、壁になっている。それはそれで、南の海岸地帯の街を散歩しているようで、風情のある物だった。




ラズーリの横顔に、灯りが反射している。濃い青の瞳が、ガラスのように輝いていた。彼は、夕食に出る予定の、東方の雉料理の話をしていた。


「シェードが、『あんな鳥を食べるのか?』と、不思議そうに言ってたから確認したんだが、雉と鷹を間違ってたよ。俺も、子供の頃は、鷹と鷲が区別できなかったけど。」


「そうか、じゃあ、包んでもらうよ。食べたこと、無さそうだしな。ああ、鷹じゃなく、雉な。鷹は予定が無いから。」


俺達は再び笑った。




他愛のない会話を続けながら、先程の二人の学者の、一つの見解を、淡く考えていた。




“彼らは、選べなかった。”




これは、俺も同じだった。




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