第19話 おやすみ泣き声、さよなら歌姫④
しばらくして詩羽が戻ってきた。
手に握られていたのはファストファッションのブランドが描かれた袋。
うまいこと買い出しに成功したらしい。
袋から出てきたのはニット帽とオーバーサイズめのカットソー、それとカーゴパンツ。組み合わせればちょっとメンズライクなコーディネートになる。
ニット帽で髪の毛もある程度隠せるし、シェリルが自前で持っているサングラスも違和感なく使える。
俺だけが懸念材料としてあげていた体格的なところも、オーバーサイズめに着ることで払拭できていあ。
出たとこ勝負でコーディネートした割に、なかなか詩羽のセンスは素晴らしい。
「すげえな。さっきまでと全然雰囲気違うじゃんか。これなら誰もシェリルとは思わないだろ」
着替えのために一旦カラオケボックスの外へ出ていた俺は、再度中に入ったときにシェリルのその風貌に驚く。
「でしょ? なかなかいいと思わない? これならバレないしおしゃれでしょ?」
今世紀最大級のドヤ顔を見せる詩羽。
いつもなら軽く流すところだが、今回は感服するしかない。
シェリル本人もなんやかんや気に入っているようだ。こういうコーディネート路線で服を選んだことがないらしく、新しい発見だと言って喜んでいる。ポジティブかよ。
「それじゃ、準備もできたし二人ともワタシの用事に付き合ってもらうわヨ」
「はいはい。んで、どこに行くんだ?」
「まずはここに行きたいのよネー」
シェリルは自分のスマホでマップアプリを開いて俺たちに見せてくる。
そこには『Kanda Shrine』の文字列。
「ええっと、『Shrine』は神社だから……神田明神か」
「えっすごい、道長、なんでわかるの?」
「いや……簡単な英語だろこんなの……。神田明神だって割と有名な神社だし」
「あはは……私、英語凄く苦手だから全然わからなくて……」
俺と違ってまともに学校に通っているのだから、せめて『Shrine』くらいは覚えてほしいものだなと思う。まあでも、北海道は神社が少ないから仕方がないか。
カラオケボックスを出た俺たちは、早速神田明神へと向かう。
御茶ノ水からなら歩いてでも行けるので助かった。これが鎌倉の鶴岡八幡宮とか栃木の日光東照宮とかだったら死んでいた、比喩ではなく真面目に。
しばらく歩いて神田明神へたどり着く。平日の昼間とはいえ東京のど真ん中にあるここはそれなりに人が多い。
「ンー! やっと来られたわ神田明神ー!」
「結構賑やかな神社だねー。でもなんでシェリルはここに来たがったの? 神社なら他にもたくさんありそうだけど」
詩羽が疑問を投げかける。俺はその答えになんとなく想像がついているので、余計な口出しはしないようにした。
「ふっふっふ……それは『聖地巡礼』ってやつヨ。ワタシの好きなアニメに、ここがよく出てくるの」
「あー、アニメとかドラマとかで実際に使われた場所を巡ってエモい気持ちになるやつ!」
「そうネ。ここはずっと来たかったんだけど、なかなか日本に行く機会もなければ外に出て観光することもなかったから」
シェリルは満足そうに伸びをして深呼吸をする。
神聖な神社といえども、空気は東京のど真ん中のものなのでさほど美味しいわけではない。
ただ、ずっと行ってみたかった場所に行けたという達成感は、確かに何事にも代えがたい。それは俺自身が一番良くわかる。
「じゃあせっかくだしお参りしようよ。ついでに御朱印ももらってさ」
詩羽がそう提案する。しかしシェリルは、どうやら『御朱印』にピンときていないようだ。
「ゴシュイン……?」
「御朱印! 神社にお参りした証明みたいな感じ」
「そんなものがあるのネ。絶対にもらわないといけないわ」
「ほかにもお守りとか絵馬とかあるけど、とりあえずお参りしよっ」
そうして俺たちは参拝の列に並ぶ。
階段はさすがに車椅子では登れないので、俺は元気を振り絞って登る。
順番がやってきて、お賽銭を箱へ放り投げる。
二礼二拍手のあと、俺は柄にもなく神様へお願い事をしてみた。
……いい曲が書けますように、と。
最後に一礼をしてお参りを終える。
詩羽とシェリルが何をお願いしたかは知らないが、妙に二人とも長い時間拝んでいた。この二人はなんだか似た者同士の香りがするので、とても欲張りなお願いをしている気がする。気がするだけだが。
御朱印をもらった後は秋葉原方面に行って、まあそれはミーハーな観光客みたいなことをした。
シェリルの言う『聖地巡礼』の続きも行いながら、最終的にはメイドカフェにたどり着く。
甘い声のメイドさんたちに奉仕されるという慣れない雰囲気で俺は戸惑いながらオムライスをつついている。その一方で詩羽とシェリルはメイドさんとチェキをとったりパフォーマンスに声援を送ったりと楽しそうだ。さっき会ったばかりとは思えないくらい打ち解けている。これがコミュ力か。
しばらく楽しんでいると、テーブルの上に置いてあった詩羽のスマホが震えだす。
画面には『お母さん』の文字。
「……あっ、ごめん、ちょっとお母さんから電話がかかってきちゃった。出てくるね」
そう言って詩羽は店の外へ出ていった。残されたのは俺とシェリルの二人だけ。
さっき詩羽が服を買いに行っていたときもそうだけど、どうもシェリルと二人になると話しにくい。俺が陰キャラすぎて、ガチ陽キャラのシェリルとはとっかかりが掴めない。
この気まずい雰囲気をどうしようかと考えているうちに、シェリルの方から話しかけてきた。
「グレープフルーツムーンは道長が詩羽を見つけて誘ったんでしょ?」
「あ、ああ、そうだけど……」
「すごいわネあの子。声の質も歌唱力も天性のものがあるわ。まだ粗いけど、これから鍛えたらさらに化けそう」
「だろ? 我ながらすごいのを見つけたと思うぜ」
「でも、だからこそ惜しいなってワタシは思うわ」
シェリルは断言するように言う。俺を見つめるその瞳は、先ほどまでのはっちゃけた少女のものではなく、いち音楽人としての鋭い眼差しだった。
「惜しいって、何が惜しいんだよ。詩羽はすごいじゃんか」
「そう、詩羽はすごい。そうじゃなくて、ワタシが言っているのは道長、アナタのこと」
「俺のこと?」
「ええ。ぶっちゃけると、ミチナガの作った曲は『World is mine』以外全然ダメ」
「……」
言葉が出なかった。こんなにもはっきり自分の曲が悪いと言われたのは初めてだったから。
いや、それ以上に自分がどこかで思っていたことを、シェリルが一撃で見抜いてきたことに驚いていた。
彼女の言う『World is mine』以外はダメというのは、実際にYouTubeの再生数でも如実に現れている。それ以外の曲は、『World is mine』に比べると再生数が半分程度だ。
代表曲といえば聞こえはいいが、逆に言えばそれしかないとも捉えられる。
伸びてバズって順調に思えていたが、確かにこのままではこれ以上高みを目指すことは難しい。
シェリルはそれをわかっていて、浮かれ気味な俺に冷や水を浴びせるように指摘してきたわけだ。
「まあでも、自覚があるなら大丈夫。自分はまだまだだって思えなくなったら、そこで終わりだからネ」
「……なあ、具体的に俺の曲は何が悪いんだ? 何が『World is mine』にあって、他の曲にないんだ?」
「それは道長が見つけないと意味がないわ。時間が経てばわかることだってあるし」
「時間がないんだよ俺にはっ!」
思わず声を荒げてしまって、俺は我に返る。
一瞬店内の人たちの視線が集まったが、すぐに霧散していった。
「……俺、あんまり長くないんだよ。見ての通り、今日だって体調悪くて詩羽に車椅子だって用意してもらってて」
「あら、結構大変なのネ」
「だから生きているうちに、詩羽に最高の曲を作ってやりたい。残りの命、全部あいつにあげるくらいのつもりで生きてるんだ。頼む、少しでいいから教えてくれ……」
俺は面と向かってシェリルに頭を下げる。ただ純粋にいい曲を作って詩羽に歌ってほしいという、その気持ちだけがあった。
「ふふっ、愛されてるのね。詩羽って」
「茶化すなよ」
「ワタシは至って真面目ヨ? 詩羽はそんなに愛されいるなんて幸せ者ネ。でも道長は、そんな愛されキャラの詩羽に曲を作るだけで満足してる。そんな一方的な関係、いつかそっぽを向かれちゃうかもネ?」
「なんだよそれ……俺が詩羽に曲を作っちゃいけないって言うのかよ」
「そうは言ってない。グレープフルーツムーンは二人でやっているユニットなの。詩羽は心を持った一人の歌い手であって、ボーカロイドじゃない。そこを忘れないで」
理解できそうで完全に理解するのが難しい言葉。
シェリルの抽象的な助言は、俺の頭の中で何度も繰り返された。
詩羽は歌い手であって、ボーカロイドじゃない。心を持った存在。
そんなのはわかっている。わかっているが、現状を打破するためにどういう手を打てばいいのか、検討がつかなかった。
「ごめんごめん、つい長電話しちゃった。お母さんったらお土産にすごく期待してたみたいでさー……って、どうしたの? もしかして道長、シェリルと喧嘩でもした?」
電話を終えた詩羽が戻ってきた。なるべく平静を装おうと思ったが、意外と詩羽は敏感なのでこういう空気を察知する。
深刻な話をしていたことは悟られたくなかったので、俺はとっさに「……ちげーよ、オアシスの好きなアルバムで意見が割れたんだよ」と嘘をついた。
ちなみに後から知ったのだが、本当にシェリルとはオアシスの好きなアルバムで意見が割れた。
きのこたけのこといい、こいつとは気が合わん。どう考えてもオアシスはファーストアルバムの「ディフィニットリー・メイビー」一択だろ。
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