第39話

 見張り台に登ったルーベンは、南の海の沖合にいる海国ハーランの大型軍船を眺めていた。


 補給のために立ち寄ろうとしたロサ王国の諸島で、見たこともない要塞砲に追い払われた海国ハーランの大型軍船は、心なしかヨロヨロとこちらの港に向かってきていた。


 初めて見たときは大きさに驚いたが、内部構造まで知り尽くしたおかげで、それほどの恐怖をルーベンは感じていない。


 だが油断は禁物だ。




「予想通りの航路を進んでいるな」


「そう進まざるを得ないように、要塞砲が威嚇していますからね」




 双眼鏡を覗くルーベンに、後ろにいたカイザが答える。


 海国ハーランの大型軍船は、前回と同じ航路を進もうとしているが、所々に配置された要塞砲によって阻まれ、知らず浅瀬へ追いやられていた。


 


「座礁しかけたら、次の作戦に移るぞ」




 船の見張りを兵に任せ、ルーベンが港に戻る。


 王都の周辺には、万が一を考慮して、新参貴族たちが私兵を派遣し、王城にいるベロニカを護る配置をとっている。


 だがルーベンは、海国ハーランの兵を、一人たりとも上陸させるつもりはなかった。


 


「二度と挑む気がなくなるよう、徹底的に打ちのめすぞ!」




 ルーベンの闘志にあてられ、港に居並ぶ兵たちの志気も上がる。


 港には、エンリケの采配により、網の目のように張り巡らされた街道を使って、国内各地から集められた兵器が並んでいた。


 そして海国ハーランの大型軍船を見て、危機感を募らせた古参貴族たちによって、この港に集まっている兵は海上戦の訓練を受けている。


 つまり海国ハーランが戦の準備をしている間、結果的にこちらも戦の準備をしていたということだ。




「ルーベン殿下、中型軍船の用意が整いましたぞ」




 海国ハーランの大型軍船の航路を変えて向かわせているのは、幼児退行したティトの父であるバレロス公爵の所有する港で、当主のバレロス公爵はもうじき六十路というのに、白髪の上から金属鎧を着こんで前線に馳せ参じていた。


 これからルーベンが中型軍船に乗り込み、戦の最前線に向かうのに合わせて、バレロス公爵にはこの港の指揮を譲るつもりでいる。




「祖先の血が逸りますなあ」




 だいぶん近づいてきた大型軍船を見やり、バレロス公爵はティトと同じ紺色の瞳をギラつかせた。


 バレロス公爵が治める海域は、その昔、海賊たちに好き放題に荒らされ、民が困っていたという。


 そこへ、王家から鎮圧の任を受けたバレロス公爵の祖先が出動し、この港付近で海賊との激戦を繰り広げたそうだ。


 その褒賞として、バレロス公爵家は、この海域を含む広大な領地を与えられている。


 


「当時と、海流も地形も変わりありません。同じ戦法で仕留められるでしょう」




 歯を見せて笑うバレロス公爵は、水上戦が初めてのルーベンにとって、頼りになる存在だった。


 背後の領地に大勢の領民と、愛する家族が控えているバレロス公爵もまた、ルーベンと同じく海国ハーランの兵に、この地を踏ませる気はなかった。


 


「できれば一度で追い払いたいな」


「深追いは禁物ですぞ」


「そこは敵の出方次第だ」




 ルーベンの見ている先で、ゆらゆらしながら、大型軍船が浅瀬に乗り上げる。


 傾きそうになるのを察して、方向転換をしているがもう遅い。




「では行ってくる。後のことは任せた」




 美しい敬礼をするバレロス公爵に背中を任せ、ルーベンは用意された中型軍船に乗り込んだ。




 ◇◆◇




 せっかく夫に相応しい、手応えのありそうな見目好い男を見つけたのに、それを連れ帰ることも出来ず、おめおめと国へ帰らされたヤーナゥは、激しく立腹していた。


 帰りの大型軍船の中で、大臣のビクトルに、先ほどの男性はロサ王国の女王と結婚し、王配になるのが決まっていると説明されて、さらに頭に血が昇った。


 ヤーナゥに生意気な口をきいた無礼な女王から、あの場で奪ってしまえば良かったのだ。


 まだ結婚式の前だったのだから、やろうと思えば出来たはずだ。


 そう喚き散らすヤーナゥに、侍女のコンスェレも、疲れた顔を隠せなかった。




 招待された港から、補給も出来ずに慌てて出航したため、途中にあるロサ王国の諸島でなんとか補給を済ませ、這う這うの体で海国ハーランに戻ってきたが、激怒していたヤーナゥによってビクトルは大臣を解任されてしまう。


 代わりにヤーナゥの担当大臣に推挙されたのは、ビクトルより10歳も若い、20歳のレオポルドだった。


 16歳のヤーナゥと年齢が近いほうが、仕える側も楽だろうと思われたのだが――。


 海国ハーランが制圧した、小さな島国の族長の血筋にあたるレオポルドは、ヤーナゥに気に入られようと野心を燃やし、短絡的な提案をしてしまう。




「俺がロサ王国から、ヤーナゥさまのお気に入りの男を、奪ってきますよ。その代わり、俺を第二の夫にしてください」


 


 怖いもの知らずで強欲なレオポルドを、ヤーナゥは面白がった。


 


「夫になりたくば、あの金髪赤眼の男を捕え、私の前に捧げよ!」




 ヤーナゥは女王の権限を用いて、レオポルドに軍の指揮権を与える。


 箱入り娘すぎて世間知らずなヤーナゥと、小さな島国出身ゆえに、世界の広さの見当がつかないレオポルドによって、ロサ王国との戦いの火蓋は切られた。


 そのときになってレオポルドを大臣から降ろそうと、ほかの大臣が躍起になったが、すでに乗り気になっているヤーナゥを誰も止められない。


 レオポルドは、大型軍船に山ほどの火器を積み込み、兵たちにありったけの武装をさせる。


 そうして意気揚々とロサ王国へ宣戦布告し、華々しく海国ハーランを出国したのだった。




 ◇◆◇




 浅瀬に乗り上げて身動きが取れない大型軍船へ向けて、ロサ王国の中型軍船が迫る。


 大型軍船に配備されている『神の一撃』の砲口が、沖を向いているのを確認して、反対側から回り込んでいるのだ。


 海国ハーランも大人しくはしていない。


 レオポルドの指揮で複数の小型軍船が海面に下ろされ、ルーベンの乗った中型軍船へ特攻を始める。




「やはりな。小型軍船までは、金属板で装甲されていない。狙え!」




 ルーベンの号令に合わせて、火矢が射かけられる。


 楯板もない小型軍船は、浴びるような火矢に襲われ、次々に燃え盛っていく。


 火から逃れるため、兵は海に飛び込むが、着込んだ鎧の重さでろくに泳げない。


 中型軍船の後ろからついてきていたロサ王国の小型船が、溺れている海国ハーランの兵を、捕虜として捕えていく。




 ◇◆◇




 ロサ王国の陸地が近づき、いよいよレオポルドが『神の一撃』を放とうとしたら、座礁したかもしれないと、船長が情けない報告をしてきた。


 せめて港へ砲口を向けようと、慌てて旋回させたが、もう手遅れだった。


 攻撃対象の港から、機動力の高い中型軍船が出てくるのが見える。


 船の先端には、大胆にも男がひとり立っていた。


 風になびく金髪が陽光にきらめき、遠目からも、あれがヤーナゥの欲している男だと分かる。


 


「五体満足じゃなくてもいい。あいつを捧げれば、俺がヤーナゥさまの夫だ」




 これだけ大きな軍船に山と積んだ火器と、武装した兵と『神の一撃』があれば、簡単に一網打尽にできると高をくくっていたが、レオポルドは戦略的に動く統率の取れた相手に舌打ちする。


 レオポルドは多くの小型軍船を特攻させ、その陰で、こっそりと中型軍船に乗り込んだ。


 


(ロサ王国の中型軍船がうちの小型軍船を相手にしている間に、俺が後ろに回り込んで、あの金髪男の体にあるだけの火器を撃ち込んでやる!)




 大型軍船の巨体に隠れて、海国ハーランの中型軍船が、海面に滑り出る。


 小型軍船とまだ戦っているロサ王国の中型軍船の脇をすり抜け、レオポルドがルーベンの背後を取った。




「火器を用意しろ! 標的はあの男だ! 蜂の巣にしてやれ!」




 海国ハーランの兵たちが、鉄砲を抱えて前に出る。


 楯板の狭間の銃眼から狙いを定め、いざ撃たんとしたとき、すぐそばに水柱が立った。




 ドーンッ!




 船体が大きく揺れ、空から海水が降り注ぐ。


 甲板の端にいた兵は、海に振り落とされた。


 


「なんだ!? 何があった!?」




 レオポルドが振り返った先、ロサ王国の港からは、こちらを目がけて黒い砲弾が飛んできていた。

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