第24話
しばらく滞在しているルーベンに、ロサ王国の内情を知ってもらおうと、ベロニカは郊外の視察へ連れ出す。
もう腹芸はせず、ベロニカの考えを、正直にルーベンにさらけ出すつもりだ。
「ロサ王国の政策決定にあたり、私が気をつけているのは、古参貴族と新参貴族の間にある溝を、いかに埋めるかです」
ベロニカは、見事な石畳の並ぶ王都の道を、ルーベンと並んで歩く。
「定期的に、交付金を使って領主たちは街道を整備します。その際、王都付近にこじんまりとした領地を持つ新参貴族と、国境付近の広大な領地を持つ古参貴族が、お互いに出来栄えを監査し、それぞれの抱える事情に理解を持ってもらうような仕組みを作ったところです」
こつりと音を立てて、ルーベンの靴が足元の石を叩く。
「ふうん、戦争のための準備ではないんだな」
「円滑な物流を促し、民の生活の質を向上させるために、施策しました」
「だったら、そのていで水運も整えるといい。いざというとき、兵が移動しやすい陸路と、武器を運搬しやすい水路の確保は、勝敗を決める」
「戦争を前提に政策を決めるのですか?」
「女王の想定する国力とは財力だけか? 金があっても、戦力がなければ、奪われるだけだ」
ルーベンの言うことは一理ある。
「では、防衛力を上げてはどうでしょう?」
「国境に、馬鹿高い壁でも築くつもりか。古参貴族ばかりが特需に沸いて、新参貴族は恨めしい思いを募らせるだろう」
ベロニカは、顎に手をやり、必死に考えを巡らせる。
ルーベンと話していると、エンリケとはまた違った視点で、物事を見ることが出来た。
「いいか、女王。防衛だろうと攻撃だろうと、戦争のために金を払いたがる民はいない。民は平和を愛し、戦争を起こさない為政者を求めるものだ。だが、為政者は常に、万が一を考えなくてはならない。何かあったときに民を護れない無能になりたくないのなら、日頃から戦争への備えをするんだ。民にはそれと分からないようにしてな」
「陸路と水路の整備は、納得しました。それ以外にも、ありますか?」
「すでに宰相が実行していると思うが、備蓄はいくらあってもいい。戦争だけでなく、災害時にも役に立つ」
「以前、蝗害が起きた地域への食糧支援に、困ったことがあります。領主が民を助けるためのお金を出し渋り、かと言って、国庫からも急にはお金を出せなくて」
それは過去での話だったが、ベロニカの失態だった。
「金は腐らないから、いつまでも使わないでいられるが、食糧はそうじゃない。最初から用途が決まっているのなら、領主には金ではなく食糧で渡すんだな」
二度目の人生でも、おそらく蝗害は同じ地域で起こるだろう。
それならば前もって、該当する予算分を食糧で支給しておこう。
出し渋れば腐る食糧なら、領主も早めに民へ配給してくれるはずだ。
お金を食糧に変える手間も省けて、一石二鳥になる。
ルーベンに指摘された政策を、エンリケとも話し合うために、ベロニカは頭の中のメモへ、一所懸命に書き込む。
そんな仕事熱心なベロニカの後ろには、今日も無表情のセベリノが立っている。
ルーベンはセベリノをジッと見て、「カイザが十人いても無理だな」と呟いていた。
◇◆◇
視察からの帰り道、ベロニカはルーベンとは別の馬車に乗る。
こっそり話をしたかったので、いつもは騎乗して警護するセベリノを、ベロニカは馬車に招き入れた。
「ねえ、セベリノから見て、ルーベン王子はどう?」
ティトに対しては渋い顔をしていたセベリノが、ルーベンには何の感情も表に出さない。
過去では、セベリノが見抜いていたティトの薄っぺらさを、ベロニカは見抜けなかった。
その反省もあって、ベロニカの見立てだけで突っ走るのは止めようと、思ったのだ。
今日はずっとベロニカとルーベンの背後から、ついて来ていたセベリノから見て、ルーベンの評価はどうなのか。
ベロニカは真剣な顔をして、セベリノの言葉を待つ。
「なかなかやるようです」
それだけ言うと、口を閉じたセベリノ。
セベリノの「なかなか」がどのレベルなのか、何を「やる」のかベロニカには分からない。
疑問符を飛ばしているベロニカを見て、セベリノはもう少しだけ言葉を足した。
「腹が据わっています。ベロニカさまの、隣にいるくらいなら、許してもいいでしょう」
セベリノから微妙なお許しが出ているとは知らず、もう一台の馬車の中では、ルーベンとカイザがセベリノを話題に盛り上がっていた。
「カイザが十人いても無理だと思った」
「そこまで言いますか? あと三人くらい僕がいたら、奇跡が起こるかもしれないでしょ?」
「あれは後ろにも目があるぞ」
「ずっと馬車の中にいて正解でしたよ。うっかり殺気でも飛ばそうものなら、次の瞬間、間違いなく僕の首は体とサヨナラしてますね」
カイザが服の中から、投げナイフを出して、曇りがないか見ている。
元軽業師のカイザの暗器は、重くて短い釘のようなナイフだ。
勢いをつけて投げられたナイフは、人間の急所に深く埋まり、ちょっとやそっとでは引き抜けない。
たとえその場から逃げられたとしても、抜けないナイフが、いつまでも体から血を流させる。
そうやって、ルーベンに襲いかかってきた暗殺者を、ことごとくカイザは撃退してきた。
そんなカイザが、近づくのも嫌がる相手が、セベリノなのだ。
「あれは過剰防衛だよな」
「ほぼ最終兵器です」
セベリノに対してのルーベンとカイザの見解は、『触るな危険』だった。
◇◆◇
ベロニカはルーベンに、エンリケと行う協議の場への参加も促した。
最近は、サルセド公爵が執務室に突撃してこないので、主にベロニカとエンリケの間で、民や領主が抱える問題の共有をして、それに相応しい政策を考えていた。
ルーベンはロサ王国の執政に興味があるのか、ベロニカの執務机の隣に用意された椅子に座って、エンリケの説明を大人しく傾聴している。
時折、明晰な質問を挟むので、エンリケが楽しそうだった。
秘書官のラミロが、ロサ王国だけでなくマドリガル王国の法律もすべて記憶していると分かると、「女王の周りは、とんでもないのばかりだな」とルーベンが驚くので、ベロニカはなんだか誇らしかった。
過去では、これからベロニカが恋に溺れ、父から譲り受けた治世を乱していく。
だが二度目では、ルーベンも加わり、どうしたらもっとロサ王国を強くできるのか、熱く議論を交わしている。
まだルーベンの返事は聞いていないが、これだけ積極的に政務へ参加しているのだ。
王配になるのを、前向きに考えてくれていると、思っていいだろう。
ルーベンと一緒に政務をこなす日々に、ベロニカは心の張りを得ていた。
過去でティトに、弱音を吐いて慰められていたのとは違い、女王で良かったと感じていた。
いくら恋に恋をしていたとは言え、どうして過去では、あんなにあっさりと執務から手を離したのか。
ベロニカは自分の青さを恥じた。
それに比べると、ルーベンは4歳年上なだけで、ずいぶんと大人に見えた。
策士のエンリケとも、対等に政治について論議を繰り広げる、冴えた頭脳もある。
マドリガル王国で王太子に望まれた優秀さを、ルーベンはロサ王国でも遺憾なく発揮していた。
しかし、ベロニカが感心した顔で見ていると、時々、恥ずかしそうな表情もする。
そんな所は、まだ二十代なのだと、思わせた。
ルーベンの滞在日数が、予定よりもかなり伸びて、それに伴ってベロニカとの交流も、深まっていった。
このまま、ルーベンが王配になってくれないか、そうベロニカは願っていた。
そんなある日――。
「女王陛下、ぜひとも一緒に、お茶を飲む機会をいただけませんか」
逃げ続けていたティトに、ベロニカは捕まってしまったのだった。
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