第6話
「上機嫌ですな」
「わかるか?」
道雪が去ってから宗運は為朝に話しかけてくる。それに対して為朝は笑みを隠そうともせずに答えた。
「俺はあのような気持ちのいい男が好きだ。『もののふ』たる者ああならなければならん」
「確かに戸次殿との問答、気持ちのいいものがありましたな。何より斜陽となった主家を守らんとするあの気概、私の息子にも見習って欲しいものです」
「宗運の息子も一番上の子がまだ六歳かそこらだろう? まだまだこれからよ」
宗運が為朝の守役だったこともあって、為朝は宗運の家族のことも把握している。息子に娘と子沢山であったはずだ。
そんな為朝の言葉に宗運は苦々し気な表情になる。
「私が為朝様に尽くすように言ってもわかっているのかいないのか……我が子であるならば為朝様に忠義を尽くすのは当然であるというのに……」
宗運がぼやき始めたのをみて為朝は「またか」とも思う。
宗運やその弟である親房、親常は為朝に絶対の忠誠を誓っている忠義の士である。必要であれば為朝のために自分達の命を投げ出すのも厭わないほどだ。
だが、宗運の息子達は一番上の息子でもまだ六歳。忠義などと言ってもわからないだろう。だが、親である宗運にはそれが不満らしく、頻繁に怒っているのをみかける。そんな怒られている宗運の息子達を為朝が庇うのがさらに宗運の不満であるらしい。曰く、主君に気を遣わせるなんて……ということらしい。
「落ち着け、宗運。お前の息子達も俺に懐いてくれている。それに武勇の片鱗も見えている」
「我が愚息ながら鎮西二十烈士に入りたい、などと言っておりますが、親常達に比べればまだまだ……そして武芸だけでなく武略も学べと言っておるのですが、その時は抜け出して他の小僧達と相撲をとっている始末……あれで将来為朝様のためになるかと」
まだ宗運の小言が続くかと思いきや、小姓がやってきて面会に来た武士がいることを告げてくる。
それに苦々し気な表情だった宗運の顔が真面目な表情になる。
「為朝様」
「お前が先ほど言っていた男だな」
「左様」
宗運の言葉に為朝は気合を入れるように両手を頬を一度叩くと、小姓に連れてくるように伝える。
それからしばらくして二人の男が入室してくる。
船乗りらしく肌が赤黒くなっている二人の男。そして為朝の前に座った男は為朝の目をみて一度ニヤリと笑うと、頭を下げた。
「対馬の宗晴康が家臣・篠栗栄と申す」
「鎮西八郎為朝だ」
栄の言葉に為朝は口数少なく返す。だが、為朝の言葉に栄はニヤリと笑う。
「この九州の地でその名を名乗る意味……九州を統一する気ですかな」
「小さいことを言うな、栄。俺が狙うは日本統一よ」
為朝の言葉に栄は面白そうに口の端を上げて笑う。
「ほほう! 日本の統一、過去をみれば頼朝公や足利将軍家がやったのみ。それをやりますか?」
為朝も知識として自分の甥にあたる頼朝や、末裔になる足利将軍家が日本を統一したことは知っている。
だからこそ為朝の返答はこれである。
「頼朝や足利将軍家ができたこと。俺ができぬはずがない」
そのあまりにも大胆不敵な発言に栄は大きく笑う。
「はははははは!! これはいい!! 一目みたときから尋常ならざる器だと思っていたが、これは九州に収まる器ではないわ!! おい、親直!! よくぞこんな大器を育ておったな!!」
「私が育てたわけではない。為朝様は産まれた時から大器であった。それと栄、私は一応出家した身。宗運と呼べ」
「わかったわかった。相変わらず細かいことに煩い男よ」
栄と宗運の気安い関係に為朝は不思議になる。
「宗運と栄は付き合いが長いのか?」
為朝の言葉に宗運は軽く頷く。
「私がまだ幼少の頃に博多へ行ったとき、倭寇に拉致されまして」
突然の告白に為朝のほうが仰天した。それは普通であれば奴隷として売り飛ばされていてもおかしくない出来事だからだ。
だから為朝は興味が惹かれて身を乗り出す。
「おい、何があった?」
「何、特別なことは何も。私を拉致した倭寇と敵対する倭寇である先代の篠栗栄殿が、私を拉致した倭寇を襲撃し、その中に今代の栄がいただけです」
「今でこそ平然としてますがが、私が拉致された子供達が軟禁されていたところに入った時は、糞を漏らして半べそでしたぞ」
「それを言うでないわ!!」
栄の言葉に宗運が顔を真っ赤にして怒鳴る。それをみて栄は上機嫌に大きく笑い、為朝も今の宗運の姿からは想像できない出来事に大笑いである。
そして、為朝はそこで先ほどの会話に違和感があったことに気づく。
「『先代』の篠栗栄とはどういうことだ?」
為朝の問いに栄は口を開く。
「為朝殿は対馬がどう生きているかご存知で?」
「知らぬ」
栄の言葉に為朝は即答する。事実、為朝にとって対馬は未知であった。前世の頃もそうであったが、今世においても九州の争乱に一歩引いている感じがするのが対馬の宗という家であった。
そんな為朝に説明するように栄は口を開く。
「対馬に田畑となる土地はほとんどありませぬ。それがどのようにして今まで生きて来たか……それは外と関わり、そこから銭などを得たからです」
「外とは?」
「朝鮮や明、マラッカや果ては天竺まで」
その言葉に為朝はぎょっとした。今、国内で争っている家ばかりの中で、対馬の宗家だけは外国と渡り合っていたのである。
一瞬の驚愕の後、為朝の心中に来たのは興奮であった。
「天竺まで行っているのか!!」
為朝の心中を察してか、栄はニヤリと笑って口を開く。
「宗家の口伝が確かならば天竺との交易を始めたのは応永初期の当主・宗貞茂が拓いたとのこと」
「応永初期……おい、宗運!! どれほど前だ!!」
「およそ百五十年ほど前かと」
「ひゃくごじゅう……!?」
百五十年近く交易で成り立っている島。まさに対馬は交易の歴史であると言っていいだろう。
為朝は一度興奮を落ち着けるために大きく息を吸って吐く。そんな為朝をみながら栄は笑いながら言葉を続ける。
「無論、これは朝廷や将軍には言っていない密貿易でのこと。私達のことを朝鮮や明、それに朝廷や将軍に言わせれば『倭寇』ということになります」
栄は笑いながら自分の首に手をとんとんと当てながら「だからこれが露見すると俺の首が飛びます」と言った。
だが、為朝は対馬の宗家に対してある種の敬意を抱いた。
自分達が悪名を被ることになろうとも生き残るためになんでもやってのける対馬の宗家。それに対して自分との同族意識を持ったとも言える。
「ふ~む、見事……うむ、俺には学がないからなんといっていいかわからないが、見事、としか言いようがないな。朝廷や帝にも黙ってそんな長くやってのけるとは」
「ははは、あの鎮西八郎為朝に褒められた、と晴康にも伝えましょう」
そう言うと栄は表情を変えた。その視線は鋭く、嘘は許さぬと言った目つきであった。
その視線を受けて為朝も丹田に力を込めて見つめ返す。
「親な……違ったな。宗運の奴から為朝殿が日本統一を目指すのは聞いております。さて、そこでお聞きになりたい。貴殿は日本を統一してどのような国にしたいと?」
栄の問いに為朝は腕を組んで考える。
どのような国にしたいか?
為朝は日本を統一したいという気持ちは強くあったが、そこからどのような国にしたいかを考えたことがなかった。
「うむ、わからん」
為朝の返答に栄は呆気にとられた表情になる。
「わからん……と?」
「うむ、わからん。だが、なぁ。篠栗栄よ」
そういって為朝は栄に向かって身を乗り出す。
「この日本が戦乱が日常になってどれくらいたつ? 戦乱であることが普通になってしまっているが、それは違うであろう?」
少なくとも為朝は前世において九州に平穏をもたらした。だからこそ戦のない世の中も知っている。
「賊が跳梁跋扈し、戦によって民は疲弊している。それをなくしたい」
そこまで言って為朝は自分の言葉に納得したように頷いた。
「うむ、そうだな。栄よ。俺はな。俺のような武士がいらなくなるような日本を作りたい。戦のない平穏な日本をな」
為朝はそう言い切ると栄を見つめる。栄も真剣な表情で為朝をみてくる。その鋭い視線を逸らすことなく視線を為朝は受け止めた。
しばらくの静寂。
それを破ったのは栄であった。
「はははははははは!! 大真面目な表情でそのような夢物語を……ふははははははは!!」
そして栄は笑いながら再び為朝に頭を下げる。
「為朝殿に会うまでは昔馴染みの宗運の頼みだからこそ支援は少量にするつもりだったが……いいでしょう。為朝殿のその愚かな夢。対馬は全力で支援させていただく」
「おお!! そうか!! これからよろしくな!!」
為朝の言葉に再び頭を下げる栄。そして傍らに控える宗運は安堵したような溜息をついた。
そして栄は頭をあげると再び口を開く。
「さて、為朝殿が日本を統一するにおいて、絶対に交渉を持たなければならない相手がおります」
「朝廷や将軍家か?」
為朝の言葉を栄は鼻で笑う。
「そんなものそこいる似非坊主に任せておけばよろしい。為朝殿が交渉しなければならないのは海の向こうからやってくるポルトガルの交易商人やキリスト教の宣教師です」
「ぽるとがる?」
「海のはるか向こう……最果てともいえるところからやっていている連中だ」
栄の言葉に為朝は感心したような声を出す。
「俺は船で外国にでたことがないからわからんが、最果てともいえるところからやってきている連中だ。逞しい男達なのであろうな」
為朝の言葉に栄は苦虫を噛み潰した表情になる。すると今まで黙っていた栄の傍らに控えている男が吐き捨てた。
「連中など人の皮を被った畜生だ」
「王直」
栄の窘めに王直と呼ばれた男はそっぽを向く。その王直の反応をみて栄は為朝に頭を下げた。
「失礼。この男は明の密交易商人で王直と言います。俺とも組んで商売をやっていて、なかなかのやり手なので連れてきました」
栄の言葉に為朝は頷くと、王直のほうを向いて口を開く。
「王直、連中が人の皮を被った畜生だと言った理由は?」
為朝の問いに王直は顔を真っ赤にして怒りながら説明を始める。
「俺達、明や朝鮮、日本の密交易商人達は二百年以上かけて天竺やマラッカを相手に交易をやってきた。俺達の交易には『お互いに利益がでるように』という約束があった」
そこまで言うと王直は力強く床を叩く。
「それを連中は自分達だけに利益がでるような商売を始めやがった!! しかも、それを理由に天竺の商人達が交易を拒否すると武力制圧までしてだ!! そんな連中、商人ではなく畜生よ!!」
王直の怒りを目の当たりにして、為朝は栄をみる。すると栄も説明を始めた。
「王直が言った通り、倭寇の密交易商人にも最低限の規則がありました。それが交易では『お互いに利益がでるように』ということです。その規則があったからこそ我々、倭寇と天竺、マラッカの交易商人とは衝突は産まれなかった。そこに武力を背景に参入してきたのがポルトガルなどの海の果てからやってきた交易商人です」
淡々と告げる栄。為朝にはそれが栄が王直以上にポルトガルの交易商人に対して怒っているのがわかった。
そして栄は淡々と言葉を続ける。
「奴らのやり方を拒否した天竺の商人達はポルトガルの武力によって制圧され、一方的に収奪されています。そしてそれを危惧してポルトガルとの交易を拒否したマラッカの国はポルトガルによって滅ぼされ、奴らの国に従わせられることになっています」
その栄の言葉に為朝は頭に血が昇る。思わず為朝が怒鳴ろうとした瞬間に、宗運が口を挟んでくる。
「天竺やまらっかの人々はぽるとがるの支配を受け入れているのか?」
宗運の言葉に為朝の頭に昇った血が冷める。確かに現地の人々が受け入れているならば他人である為朝が怒る筋ではない。
だが、栄の言葉は為朝を怒らせるに十分であった。
「反抗する者は殺される。だから従わざるえない、と言った状況だ」
栄の言葉に為朝は激怒した。為朝は交易を知らぬからポルトガルのやっている交易が良い方法かはわからない。だが、現地人を殺してでも従わせるという方法を為朝は嫌ったと言っていい。
思わず怒鳴りそうになった為朝であったが、宗運に名前を呼ばれて大きく息を吸い込んで気分を落ち着かせる。
そして栄に向かって口を開いた。
「わかったぞ、栄。お前は俺に天下を取らせてそいつらを日本から締め出せと言うのだな」
「いいえ、違います」
「……なに?」
栄の即答に為朝は思わず呆けた返答を返す。それに対して栄はニヤリと笑うと説明を続ける。
「世界の流れとして日本がポルトガルなどの国を締め出すのは無理です。どこかで日本も連中と交易を持たなければならない。だが、連中の商人のやり方を真似るなら『一方的な収奪』になっても文句は言わせない。少なくとも日本や明、朝鮮の範囲ではね」
栄の言葉に思わず為朝は感心したように膝をうつ。
つまり栄は世界の時世の流れで拒否するのは無理。それならばポルトガルも利用して金を稼げと言っているのだ。そのしたたかさは百年以上国に隠れて密貿易を続けてきた倭寇の面目躍如と言ったところだ。
「なるほど。それならば連中との交渉には連中のことをよく知っている者を用いなければならないな」
「ええ。為朝殿は頭の回転もよいように見えます。俺が何を言いたいかわかりますな」
栄の言葉に為朝はニヤリと笑う。
「栄、そのぽるとがる? とかいう連中との交渉はお前に任せる」
為朝の言葉に栄は満足そうに頭を下げる。
そして王直に合図をだして一つの布にくるまれた物をだしてくる。
それをみながら為朝は首を傾げる。
「それは?」
「俺がポルトガルと交易したほうが言いと言う理由です。すまんが準備を!!」
栄の言葉に為朝の小姓が縁側に一つの甲冑を用意する。そして栄が布を開くとそこには鉄の筒が入っていた。
「栄、それは?」
「連中が『ガン』と呼んでいる代物です。耳を塞いだほうが良いですよ」
栄の言葉に為朝は首を傾げながらも耳を塞ぐ。それをみてから栄は筒の先を用意された甲冑に向ける。
そして落雷かと思うほどの轟音。あまりの音の大きさに控えていた為朝の小姓もひっくり返っている。
だが、為朝はそれを気にすることはない。何せ、轟音の直後に甲冑の一部が弾け飛んでいる。
それをみて興奮したのは傍で控えていた宗運であった。
「おい、栄!! その『がん』はいくつ用意できる!!」
「俺と王直、それに他の倭寇商人達と協力すれば百はいけるだろう」
「すぐに用意してくれ!! いや、できるだけ多く用意できるなら用意できるだけ!!」
「うん? 宗運、そんなにこれが必要か? 弓でもこれくらいできるだろう」
為朝の言葉に宗運はがっくりと肩を落とし、栄は楽しそうに笑った。
「いいですか、為朝様。為朝様に弓でこの『がん』以上の威力が出せるのはこの宗運も重々承知しております。ですが為朝様、例えば鎮西二十烈士に同じことができますか?」
「いや、できぬ」
鎮西二十烈士の面々も弓は鍛えているが、為朝のようにいかれた弓の腕前を持つ者はいない。
「でしょう? ですが、この『がん』を使えば例えば足軽が為朝様と同じ弓の威力を持つことができます」
「……おお! なるほど!!」
為朝は『ガン』の威力を自分の弓の威力に匹敵すると思って感心したが、確かにこれを使えば誰でも為朝の弓の威力を持つことができるのだ。
為朝は改めて栄のほうを向く。
「すまんが栄。これを集められるだけ集めて俺にくれ。見返りやれるのは俺の領内における商売の特権くらいだが」
為朝の言葉に栄はニヤリと笑う。
「つまり為朝殿が日本を統一すれば日本の特権商人になれますな」
その言葉に為朝は愉快そうに大笑いするのであった。
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