5.火の龍人
怪我人が、皆、建物の中に保護されているのが、救いだった。もちろん、街中にも怪我人はいたが、まだ戦える者たちだった。
明らかに火のエレメントの結晶と思われる、橙色の弾が、上から降っていた。何かにぶつかると弾けて、炎が出る。が、魔法盾には吸収されてしまう。金属の盾の場合は弾けて飛び散るので、多少は厄介だが、上手く防げれば、直ぐに消えてしまうため、威力は大したことはない。
本来ならば。
ハーグズを初めとして、伯爵の主力は、最初の方で、ほぼ負傷していた。主に今戦っているのは、街の人達だ。
シスルがあちこち声をかけ、盾の上で弾けてしまっても、落ち着いて、建物に退避して、と言っていた。
街の主な建物の屋根と壁は、ファイアドラゴン対策で、特殊加工した、頑丈な石造りだ。だが、最近出来た店舗や住宅は、手軽さから、木造の物もある。これらも特殊加工により、燃えにくくはなっているが、石ほど強度はない。
敵の射手の姿は見えない。遠くから魔法で気流に乗せているのか、遠距離射撃用の砲台でも使用しているのか。どちらもワールドの技術を越えるか越えないか、ぎりぎりの物だが、敵はそれらを越えている連中だ。
人がいない所には降ってこない事に、誰かが気づいた。皆を石造りの建物の中に入れ、窓を盾で守って応戦しよう、と伯爵夫人も呼掛ける。俺はハバンロとカッシーと共に、人々を誘導し、なんとか市民会館らしき建物に入った。
伯爵夫人が、俺達に、
「ご無事で。」
と改めて言ったが、俺は
「グラナドは?どこですか。」
と尋ねた。
グラナドは伯爵と「砦」のほうに向かった。ファイスとシェードが同行している。ミルファは病院に手伝いに向かったレイーラといるらしい。会館から病院までは、間に教会があるため、直接見えなかったが、大きく頑丈そうな階層は見えた。
「怪我人は病院に移動させなくては。」
と伯爵夫人が言った時、ゼリアが転送で現れた。転送魔法が正常に出るようになった、と言った。これで皆を運べる、夫人は安堵したが、ゼリアは、まず先に、俺をグラナドの所に運ぶ、と言った。彼女は、先に伯爵に報告に行ったのだが、街より砦付近の戦闘が激しく、氷の剣と、使い手の俺を迎えに来たのだ。
剣は消耗品だ。街では魔法盾を出していたので、剣は未使用だった。街よりも砦の敵を倒す物だ。ゼリアは、それを指摘して、促した。
ハバンロが、
「ゼリアさんが戻るまでです。その間、任せてください。」
と軽く胸を叩いて見せた。カッシーが、
「伯爵夫人のお手伝い、しっかりするわ。」
と笑顔を向ける。俺は二人と夫人に、後を頼むと言い、ゼリアに付き従った。
ゼリアは転送で、砦の近くに出た。しかし、予定の位置とは、ずれたらしい。魔法の効きにくい範囲が、短い時間で微妙に変わっているらしい。しかし、俺達が洞窟に行く前は、街中でも効きにくかった事を考えれば、魔法封じの有効範囲は狭くなっている。金属のオリガライトを、エレメントの壁の内側に使用しているのだと思ったが、有効範囲が可変だということは、恐らく違うようだ。
ゼリアは伯爵を見つけ、声をかけた。伯爵は、魔導師の盾の背後にいるが、盾を砦に向け、大きな岩の陰にいた。砦から見て、町側になるが、弓矢やボウガンの一隊と共にいた。俺を見るなり、
「すまない、殿下は、あそこだ。」
と、砦を指差した。
砦を背にして、グラナドがいた。小さなドラゴンに囲まれている。シェードが背後に彼を守り、鉤剣で追い払っていた。ファイスの姿は見えない。大岩から砦までの間は、決して遠くはないが、地面が所々輝き、熱を持っている。悪臭ではないが、焦げ臭い空気が漂う。
「二人の剣士のうち、一人は倒した。一人はまだ、ファイス君が戦っているはずだ。砦の近くは、転送が効きにくい。地面にファイアドラゴンの死体と、火のエレメントの弾が散らばっているから、あそこまでは。」
伯爵が言い終わらないうちに、俺は飛び出した。
水魔法は出にくいが、なんとか使える。今は最強のオプションが無いのが惜しいが、道を冷やしつつ、グラナド達の元に向かう。
シェードの声が響いている。
「それ以上、来るな。グラナドに近づくな。容赦しないぞ。」
と切れ切れに叫んでいる。彼らの手前に、小柄な人物がいる。俺は、シェードと彼の間に入り、水の盾を出した。だが、盾はイメージしたより、薄い。厚さを調整しようとすると、小さくなる。
シェードは、俺を見てから、膝から崩れた。背後から、グラナドが支えた。しかし、彼も消耗している。盾は出していない。二人の背後の壁は黒と白の岩(花崗岩?)で、エレメントでもオリガライトでもないように見える。普通に崩れて、内壁が広く露出していた。
小柄な人物は、火魔法使いのようだが、何か変だ。肩から頭から、全身から、不透明な濃いオレンジの気体が上がっている。熱い空気だ。火のエレメントのようだが、そもそも、火だからと言って、こんなに派手で濃い色は着かない。色だけではなく、まるでオイルパステルで描き殴ったように、纏う人物との境界が曖昧だ。
「ラズーリ。」
護る背後から、グラナドの声がする。
「悪いが、そいつを切ってくれ。」
俺は悟った。凍気の剣を構える。だが、切るためではない。魔法剣で、一気に凪ぎ払う。
普通の剣なら、魔法剣は属性を持たない衝撃波になる。しかしこの剣であれば、水魔法の属性を、再び付加して、飛ばす事が出来るのではないか。
魔法剣は使えないと言われていたので、確証はなかった。が、幸いにも上手く行った。
火のエレメントの気流が消え去り、中から「魔法使い」が現れた。子供だ。幼児ではないが、男女の判別は見ただけでは解らない年だ。衝撃で気絶し、細かい火傷があちこちにあったが、大怪我はなく、息はある。
グラナドは、伯爵達に、
「魔法は、もう効くぞ。魔導師は子供だ。救援を頼む。」
と叫んだ。ゼリアが飛んできた。彼女は、俺達も運ぼうとしたが、グラナドが断る。まだ剣士が一人残っていて、ファイスが戦っているはずだった。意識の半ば朦朧としていたシェードを起こしながら、
「二人の剣士のうち、弱い方は、伯爵の部下が捕縛した。強い方は、ファイスが戦っている。情報が欲しいから、なるべく倒すな、と言ってはあるが、お前の機転で、その子も確保できた。だから、遠慮なくやれ、に変更したいんだが。」
どこで戦っているのか、と、続けた言葉は、爆音に阻まれた。
割れた壁、砦の中から、オレンジの蒸気が吹き出した。しかし、直ぐに消えた。熱風がくる、と水の盾で防いだが、何故か風は冷たい。割れ目から中を覗く。
ごうごうと、獣の声が聞こえる。緋色に輝く「龍人」が、両手に一本ずつ剣を構え、膝を着いたファイスを、空中から見下ろしていた。全身の鱗がオレンジに輝き、両手の剣にも及んでいる。
“その気がないなら、ここで死んで貰う。”
「…それでは、変わらんな。」
龍人は剣を交差してから、ファイスに降り下ろした。俺は飛び出し、凍気の剣で受け止めた。火と水のぶつかり合いに、蒸気が音を立てる。力一杯に凪ぎ払うと、龍人は吹き飛んだ。
「ありがとう。助かった。」
ファイスが体勢を建て直しながら言った。服の両袖が焼け焦げている。見た目に反して、腕は掠り傷だが、左足を痛めているようだ。バランスを崩して、自分でやった、と言っていた。それだけではなく、シェードと同じく消耗が激しい。彼は暗魔法なので、影響はほぼ無いはずだが、
「部屋の内壁のそこかしこから、弾や触手が出てきた。動きはそれほどでも無かったが、いつ何処から飛んで来るか、わからん。避けるだけでも難儀した。」
という次第だ。
龍人は動かなくなっていた。俺が与えた傷が、胸から腹に走っている。血は出ていない。オレンジの粘液が沸騰して泡を吹いていた。
部屋の中央には、直立して上に向いた砲台がいくつかあり、ぽんぽんと音を立てていた。一見、空気しか吐いていないように見えるが、上空に打ち上げられたそれは、上がるにつれて、赤みを帯びていった。
周囲からエレメントを吸収する仕組みか。だから、火が薄くなって寒いのか。
グラナドが、シェードと二人で、中に入ってきた。シェードは、壁づたいに、しんどそうに歩く。グラナドは、彼に手を貸そうとした俺を止め、
「先に、あれを止めよう。」
と装置を示した。砲台の周囲にパネルが並べてあり、そこに空気が流れている。
動力を断つため、俺とグラナドで、水魔法を使った。凍ったパネルがひび割れ、砲台は直ぐに動きを止めた。
魔法動力で動く単純なやつで、言ってみれば大型の水汲み装置を改良したみたいな物だ。既存のものを改造した技術は、大したものだ。なぜここに設置したか解らない。伯爵の土地と研究が欲しかったのだろうか。研究所の有り様を思うと、それは否定される。一時的な破壊力しか期待していないように思える。だが、この期に及んで、ここまでやって、たかが一時的とは、合理性を欠く。
「歩けるか?」
グラナドがシェードに問いかけていた。俺はシェードに肩を貸そうとしたが、先にグラナドが貸した。
「はあ、情ねえな。護る方が、肩を借りるなんか。」
「俺を護るなんて十年早い…と言いたい所だが。」
グラナドは、顎で倒れた龍人を指しながら、
「お前が無謀に…いや、果敢に飛びかからなかったら、三人が合体してただろ。」
と言った。二人は外に出た。俺も後を追おうと思ったが、装置や龍人をこのままでいいのか、と、思いつつファイスを見た。
ファイスは、龍人が気になるらしく、屈みこんで調べていた。床には、黒い炭のような絨毯が引いてあった。龍人の体は、めり込んで、絨毯を燻らせていた。焦げ臭いが、生物の焼ける匂いではない。それも妙だが。
俺が声をかけると、ファイスは直ぐに立ちあがった。
「何か、気になるのか。」
「こいつが、と言う訳ではないが、昔、散々言われたことを、また言われたんでな。…俺は『親和性』が高い、と。だから、協力しろ、と。」
チブアビ団やリンスクの時なら、親和性、とは、死者を甦らせるのに、都合のいい何かの要素を指している、と考えるのが妥当だ。しかし、今は、どうだ。最後にソーガスに会ったときの様子からしたら、まだその路線はあるが、エレメントの鉱物化に、ドラゴンと人の合体、異空間。それらに等しく親和するもの、なんて、何があるだろう。
「この男も、最初はドラゴンを従えていただけで、普通の剣士だった。魔導師の子供も、もう一人の剣士も、一匹ずつ、小柄なのを従えていた。
もう一人の剣士を倒した後、二人は建物に逃げた。後を追って入ると、この剣士が、子供をドラゴンに食わせようとしているのが見えた。違うかもしれないが、剣を喉に当てて、頭をドラゴンに向けさせていた。
だから、シェードが飛び出して、引き離した。」
複数で合体する積もりだったのかもしれないな。しかし、遠距離攻撃の装置に、エレメントの砦。こういうのは、人間が扱ってこそ有用な物だ。剣と魔法の世界には、火とドラゴンは、何かしら思い入れのある説話が付き物だ。ドラゴンと人の組み合わせも然り。しかし、具体的なメリットは何か、と言われたら、俺には思いつかない。メリットを度外視した、ロマンくらいだ。
とりあえず、二人で、装置の動力部を外し、稼働しないようにした。
タイミング良く、ゼリアが、俺達を迎えに来たので、街へ戻ろうと、踵を返した。ファイスは、自分の盾を拾おうとしていた。
急に、ファイスが盾に躓いた。いや、何かに、足を掬われたのだ。地面から絡み付いてくる、何かに。
黒い触手が蠢いている。
木炭の絨毯だと思っていた物が、赤黒く光り、熱をもって襲ってきた。触手の「根」は、外した動力部の後に入り込み、装置を起動させた。途端に、壊れた壁が復帰し、オレンジに輝く砦に囲まれ、俺達は閉じ込められた。
《これはいい機会だ。》
龍人を見る。倒れたままだったが、その上に、場違いにやけに白い煙が立ち上っていた。
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