3.ルーナ
「シレリアの祠」は、なだらかな西ルートの、三合目にある。このルートは、のどかなハイキングとキャンプコースだが、二合目に、一ヶ所だけ、やや急な勾配のある山道がある。そこからは、再び、なだらかな道だか、洞窟が近づくに連れて岩勝ちになり、歩きにくくなる。そこで三合目になり、洞窟の所在地になっていた。
しかし、前回も西ルートを進んだが、もっと歩きやすかった印象がある。同行したリオの説明によると、崖崩れで新たに開けた所から、ルート内にモンスターが出るようになったので、迂回ルートを引いたそうだ。西ルートには、もともと春先は僅かにモンスターが出たが、定期パトロールで掃討して、それで間に合っていた。しかし、新しい所から出てきたモンスターは、そこそこ強かった。冬に、東ルートの、麓の森に出るものよりは弱かったが、ガイドやレンジャーが簡単に倒せるレベルではなく、定期的にギルドメンバーを雇って片付けた。。ただ、もともと動きが鈍く、行動範囲も狭く、迂回ルートにまで入り込んでくる事は、滅多にないそうだ。
俺達は、今回は、西ルートぞいに設置された、転送装置を使った。リオの他は、ルーナと、彼女の保護者として、三番目の義兄ノイが同行した。ネイトが自分で行きたがったが、ノイが、山に慣れている自分が行く、と申し出た。彼は医師だが、趣味が登山だった。
意外な事に、ルーナの趣味も登山(もちろん、まだ本格的な物では無かったが。)だった。
彼女の護衛はハバンロとシェードに任せた。二人とも、防寒服を着て厚着だと、戦闘にもろに影響が出るタイプなので、今回は後方を任せる。俺は先頭のリオとノイの護衛、続いてファイス、グラナド、レイーラ、カッシー。ミルファは、ルーナ達と歩調を揃えて、最後に行く。
ルーナとハバンロが会話していたのが聞こえたが、ルーナは、キャビク島にいたのは、ほんの子供の頃だけで、両親が亡くなって(アレガノスを夫婦で旅行中に、山の事故で亡くなったそうだ)から、王都の、母方の伯母に引き取られた。最初は、母方の祖母も一緒に、王都に住んでいた。だが、祖母は病気になり、アレガノスで静養することになった。
ルーナは、アレガノスと王都を往復して暮らしていたが、彼女がアレガノスにいる時に、王都にクーデターが勃発した、その時、伯母は亡くなってしまった。
祖母も後を追うように亡くなった。そのため、伯母と親しかったシェラ夫人が、ルーナを引き取った。
ルースン(ルヴァン)は父親の兄で、小さい頃は同じ町に住む親戚なので、一家で親しくしていた。しかし、彼女が王都に越してからは、二回しか会っていなかった。最後の一回はアレガノスで、クーデターから半年以上経過した頃だ。養女になった事を知って、様子を見に来た、と言った。本当にそれだけで、自分の話は「アルトキャビクで、小さな会社を経営している」とだけ語った。養父母にも礼儀正しく挨拶し、義母の墓にも参り、「何かあったら連絡を」と言って、帰っていった。
イゼンシャ夫妻は、ルースンの件で、つい数週間前、国からの事情聴取に応じていた。これは、最近のルヴァンの訪問先であるからだが、養女のルーナが彼の身内と言うことは、報告内容からは除外されていた。無関係と判断して、担当の役人が、報告記載しなかったようだ。解っていれば、グラナドは、ここに来る前に、事前に知らされていただろう。
伏せても、大きな影響のある事ではないが、俺としては今一つ、すっきりしない。ただ、グラナドは、その事は気にした様子はなかった。
最後の転送装置から出ると、祠の入り口だった。リオが装置をチェックし、
「ここまで、無断使用された形跡はないようです。」
と言った。ノイが、
「相手は、転送魔法を使うんですよね?でも、夜で視界が悪いのに、目視でちょっとずつ進んでいるなら、僕らのほうが、先回りになったのでは?
土地勘もないんでしょう。」
と言った。グラナドが、これを聴いて、
「土地勘は無くても、名所なら地図で、前もって道を確認できる。まあ、それに…恐らく、以前、来たことがあるだろう。
透明な石は、祠の中で見つかったわけだから。」
と言った。リオは、
「それなんですが、装置もきちんと管理してて、奥に行くには、ガイドがいります。観光名所になったとは言え、エレメント監視のため、魔法官もいました。
この入り口の受付は、昼は人がいます。見物客に混じって、中に入るまでは出来たでしょうが、ガイドの目を盗んで、奥に入り込んだり、キャンプしたりなんて、出来るとは思えません。石は、外から持ち込まれたのでは。」
と語った。
山から戻らない客がいたら、宿の方でチェックも行っていると言う話だ。しかし、風のエレメントの強い土地だから、風の石の実験に選ばれたのだろう。外部から、の可能性も無いわけではないが。
ハバンロが、
「いや、どこにも、手引きする人間はいますぞ。お調べになった方がいいのでは。」
と言ったので、一瞬、リオの眉根が上がった。カッシーが、
「知らず知らずのうちに、手引きさせられていた、という例も多いわ。それか、アルハンシス当たりの宿屋に泊まっていた、とかね。」
と、さりげなく続けた。リオは、確かに、祠の入り口はいくつかあり、中には「死角」になっている部分もあるので、そういう手を使われたら、把握できない分もある、と答えていた。
祠の中は、夜なのでさぞ寒くて暗い、と思っていたが、予想よりはまだ暖かく、明るかった。暖かさは気象のせいだが、明るさは、「人工」の物だった。向こう側から、防寒服姿の人間が二人やってきたが、一人が照明魔法を掲げていたからだ。
「ああ、殿下。おいでになると思ってました。」
と飄々とした挨拶をしたのは、ルヴァンだった。照明魔法を使っているのは、彼より小柄な人物だ。ソーガスではない。片手に魔法、もう片手は、犬の手綱を引いていた。大型犬ではない。が、犬がいた、と言う話は聞いていなかったため、驚いた。
「伯父さん!」
と、ルーナが叫んだ。ルヴァンは、
「おや、ルーナ。久しぶり。」
と軽くいなし、再びグラナドに向かい、
「今日は戦いに来たんじゃないんですよ。探し物でしてね。」
と、右手を突きだし、手に握っているものを見せてきた。紐か鎖の先に、何かぶら下がっている。ペンダントのようだ。
見覚えがある。ソーガスのだ。中の開くタイプで、騎士が良く持っている。ソーガスは、亡くなった妻と娘の髪を入れていたはずだ。
ベルシレーの作戦で、俺も同じタイプのものを、グラナドから預かっていた。返すタイミングも無く、上着の内ポケットに入れてあった。透明な蓋のやつだが、ソーガスのは、金の蓋が着いていて、中は見えない。
「鎖が弱いんですよ。このクラスの細鎖は、切れ癖が着くと、継いでも弱くなるだけなんですが、取り替えようとしなくてねえ。鎖も思い出の一部なんでしょうが。」
軽い喋りに、なんだかいらっとしたものを感じたが、グラナドも同様だったらしく、
「だから、何だ。ペンダントを探しに来ただけだから、見逃してくれ、とでも言うつもりか?」
と冷たい口調になっていた。しかし、ルヴァンは相変わらずだった。
「さすが殿下、その通りです。悪い話じゃないと思いますよ。我々としても、その守護者の人か、そっちの銀髪の彼をお連れしたい所ですが、お互い、見逃すわけですから。」
シェードが、短く、「俺?」と言った。俺はともかく何故シェードが、と思ったが、問いかける暇なく、再びルーナが、ルヴァンに訴えかけた。
「伯父さん、もう、やめて、お願い、罪を償って。」
ルヴァンは、ルーナを真っ直ぐは見なかった。飛び出さないように、彼女を捉えたノイを見て、だが明らかにルーナに対して、言った。
「仲の悪い、田舎の子供達の言った与太話なんか、何時までも拘るもんじゃないよ。ルーナの父親は、私の弟のクリスン。関係者が殆どみな死んでしまって、証言が取れない所が辛いところだけど。
私は、あの頃は、ニアヘボルグには殆ど帰らなかったからね。帰っても街に自宅はあるし、灯台に泊まり込んだことはない。
計算が合わないのになあ、田舎の、良い家の女の子は、算数が苦手だから。まあ、あの子達は、読み書きも似たようなものだったけど。
とにかく、ルーナの父親は、大人しくて真面目な、私の弟のクリスン、他の男性は有り得ない。」
レイーラが、「え、どういう事」と小声で言った。
俺には、ルーナが、無理を言って着いてきた理由は、だいたい解った。同時に、ルヴァンが言いたいことも、理解できてしまった。
その同情が、一瞬、隙を作った。
ルヴァンが、一瞬、転送で俺たちに割って入り、ルーナの近くに犬を置いて、素早く彼女と交換し、また転送で元に戻った。犬は、急に吠えて、いきり立ち、リオとノイに噛みついた。俺は火の魔法を警戒して、水の盾を出した。犬はハバンロが押さえつけ、シェードはルヴァンを追いかけて、転送魔法を使う。ファイスも飛んだ。しかし、一瞬遅く、ルヴァンはルーナを残してシェードに押し付けると、火魔法使いを連れて、俺達を飛び越えて転送した。ミルファが、彼等が出た地点を、銃で攻撃した。一発は当たったようだが、逃げられてしまった。
カッシーか、灯りを灯しながら、
「してやられた、わね。」
と言ったが、その通りだ。
ルーナは無事、リオとノイは噛まれたが、防寒服が幸いして、怪我はなかった。犬はグラナドに、拘束魔法で縛ってもらい、ハバンロが担ぎ上げて連れ帰った。
急な狂暴化が気になるため、直ぐに調べたが、首筋にオリガライトが見つかった。取った途端に大人しくなったが、そのまま倒れて、死んでしまった。
釈然としない展開ではあるが、アリョンシャを残して、俺達は、次に向かうことになった。
出立前に、グラナドとアリョンシャと、三人で話した。グラナドは、アリョンシャに、イゼンシャ家の子供たちと、リオの身の回りを調べるように言った。
「ハバンロが、手引き、と言っていただろう?あんな祠の奥で、こっそり何かやるには、一定以上の、権限の有る者の協力がいる。
積極的に協力したとは限らないが。」
当然の事ながら、俺達は、この結果が出るまで、 待ってはいなかった。
今度は、オルタラ伯領に向かう。火の複合体の跡地、俺がホプラスに融合し、今に通じる全てが始まった場所だった。
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