4-07
わたしが友梨亜様の元に辿り着いたとき、友梨亜様は意識を取り戻されていました。
しかし、その顔には疲労と混乱とがないまぜになっているご様子です。
「終わりよ……もうなにもかも終わりよおおおおおっ!」
「……いい加減になさったら」
わたしはことさらに冷たい口調でそう告げました。
わたし自身、つい先ほど気がついたのですが、意識を集中することに関しては、ホンダさんの言うように必ずしもエロスが必要というわけではないようなのです。
わたしがホンダさんから触手の制御を奪ったときのように、はっきりとした想いがあればそれで事足りるのです。
「どうして……どうしてそんなに落ち着いていられるのよ!? わたくしたちはここで死んでしまうのよ!?」
「まだ、そうと決まったわけではありません」
たしかに、ホンダさんの言うように、性欲という本能に根ざした意思は固く、揺るぎないものなのでしょう。
でも、ホンダさんがシニカルにおっしゃられたほどには、地球人類も捨てたものではないのです。
「決まってるわよ! マイクはもう、わたくしの言うことなんて聞かなくなっちゃったのよ!」
友梨亜様は四肢を束縛された姿のまま、悲しく絶叫されます。
わたしにとっては、花園を守りたいという気持ちが鍵になりました。
では、友梨亜様にとっては――?
「言うことなら……聞かせればいいでしょう」
「……っ」
「情けない。気味の悪いゲルひとつ支配できずに、どうして何十万という人々の働くグループ企業を治められるのですか」
「……っ!」
友梨亜様の最も気高い感情――自立した存在でありたいという、友梨亜様の心の奥底から発する悲鳴にも似た魂の叫びこそが、この得体の知れない宇宙生物に打ち克ちうる想いなのだと思います。
だから――わたしは、たとえ後で恨まれたとしても、友梨亜様の想いを、煽って煽って煽りまくろうとしているのです……!
「グループの総帥になりたい? そんな大口は……このぶよぶよとした褐色のゲルを支配してみせてからおっしゃってくださいませ――ッ!」
「~~~~ッ!!」
わたしは両手両足を触手に変えて、友梨亜様を拘束するゲルを払いのけようとがむしゃらに振るいます。
が、わたしの振るった触手は異様に固い感触に弾かれてしまいました。
マイク・マクドナルドなき今、このぶよぶよとした褐色のゲルの核となっているのは他ならぬ友梨亜様です。
ゲルは残された力を振り絞って核を守ろうとしているのでしょう。
「どうなされたのですか、友梨亜様! それでも我らが花園の誇る四君ですか! 四君筆頭と目される白百合の君は一体どこへ行ってしまわれたのですか! この程度の宇宙生物ごときにいいようにされる方を、わたしは友と仰いでいたのですか!」
ぶよぶよとした褐色のゲルは先ほどの一斉射で大きなダメージを負っていますが、わたしの方もつぐみさんから補給していただいたエネルギーが尽きかけています。
それでも、残る力を振り絞って触手を振るい、友梨亜様に呼びかけ続けます。
宇宙生物を相手に何を甘いことを……と思われるかもしれませんが、それでもわたしは友梨亜様の高貴な魂を信じているのです。
「お父様の会社でインターンされたそうですね! 周囲との軋轢に苦しめられながらも、気高くふるまわれ、きちんと仕事をこなされたあなたに、味方する人だっていたではないですか! それなのに何ですか! ぶよぶよとした褐色のゲルがごとき宇宙生物に魅入られて、利用するつもりで利用されていただなんて、笑い話にもなりません! そんな程度でわたしに『君』としての自覚を説いていらしたなんて、おかしい以前に滑稽ですね! わたしの弟が、『青百合の君』になったら、などとふざけたことを申していたのですが、この際、本当にそうさせてもらった方がよいのかもしれません! ゲルごときに負ける『白百合の君』なんてお取りつぶしです! 花園の乙女たちの模範たりえないではないですか! 四君は
さあ、悔しかったら、あなたらしいことをしてみせたらどうなのです! セント・フローリアの白百合――聖華仙友梨亜の真価を、わたしが見極めてさしあげます――!」
「あ、あ、あああああああああ――ッ!!」
友梨亜様が言葉にならない声を上げられます。
それは絶叫とも悲鳴とも怒りの声ともとれるものでした。
友梨亜様のご実家も大変なご環境だったようですが、これほどまでに露骨に悪罵され、嘲弄されたご経験はなかったのではないでしょうか。
あたりに、沈黙が落ちました。
ゲルスターは負った痛手から立ち直ろうと、いっそけなげとすら言えそうな努力を重ねています。
そしてやがて、その努力は実を結んでしまうのです。そうなれば、力を出し尽くしてしまったわたしとホンダさんにはもはや、ゲルスターの暴走を止めることはできないのです。
ですが――
「……言って、くれるわね……青薔薇の君」
そうつぶやいた友梨亜様の顔は憔悴しきっていましたが、目には――目にだけは、爛々たる光が宿っていました。
「わたくしを弄び……わたくしの愛する花園をこんなにしてくれて……わたくし、このぶよぶよとした褐色のゲルを絶対に赦しませんわ……!」
力強く断言された友梨亜様のお言葉に、わたしは勝利を確信したのです――。
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