(2)


「めっちゃ今更やけど、騎士イボンヌさん、宗教的に食べられへんものとかあるかね。豚はダメとか、牛はダメとか四ツ足はダメとか、海のものは鱗がある魚しかダメとか、親子関係にある食材はダメとか。」


「?…イザベッラだが!あぁ、地方の土俗ではそういうのもあるな。我らにはそういう戒律はない。強いていえば、豚は非推奨だな。牛や羊と違って役に立たないし、よく焼かねばならんから燃料の無駄でもある。だが、敵地の豚を敵地の家財で焼いて食うのは勇者の権利とも言われているので気にすることはない。なんだ、豚肉を使うのか?」


な顔をせんといてくれるか。やっぱり、まるきりの野菜汁よりは肉を入れたほうがヨランタさんのための滋養があるしな。

 今から作る料理は、もともとはクジラ肉を使うモンやけど、それはその時代に安い獣肉がクジラだったってわけで、今は安い肉として豚肉に取って代わられてるわけ。ストレートな意味ではやっぱり豚の脂が旨いのよ。」


「クジラ?あの、海の、おおきな?」

「イボンヌ、マーチンが言うことは話半分で流さないと、ついていけないよ?神の世界の住人だからね。」

「イボンヌではない、イザベッラだ!


…うむ、まずは出されたものからいただこうではないか。神よ、あなたに祝福されたこの糧をもって我らの心身をも祝福したまえ。輝ける聖典のように。…いただきます。」



「うーん、熱燗が沁みる! マーチン、これ、なんていうお酒?」


「それは京都の水菜に合わせて、伏見の〝玉乃光 酒魂〟。伏見の酒は歴史があるぶん流行りの地酒のフルーティーさは薄いけども、そのぶん、吟醸を熱燗にしても澄んだきれいなテイストになるんよ。

 イボ…ザベラさんは、どや。合わへんかったら別のんも出せるけど。」



「待て、もう少し味わわせろ。いや、これは旨い。私はホットワインに混ぜものをするのも良いことと思わなかったのだが、のワインをそのまま温めても微妙でな。この酒は温めても旨いのだな。あぁ、温まる。体が程よくほぐれる…

 葉物と小魚も、よく酒に合って旨いが、この、この……何だ?これも、とても旨いな。これは、何だ?」


「それは切り干し大根。その葉っぱの根っこの根菜を干したものをお揚げさんと人参と炊いたん。おからさんは、大豆の食物繊維を取り出して味付けしたミラクル健康食。味は似た感じでも、それぞれ違って面白かろう。」


「うむ、素朴な味わいだが、それだけではない豊かさがある。」


「お砂糖入れてるしね。「砂糖だと!」 本来、という意味なら白砂糖か黒砂糖か、どっちなんやろ。いつもは白砂糖やけど、今日のは試しに黒砂糖を使ってみてる。コクがあるとも濁ってるともいえるな。俺の好みなら、普通に白砂糖にしとけばよかった。


 そしたら、こちらがメイン料理。まず、大豆からおからさんと別れてできたお豆腐。これを、お出汁が出たお鍋に投入する。そして、豚バラ肉も投入、アクが出たら取る。

 で、水菜を山盛り入れる。上の方が蒸し煮になるほどに盛ったら蓋する。もうちょっと熱したら、これだけで完成。テーブルに移動して、みんなで食べよう。」



 マーチンが騎士を煙に巻いて地味に喜びながら、テーブルに怪しい台カセットコンロを設置して、その台にはいささか不釣り合いな大ぶりの土鍋を乗せる。


「この9号サイズ土鍋にもなるとなっかなか気に入るデザインがなくてな。俺もカッコええスッポン屋のんみたいな鍋がほしい!」


 イボンヌは私をテーブル席に運びながら返事に苦慮してるけれど、

「マーチンのアレは、別に答えを期待してるわけじゃないから相槌打つだけでいいのよぅ。」


「なんと、面倒な男だな。だが、小手調べの料理でさえあれほどの美味で、なおかつ本人が認めようが認めまいが、使徒だ。私がなんとかしてやらねばな ♡」


「ふっ、ふざっ、くっ、なんでそうなンだゆっ!」


「あー、ホラ暴れるな、落とすぞ。お前は腰が割れても自分で直せるんだろ、大したものだな、ひとりで好きなように生きていけばいいさ。」


「ぅー!ーーー!ーー!」



「やぁかまし。何をたえてんのか知らんけど、喰おうぜ。ここからは俺も飲む!」


 なにやらぬらり・・・とした地味な陶器の盃を目の高さに持ち上げて「乾杯」と一言。

 言われてみれば、私たちの文化にももちろん乾杯の習慣はあるけれども、なんとなくひとりで勝手にやってるのが癖になってて今まで思いつかなかった。慌てて、自分もイボンヌも乾杯に応える。


 後で聞いたところでは、この時のマーチンの酒器は〝丹波焼タンバヤキ〟らしい。らしいが、どういう特徴なのかは聞いてもよくわからなかった。

 ざらりとした焦げ茶のむやむやした質感が不思議にぬめりを帯びて見える。質朴、清貧でお酒が立てる湯気がよく似合う。さすが、マーチンに似合う趣味の良さだね。

 地味、ともいうかも。



 怪しい台カセットコンロがカチリと鳴くと、青い火がついた。

 この仕掛けは私も初めて見た。イボンヌもビックリして、火を覗き込んでる。口が半開きで、意外に子供っぽい所作にちょっとだけ好感度が上がるけれども、私は認めないよ。この女は凶暴なクソだ。


 お鍋がフツフツと音を立て始めたところで、マーチンが重たげな蓋をとる。モワりと湯気が上がって、たまらなく甘辛いお出汁の香りが満ちる。食べる前から「おかわり」と叫びたくなる幸せの景色だ。


「これが〝ハリハリ鍋〟。水菜が針みたいにハリハリしてるから。シャープでシンプル、スピード勝負の鍋。」


 グラグラ煮えたお鍋には鮮やかな緑の水菜の草原。かき分けると、真っ白なお豆腐と薄切りの豚肉。豚肉は、半透明の脂身の縞模様も細工物のように美しいバラ肉。マーチンがお玉でそれぞれに取り分けていく。

 食事の分配は本来、上位者の役目。マーチンに戦闘力はないけれど、自然に、彼がこの場をリードしていることは騎士様さえ認めざるを得ない。



「お好みで七味かポン酢をかけてもOK。七味は柚子入りで調合してるお稲荷さんとこのトンガラシ屋さんのスペシャル版。じゃ、いただきましょう。」


 お鍋の水菜は、以前の白菜などの煮込まれたものと違ってシャッキリした歯触り、新鮮そのものの生命の味わい。あっさりしているけど、ほのかな苦味に豚脂の甘味をまとって限りない滋養を感じさせてくれる。お豆腐の熱も、しっかり体を温めて汗が出るほど。

 隣席の騎士も長身を震わせている、と思ったら泣いている。鬱陶うっとうしいわぁ。



 ひとつのテーブル、ひとつの鍋を囲んで、敵と味方と私であったかい料理とお酒をいただく不思議空間。人によってはこれを平和な世界と見るかもしれない。

 風景としては、私は手足が不自由な状態なのでイボンヌが甲斐甲斐しく、ひと匙ずつ口元まで運んでくれている。今だけ見れば彼女は親切なお姉さんだ。しかし私の体を破壊したのも彼女とその部下たち。



「ア、レ、は、引いたわぁー。イボ…ザベラさん、意味がわからんとは言わんが、この先もうちょっとやり方変えていかれへんかね。」


「それは、マーチン殿が使徒として表舞台にお立ちになれば、明日にでも。しかしお望みではないのだろう。このヨランタが妻というわけでもないのでは、なかなか、どうにも。

 …ならばどうだマーチン殿。私の夫になれば、世に隠れながら私を介して様々にご意思を表明できるぞ!」

「こらイボンヌっあ、あつっ、おトフっ!むが、も、あちっ!」


「ヨランタ、私に含むところがあるのはわかるが、どうして私がイヴォンヌなんだ。国中のイヴォンヌ嬢に謝れ。イザベッラだ。」


「ホンマ、流れるように拷問に移るなぁ。煮えたお豆腐刑はアカンって。あんまり怖いんで、いまの申し出は身に余る光栄すぎてムリ。」


「いやマーチン殿、これは違う! ヨランタ、魔法の冷水だ。人は水と霊に依りて歩むものなれば今ここに神界人界の水をあらしめ給え、წმინდა წყალი!」


 ザバザバ、ガババゴボボボムゴ、ゲフンゲフン、熱い豆腐で息を詰めさせたところに水責めとは、イボンヌ、真性のサディストであることよ。死んだら生き返れないんだぞ、マーチン、この女にもっと言ってやって!



「あぁーもう水浸し。えぇわ、後でなんとかするさかい、イザベラさんは食べちゃってて。ヨランタさんは…またテーブルクロス着といて。ほらグルグル巻き。右手一本で濡れた服脱げるか?」


「えー、難しいことを。いいよやってみるよ。」

「重ね重ね面目ないマーチン殿。お詫びに、そうだ、店の客を千人に増やしたいんだろう。聖堂関係者に話して、客として来させよう。3日で千人、1万人も遠からず達成できよう!」


「御免こうむる! 何ということを。どんだけ働けっちゅうねん。」


「店が、客に来られたくないとは如何いかに? 手が足りないのなら私も手伝おう! ヨランタは、…何もしなくていいぞ。これは、忙しくなってきたな!」


「「勘弁して!」」




🍶






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