挿話: コロッケ と 鬼ころし


「酒ー! 酒をもって来ー! さーけー! しゃー!けー!」


 めっきり夜が早くなった魔都に騒がしい女の声が響く。ヨランタである。

 昨日、10日にわたるプチ断食から上がってきたときには見違えるような神仙的オーラを纏っていたというのに、たった1日でこのザマだ。


 何があったの、話を聞こうか。元気を出しなよ。そんな優しい言葉をかけてあげる人物は、この世に居ないではないが、この中にはいない。


うたやろ、アホに出す酒とマトモな人に出す酒は違うの。一昔前の映画、何やったっけ、ラストサムクルーズみたいに叫びやがって。

 今のキミに出せる酒は、これや。日本盛の鬼ころし。紙パックからストローで飲むがいい。」


「おぉっ? これは、なんとも大胆な。〝デーモンスレイヤー〟景気がいい名前じゃないの。私だって、レッサーとはいえデーモン退治御一行の一員だものね。

 ところでこれは、どうやって飲むの? …ここを、こう…

 おお! なるほど、携行タイプなのね。これはいいわ。もぅ、マーチンったら何だかんだ言いながら出してくれるんだから、優しいなぁ。じゃあ、いただきます!

……

 ……ごめんなさい、いつもみたいな吟醸酒をください…」


「ダメ。おかわりは清洲城信長の鬼ころしね。反省の弁があったら、聞こうか。」




 コトは、瞑想の帰り道での思いつきから始まる。

 ひょっとして、服なら、日本のものをこちらに持ち込めるんじゃないか。なぜなら、マーチンはニホンの服のままで店の外に出て掃除していたし、私もこちらの服のまま日本に遊びに行けたからだ。


 このヒラメキ自体は、マーチンも「なるほどなー」と感心したものだし、試しに出町商店街でおばちゃんに買ってもらったピンクのフリフリ帽子(申し訳ないが気に入ってなかった!)を装備して店の表に出てみたら、すんなり通っちゃった。

 すっかり嬉しくなったので、おしゃれ着一式を装備して、街へ見せびらかしに。


 冒険者仲間じゃ見せ甲斐がない。アイツラは鎧兜しか興味がない。かといって、ジグの彼女たちに見せるのも、自分の感覚に自信がない。まずは、カタギ市場で調査だ。

 追われる身ではあるけど、たぶん大丈夫さ。

 と、いうことで朝の混雑がある程度引けた市場をランウェイにして新奇な衣装で歩いてみた。若干子供っぽくもある服装は足とか肩とか出ていてちょっと、いやだいぶん寒いけど、反応は上々。皆がぽかんと口を開けて私に見惚れる。き、気持ちいい!

 でも、これ、服、売れるんじゃない?服だからいろんなサイズを仕入れる必要があるけど。だったら、布地だけでも。布! そりゃいいや桃缶なんかより大儲けだぞ!



 そう思った瞬間、空がひび割れた。その割れ目の闇の中からいつか聞いた、少年とも少女ともつかない不思議な声が響く。


「それは許さぬ。彼の世の美食でこの世界の文化に刺激を与える試みではあったが、まさか現地人が悪用してこの世の繊維産業に打撃を与えようと企むとは、邪悪!

 衣服に関しては手落ちであった。今後、ヨランタにはこの例外を認めぬものとする……」


 声が遠のき、空がいつもの姿に戻るとともに、市場は混乱に包まれた。逃げる者、天にひれ伏し拝む者、わけもわからずただ叫ぶ者……。気がつけば私は着ていた衣服が消え失せていてまる裸で、警備の僧兵に追われるハメになっていた。



「と、いうわけですよ。」

「それで、ヨランタには〝神から名指しで神罰を受けし者〟という前代未聞の称号を得たわけだ。わかってんのかお前。」


 横から毒づいたのは、ちょいちょいお世話になってるパーティーリーダーのユリアン。かくまってもらったのは感謝してるさ。でもその間、美女の裸身を堪能したんだからおあいこよぅ。


「何が美女だ、ちんちくりんのくせに。」

「だーから、ヨランタさんは自分が心配されてるのを理解しなさい。泣いて落ち込まれるより対処がしやすいのんはええけど。」


「えっ、マーチン、心配してくれてるの?」


「キミが重罪で処されて、俺まで何かの罪をひっかぶることになったらどうすんの。」


「そうはならないよう気をつけてるよ。……わかりましたあー、反省しますうー!」




 ダメではない、ダメじゃあないけど圧倒的にコレじゃないお酒をチュウーっとストローで飲む。

「このお酒に合う食べ物はっ!?」


「えーっ、そういえば、それに食中酒のイメージがないなぁ。うーん、んー。冷凍コロッケでええか。」


「冷凍?なんだか凄そう。」


「いや、なにも凄くは…んー、技術としては凄いか。コロッケは、おいしいことは間違いないのにどうもチープ感が拭えなくて、手作りするには手間・労力と割が合わないのが困ったところでね。まぁ、庶民派チープグルメの代表選手くらいに思っといて。」



 キッチンの奥からピーという音がして、出てきたものは楕円形のフライもの。中身は、ジャガイモだ! マーチン、ジャガイモ好きだねぇ。おいしいから私も好きだけど。

 表面の衣がサクッとして、中身はホクッとして油気も味の濃さもじゅうぶんで、完璧だ。これが、さっきの今で完成して卓に並んでいるのが信じられない。まぁ、それ含めて高級品な感じではないわね。

 安いお酒との相性もいい。ちょっとは気分が救われた。


 でも、やっぱりコレじゃない。

 そう思わない? ユリアン。


「俺は知らんぜ。旨いものに慣れすぎると死地での勘が薄れる、気がする、俺は。」

 なんて言いながら隣の大男は生ビールで鶏の唐揚げ(胸肉)に舌鼓を打っている。彼は前回の酔態を不必要なほど気にしていて、日本酒には手をつけようとしない。もったいない。鶏唐も、奴は「肉は硬いほうが落ち着く」と胸肉派。

 この男は最初いそいそとヤキトリを注文して「炭火の用意がないので今日は無理」と言われた時に泣きそうな目をしていた。意外にかわいいところがある。幼少時はきっと泣き虫少年だったに違いない。


 それにしても、うーん、いまいち割り切れない気分。私ってわがままなのかしら。わがままって、ダメ? そんなに酷いこと言ってるかな。繊維産業に打撃って、なんだっていうのよ。さっぱりわからない。誰が死んでも死にかけても何もしない神様がわざわざ出張でばってくるほどのこと? むかつくわぁ。




「〝鬼ころし〟って名は固有ブランドじゃなくて、大辛口の安酒の一般名詞でね、日本中のいろんな酒造会社がそういう紙パック酒を作ってる。」


 あ、マーチンのお酒うんちく。しょうがない、気分転換に聞いてあげよう。


「その側面に原材料の表記があるやろ。米、米こうじ、水。で、作るのが本来の日本酒。鬼ころしやと米も(米国産)やから、酒米どころかどんな米を使うてるのさえわからん。

 それから、醸造アルコール。これに関してはややこしくなるからパス。良いものでもないが悪いものではない。で、最後に入ってる、糖類・酸味料。これが日本酒世界の闇でな。」


「ちょっと、飲んでる間にそういうこと言わないでくれる?」


「いや、必要なことよ? かつて日本が貧しく何も物がなくて酒は贅沢品だった頃、つつましい大衆にすこしでもお手軽にアルコール飲料を届けようという努力で作られた、味は二の次三の次の〝合成酒〟の名残。

 さすがに鬼ころしは合成酒よりはちょっとマシやけど、似たレベルの〝努力〟で無理やり味を作って、お安く出来てるの。キミらの銀貨1枚なら100パック買えるくらい。」


 そんなに。安いエールと同じくらい安値で、あの酸っぱくて水っぽくて色々浮かんだり沈んだりしてるエールよりずっとマシでしかも強い。なるほど、出回らせたらその辺の酒場は潰れちゃうね。

 そうか、ニホンの布を売ったら街中の布屋さんを征服できるね。ふーん、あの神様野郎はそれが気に食わなかったわけだ。不特定多数の不幸に対しては事前に釘を差すんだ。むかつくわぁ。



「もう、そんな世の中やないんやからこんなん作るの止めたらいいのに、これはこれで根強いファンがいるから止められてなくて、しかし、この存在が日本での日本酒のイメージを悪くしてる。困ったこっちゃ。」


 マーチンはマイペースに語りたいことを語っている。楽しそうだから邪魔しちゃ悪いな。

 でも、日本酒の闇と言われればこのパック酒にも親しみを覚える。私も回復術師の闇だし。光あるところ闇あり。パック酒だって手元不如意なお酒好きには闇でありつつ光でもある。お仲間だ、一緒に頑張ろうね。


 あ、空になった。次のお酒をください。


「お、次はちょっとレベル上げて、ワンカップ大関も飲んでみようか。」


 それは、親近感とかそういう問題じゃあない。

「お願いします! お金はありますからもっといいのをください!」




🍶



今回は「小ネタ」として今回・次回をまとめるつもりでしたが、次回が長くなってしまいました。

ので、今回が挿話、次回が通常の2話構成として明日も続けます。

そろそろ話を進めようと思いつつ、年末が迫るのでどの辺でどうしようかと考え中。難しいものです。






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