第51話 ビフォーアフター
「……」
呪術により、自分自身を呪い始めてから何日間か経過した。
『サードアイ』で自身の顔を見ると、頬がげっそりと痩けて目元には深い隈ができ、骸骨を彷彿とさせるほどすっかり
呪い自体が己の心身を攻撃するという性質を持つせいか、食事が喉を通らないんだ。口に入るのはそれこそ水くらいだ。そのため、飲食代も全て呪術のためにつぎ込んでいる。まあいざというときには食材変換もあるしな。死にはしない……。
「坊や、大分いい顔になってきたねえ。ゾクッとするよ」
「……そりゃどうも」
呪術師の婆さんによれば、夢の中の自分を呪う方法が最も効果的だというので、それを試した甲斐もあるんだろう。
さて、『レインボーグラス』で魔力がどれくらい下がったか確認してみるか。
名前:ルード・グラスデン
性別:男
年齢:15
魔力レベル:5.0
スキル:【錬金術】
テクニック:『マテリアルチェンジ』『レインボーグラス』『ホーリーキャンドル』『クローキング』『マンホールポータル』『インヴィジブルブレイド』『スリーパー』『ランダムウォーター』『サードアイ』『トゥルーマウス』『クリーンアップ』『デンジャーゾーン』
死亡フラグ:『呪術のみに頼る』
従魔:キラ(キラーアント)、ウッド(デーモンウッド)、シルル(アパリション)
「ん……?」
魔力レベルが一切下がっていないことに驚く。まさか、まったく効果がなかったのか……と思いきや、なんと死亡フラグが復活していた。なんか以前のものとは微妙に違ってるが。
「面食らった顔してるね、坊や。自分の情報でも閲覧したのかい? そんなに心配しなくても充分下がってるよ。魔力の純度がね。これに関しちゃ、どうしたって目に見えないもんだからねえ」
「純度……」
そうか。俺は今まで魔力のレベルじゃなく、純度を下げていたのか。魔力レベルが5だから、その分純度も高くて呪いが通じない状態だったと考えると合点がいく。実際に死亡フラグも復活していたことから、占い師の言葉は信用に値するものだった。
これも、自分自身を呪うのに夢中になったおかげだ。呪い続けたことによって時空がいい具合に捻れてくれたんだろう。
「じゃあ、呪術師さん。これで俺も呪いが本格的に使えるようになるだろうか……?」
「……そうだねえ。ま、これくらいならギリギリいけるんじゃないか」
「それならよかった……」
「というかねえ……あたしゃ、こう見えても本職は占い師なのに呪術師呼ばわりだなんて、随分と人聞きの悪い坊やだね。本格的な呪術を使う前にこんなんじゃ、闇落ちする日もそう遠くないだろうさ。ウヒヒッ」
「……」
闇落ち、か。呪いによるリスクなんてわかりきっていたので、最早そんなことはどうでもいい。これでようやく、アイラを救うための呪術を使えるようになるんだからな。
さあ、今すぐにでも俺の心を代償にして、アイラの呪いを解いてほしいと毎日願い続けるとしよう……。
あれからまた数日が経過した。俺が呪術に頼り、呪いを消してくれと懇願したためか、アイラの容体は日に日に改善し、遂には寛解しようとしていた。これにはカーダ氏も信じられない、奇跡だと零していたほどだ。
彼ほどの有能な人物なら、俺が呪術に頼っていることも既に看破している可能性もある。
だが、呪術というのはあくまでも禁忌であり、王室と関係の深い俺がそれをやっているなんていうのは口が裂けても言えなかったんだろう。下手したら彼まで罪に問われるわけだからな。知っていても知らない振りをしていたほうが賢明だ。
「ご主人ちゃま、大丈夫なにょ?」
「ご主人しゃま、沢山食べなきゃダメでしゅ……」
「……キラ、ウッド、俺のことなら平気だ。なあに、死にはしない」
俺はキラとウッドの頭をなるべく優しく撫でてやる。アイラは悪夢にも魘されなくなったということで、二人を元に戻しておいたんだ。もう心配はないとお墨付きを貰ったこともあり、カーダ氏もシルルも『マンホールポータル』で王城へと丁重に送っておいた。
「……」
静かに寝息を立てるアイラの姿を俺は遠目に見つめる。
アイラ……今まで呪いに耐えてくれてありがとう。生きてくれてありがとう。それだけ丈夫な体があったおかげだ。覚えているか? 俺と一緒に、毎日のようにヨーク様の祠で修行した甲斐があったな。
呪いに手を出した以上、俺の心はいずれ蝕まれて悪に染まるだろう。だから、今のうちに君に感謝しておかないとな。本分の悪役貴族として討たれるとしても構わない。アイラがこの世にいないなら、死亡フラグを回避できてもなんの意味もないからだ。
最近じゃもう、アイラを除いて人の姿が魔物に見えてしまうときもある。そろそろお別れのようだ。
アイラ……死亡フラグの件もあるし、俺が闇落ちしたときに備えて一応手は打ってある。だが、もしものことがあったら俺のことはすっぱり忘れて、他の誰かと幸せになってくれ……。
◆◇◆
「――はっ……」
グラスデン家の令息ルードの自室にて、メイドのアイラが目覚める。
「……お、おぉっ、アイラ、とうとう起きたか!」
「アイラママッ!」
「アイラみゃみゃ……!」
「……侍従様、キラちゃん、ウッドちゃん……。私、どれくらい眠っていたんでしょうか……?」
「うむ。七日くらいだろうか……」
「そっ、そんなに……。でも、こうして治ったということは、どなたかが私の呪いを解いてくださったのですか?」
「……」
アイラの言葉を皮切りにして、ロゼリアの顔色が一気に曇り始める。
「侍従様……? ま、まさか……」
「……あ、あぁ、そのまさかだ。ルードが……うっ……アイラのためにと、呪術に頼ってしまったのだ……」
「そ、そんな……! どうして止めてくださらなかったのです……!?」
「……止めようとはしたのだが、どうしてもできなかった。ルードの覚悟がそれだけ大きかったのだ。すまぬ……」
それからまもなくの出来事だった。一人の人物が部屋を訪れたことで、アイラの物憂げな顔が一転して明るくなる。
「ルード様!」
「……なんだ。疫病神がようやくお目覚めになったか」
「ル、ルード、様……?」
別人の如く瘦せ細った体に加え、抉るかのようなその鋭い目を見て、アイラは思わず息を呑んだ。
「フンッ……アイラとかいったか。病気が治ったのなら、とっととここから出て行くことだな。ここは俺の部屋だ。覚えておけ」
「はい……」
「ルードよ。そのような棘のある言い方はないであろう。折角アイラが目覚めたというのに――ぶはっ!?」
ルードから頬を打たれて派手に倒れ込むロゼリア。アイラと従魔たちが血相を変えてその間に立つ。
「おやめください!」
「やめちぇ!」
「やめてくだしゃい!」
「……チッ。どいつもこいつも、本当に鬱陶しい蠅どもだ。相手にするのも面倒だし、次に戻ってくるまで猶予を与えてやるが、次は殺してでも必ず追い払ってやるからな。覚悟しておけ!」
ルードが忌々しそうに口元を引き攣らせると、扉を強く閉めて部屋を出て行く。
「……ル、ルード様、あんなに優しかった方が……ひっく……。こうなったのも、私のせいです……何もかも、全部……」
アイラがその場に座り込んで両手で顔を覆うと、キラとウッドが心配そうに彼女に寄り添って来た。
「アイラママ、元気だちて?」
「アイラみゃみゃ、心配でし……」
「……キラちゃん、ウッドちゃん。ごめんね。こんなときにこそ、私がしっかりしないといけないのに。ねえ、侍従様――」
「――はぁ、はぁ……氷のように冷たいルードも最高だ……」
「んもう、侍従様ったら……」
頬を赤く腫らしながらも恍惚とした様子のロゼリアを見て、アイラは呆れ顔で首を嫌々と振るのだった。
(私はあんな冷酷なルード様は絶対に認めません。必ず元に戻して差し上げます。ルード様、どうか待っていてくださいね……)
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