Page8 少しだけ素直に

「……っ! うー……」

 涙目になりながらうめき声を上げるかえで。

 先ほどの鳴き声と相まって、今のかえでは猫みたいだな。


「すまんすまん。すこしからかいすぎたな」

 俺が謝ると、かえではぷくぅーと両頬を膨らませてこちらに戻ってきた。


「ん!」

 隣に座って、俺の方に頭を突き出すかえで。

 これはつまり、「悪いと思ってるなら頭を撫でろ」と、そう言いたいのだろう。


「はいはい」

 かえでのご希望通り、俺は頭を撫でることにした。


「ふへへ~」

 その顔に笑顔が戻った。どうやら機嫌が直ったみたいだ。

 ……かえでさん、チョロくない?


 とはいえ。

(ふくれっ面のかえでもかわいいけど、それでもやっぱり笑顔のほうが似合ってるな)

 そんなことを考えつつ、俺はかえでを撫で続ける。


「ね、みっくん」

「なんだよ?」

「わたしのこと、ホントにかわいいって思ってる?」

 どこか不安そうな表情を滲ませつつ、かえではそんなことを訊いてきた。


 相変わらずかえでは表情をコロコロと変える。

 どの表情も魅力的で、かわいい。


 もちろん先ほどの「かわいい」は俺の本音だけど、からかい混じりだったことも否めない。

 しかしかえでは、あまり「かわいい」という言葉を口にしない俺からのそれを、からかい百パーセントと捉えたのだろう。


 だから、一度機嫌を直したものの、それは動揺を拭い去るためのもので、不安を拭いきることはできなかったのか。


 だとしたら、本当に悪いことをした。

 けれど、ここで謝るのは少し違う気がする。

 だから。


「ああ。俺はかえでを、ほんとにかわいいと思ってるよ」

 努めて優しい口調で、顔にはできる限りの微笑みをたたえて、俺はかえでにそう言って、少し強めに頭を撫でた。


「んん……。そっか。なら、よかった」

 かえではそう言って、くすぐったそうに笑った。

 少しは不安を取り除けたかな。

 これを期に、少しだけ素直になろう。


「…………すまんな」

 声になるかならないか、本当に小さな声でそう、独り言ちた。

 何に対する謝罪なのかは、今はまだ、自分の中にしまっておこう。


「ん? 何か言った?」

 それでも、ぼそっと俺の声が聞こえたのだろう。かえでが聞いてきた。


「いや。なんでもねえ」

「そっか」

 そこで、俺とかえでは一息入れる。

 お茶は冷めてしまったけれど、心の奥にあたたかいものが揺らめいているのを俺は感じた。


「……わたしの方こそ、なんかごめんね?」

「?」

 かえでの謝罪の意図が読めない。なにか、謝るようなことしたっけ?


「ほら、みっくんのことを『かわいい』って」

「ああ、そゆこと」

 確かに、俺はあのとき、急に「かわいい」なんて言われたから驚いてお茶を吹き出してしまった。

 最初は驚きこそしたが、別に怒っているわけではない。


「別に良いよ。俺も怒ったわけじゃなくて、ただ、びっくりしただけだからさ」

「ホント?」

「ああ」

「そっか。……うん。なら、よかった」

 そして再び、かえでに笑顔が戻ってくる。

 ケンカと言うほどのケンカじゃなかったけど、それでもこうして互いに謝って、仲直りして、笑い合う。


 その後は特に何もなく、俺の母からかえでへの依頼の件について軽く打ち合わせをして、「そろそろ帰るね」というかえでに念のためうちの合鍵を渡しておいた。


 かえでの帰宅を見届けた後、風呂に入って自室に戻った。

 時刻は午後九時丁度。

 少しだけ勉強しようと机に向かったが、積まれたラノベの山が目に入り、先にそちらを消化することにした。

 まったりとチルい音楽を聴きながらラノベを読む。


 日付が変わる前に一冊読み終わり、今日は寝ることにした。

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