手のひら
「さあ、さあ、めったにそう言うもんじゃありません。今日はもうお休みなさい」
そう言って、内藤は私の額に手を置いた。その手はあたたかな熱をたたえている。そう言われて手を置かれては、私はなすすべもなくその言葉に従ってしまいそうになる。
「いやだ。寝るもんか。だいたい内藤はお節介だ。いつも、そうやって話をはぐらかすのだ」
私は心持ち背をのけぞらせて、内藤に向かって言い放ってみせた。内藤は笑っている。
「坊ちゃんは、本当にまっすぐでございますね」
そう言って、ふいとその手は私の額から離れた。
私はなにか惜しいことをした気持ちになって、眉をくもらせた。
「知るもんか。知るもんか。内藤は一生そこにそうしていればいいのだ」
私は無性に寂しくなって、そう駄々をこねた。
「ええいますとも。あなたの、内藤ですからね。しかし、そろそろお時間のようです。それでは」
内藤は服を整え、たたずまいを直した。
「坊ちゃん、ごきげんよう」
目が覚めると、日は高くのぼっていた。知らぬ間に、寝過ごしてしまったらしい。
急いで着替えて、外出の準備をする。今日に限って目覚ましも鳴らなかったようだ。
「なんだろう」
準備をしながら、私は独り言をつぶやいた。
「なにか、ひどくなつかしい人に会った気がする」
その独り言は、誰に聞かれるでもなく部屋の中に消えていった。
窓の外では、春を告げる子供の遊び声が、どこからか聞こえていた。
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