第12話

 閑散とした校門を抜けて、昇降口に入る。

 ここにも活気は宿っていない。学校の姿をした別世界に飛ばされてしまったのでは……と思うほどに。

 隣に立つ檸檬を見て、これは現実だと理解する。


 「わー、すごいね。遅刻したらこんなにも静かなもんなんだねぇ」


 檸檬は感心するように周囲を見渡し、こくこくと頷く。これを違和感として受け取らず、物珍しいというように思える感性が羨ましい。


 「ん、なに? 顔になにかついてる?」


 人差し指を頬に当てて、首を傾げる。


 「いいや、なんにも」

 「ふぅん……そう?」


 不思議そうな顔はしているが、それ以上深堀してくることはなかった。




 遅れてくると目立つ。そりゃもうすごい。語彙力がなくなるほどにすごい。頭が真っ白になる。あんなに一気に視線を集める機会は普通に生きていたらそう多くない。アイドルとか、お笑い芸人とか、これの何倍もの人に見られる。そう思うと、あの人たちの精神力はただものじゃないなって思う。どうなっているんだろうか、本当に。


 「遅刻でーす」


 隣で檸檬はピースサインを見せる。

 なんだそれ。

 でもそのおかげで視線は一気に檸檬へと移る。


 担任が一言、二言声をかけ、私たちは自分の席へと向かう。なんて言っていたのかはわからない。覚えているほど余裕はなかった。






 時の流れは早い。

 朝だと思っていたら、昼になり、もう昼になったのかと思えば、放課後を迎える。


 ぼーっと周囲を見渡す。

 授業という拘束から解き放たれた生徒たちは各々自由を堪能する。

 テニスラケットケースを肩にかけて教室を飛び出す者がいる一方で、特定の席に集まってガハハ、ワハハと笑う人もいる。人それぞれ。まぁ色んな人がいるよなぁとぼんやり眺める。


 そして教室の端っこでイチャイチャするカップルが視界に入ってきた。なんか見ちゃいけないものを見てしまった。そんなような気分になって、慌てて目を逸らす。決して公共の場でしてはならないようなことをしていたわけじゃない。むしろ健全そのもの。頭を撫でて、ほっぺを触って、微笑み合う。甘々な空気な流れているだけで、いやらしい空気は一切ない。

 心底幸せそうだった。

 ただ隣にいるだけで、それだけで良い。そういう空気感があった。

 羨む気持ちはあまりない。ゼロ……ってわけじゃないけれど。でも微かだ。


 「美咲。あれが愛。あれが恋だよ」


 檸檬は私の頭に顎を乗せてそう告げる。


 「なんのこと?」


 どれを指しているのかわかった上で知らんぷり。


 「ほら、あそこ」


 檸檬は指をさす。私の頭の上から指をさすので、指先だけがちらっと見える。


 「愛だよ。恋だよ。あれが」

 「愛……恋……」

 「そっ」

 「……」

 「それでもしてないって言える?」


 私の向かいに回り込んで、目線の高さを合わせる。じーっと見つめられる。見つめ返しながら考える。

 本当に恋をしていないのかって。

 もしも私の視界の端っこに見えるあれが恋だとか愛だとかそういうものだと言うのならば、もしかしたら私が抱いているこれって本当に恋なのかもしれない。

 ありえないし、あってはならないことだし、仮にそうなのだとしても認めるのはどうなのかとも思う。けれど、さすがに認めざるを得ない、か。


 「言えない……かも」

 「ふぅん」


 檸檬はつまらなさそうに唇を尖らせる。

 ちょっとだけ睨まれた気もした。


 「え、なに?」

 「なーんにもない」


 檸檬ら頬杖をついてむくぅっと薄ら桜のようにピンク色に染めた頬を膨らませる。また差し込む夕日に照らされオレンジ色に染まっていた。照らすのは橙色なのはずなのに檸檬の周りは青色に輝いているように見えた。

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