508 山から下りた最初の街フィーニスで旅館ベアーに宿泊する

 今度は集落ではなく小さいながら街だ。簡単な作りの土塀に囲まれている。厚みもないし、高さも2メートルくらいだ。獣に中の畑を荒らされないように作った塀かもしれない。


 門番はいた。マリアさんが先頭。

「こんにちは。入っていいですか」

「どこから来た、どこへいく」

「山を越えて来ました。この先の大きな街に行ってみようと思っています」


「何者か」

「住んでいるところが災害に遭って旅をしています」

「そうか。難儀だったな。入っていい」

 ここもすんなり入れた。まあ女性と子供が多いから盗賊には見えないからだろう。


 少し歩くと広場に出た。いい匂いがして来た。屋台が出ている。ジェナ、ドラちゃん、ドラニちゃんが食べたそうだ。ブランコもだ。

 ドラちゃんに案内されて屋台に行く。この世界の定番の串焼きだ。ここにもあった。


 さて支払いはどうするのだろう。マリアさんが聞いてくれる。

「他所から来たのですが、支払いはどうしたらいいのでしょうか」

「塩か砂金だ。塩を持っていたら塩で払ってくれ。砂金は食えない」


「串焼きを人数分、9本なんですがどのくらいの塩の量ですか?」

「塩を見せてみろ」

 抜かりなく塩を小袋に入れてあるのです。マリアさんがリュックをおろしてリュックから塩の袋を取り出したようにして出した。


「これです」

「これはすごい。少しでいい。匙一杯欠けるくらいで構わない」

「そうですか。それじゃどうぞ掬ってください」

 店のおじさんが小さい匙が欠けるくらいの塩を掬って、新しい容器を出して入れた。


「9本だな。待ってろ」

 親父さんが焼き始めた。いい匂いだ。

「ほらよ。小さいお嬢ちゃんからだ」

 ジェナが最初にもらった。次々に焼き上がる。なかなか美味しい。


「見かけないけど旅の人かい?」

「そうです」

「今日はこの街に泊まった方がいい」

「そうですか、この先に泊まるところはないのですか?」

「朝出て夕方に宿がある街に着く。それを繰り返して旅をするんだ。今から出ては宿場までつかない。夜は盗賊も出るから夜は歩かないほうがいい」


 今から出ると目立つな。平穏無事に旅をするならここで泊まりだ。

「ご親切にありがとうございます。宿を探してみます」

「それがいい。宿は広場の周りにある。裏通は安いが危ない」

「はい。わかりました。じゃあ行ってみます」


 裏通の安宿も面白そうだけど、ジェナの教育に悪いからやめておこう。

 マリアさんもそう思ったらしい。


「広場に面した宿はいくつかありますがどこにしましょうか?」

 観察ちゃんが広場に面した宿に向かってこっちこっちと言っています。観察ちゃんにしても裏通の宿は問題があるのだろう。


 観察ちゃんのおすすめの宿に入る。

 フロントがある。女将さんらしい人がいた。


「いらっしゃい。当地フィーニスへようこそ。そして当館ベアーへようこそ。お泊まりですか」

「はい。お願いします」

「ええと何人でしょうか」

「大人四人子供五人です」

「二部屋か大部屋になります。どちらにします?」

「大部屋でお願いします」

「何泊でしょう?」

「一泊です」


「部屋の料金は前払いになります」

「わかりました」

 マリアさんが塩の袋をリュックから取り出した。

「この塩でお願いします」

「拝見します。これは」

「少し舐めてみます?」

 マリアさんが木匙で塩を掬い少し女将さんの手のひらに出してやった。

「そうですか。ではこの匙一杯でどうでしょうか」

 大中小と用意してあった匙の中を取り出した。

「それで結構です。どうぞ山盛り掬ってください」

「そういうわけにはまいりません」

 女将さんがすり切り一杯の塩を掬った。ここでも別容器に入れた。マリアさんが木匙でおまけした。

「これはすみません。夕食と朝食は付けますので食べてください」

「わかりました」


「夕食はあちらの食堂でもう少ししたらお出しできます。日の落ちる少し前には終わります。朝食は日の出から少し過ぎたころからお出しできます。お部屋に案内させます」


 遠くから視線を感じる。面白そう。

 女中さんがやって来て部屋に案内された。

 部屋の入り口付近を除いて床が一段高くなっていて靴を脱いで上がってくださいと案内された。

 床に布団を敷くらしい。ベッドより収容人数は自由だ。


「今お湯と布をお持ちします」

「お願いします」

 これはドラちゃんとドラニちゃんの湯浴みコースだな。

 女中さんがお湯の入ったタライを持って来た。

「タライと布は食事に行かれている間に片付けますので置いたままで結構です。お布団も敷いておきます」


 女中さんが出て行ったら早速ドラちゃんとドラニちゃんが人化を解いて小さくなってタライの中で遊び始めた。楽しそうだ。遊んだらタライから出たので布でふいてやる。気持ちよさそうだ。

 すぐ人化して服を着た。


「それじゃ少し早いけど、食堂に行って夕食にしよう」

 マリアさんを先頭に食堂に向かう。もう他の客も来ていた。あまり良くない人もいる。


 夕食はおいしかったよ。スープ、野菜の煮たもの、肉の焼いたものなどが出て来た。肉は獣肉だ。魔肉の方が美味しいけど、魔物がいないから手に入らないだろうな。

 みんな珍しいから喜んで食べた。

 よくない人がいるから、当たり障りのない話しかしない。すぐ部屋に戻った。


 布団は敷いてあった。少ししたらドアをノックする音がした。女将さんのようだ。

 開けてやる。

「すみません。少しお話がしたいのですが」

「どうぞ」

 あれ、つい僕が開けてしまった。まあいいか。

「お座りください」

 部屋に備え付けの座布団を勧める。


「なんでしょうか。さっきの人の話でしょうか」

 あ、僕が聞いてしまった。女将さんはクスリと笑って話し出した。


「はい。まず、この国では岩塩は産出しません。海もありません。塩は塩商人が運んできます。昔馴染みの塩商人が来なくなってしまって、今来る塩商人の塩はゴミが入っていたり汚れがあったりしてそのままでは使えません。さらにここは外れですから商人はなかなかこない。来ても持ってくる塩の量は少ないです。ゴミ、汚れが入った塩でも貴重品です。食堂にいた目つきの悪い男は、フロントでのやり取りを見ていました。私もなるべく話さないようにしましたが、塩に気がついたようです」

「そうみたいですね」


「やはりお気づきでしたか。そのような気がしました。三人で宿泊していましたが明日出ると言って来ました。多分仲間がいるでしょう」

「わかりました。明日は気をつけましょう」

「お願いいたします。最も問題にならないでしょうが」


「私もこういう商売をしていると色々な人にお会いします。高名な武人にもお泊まりいただきましたが、皆さんほどの気というか、そういうものがありませんでした」

「過分なお褒めをいただきました」

「過分ではなく、過小と思いますが」


「塩はどこで入手されたのでしょうか」

「遠い国です。こちらからは誰も行くことはできません」

「そうでしょうね。お持ちの塩はこの地のどこにもないと思います。お使いになる時はお気をつけた方が良いと思います」

「そうですか。砂金の方がいいですか?」

「砂金は多くの川で取れます。砂金をとることを生業にしている人も大勢います。お持ちの塩より砂金の方が安全と思います」

「そうですか。砂金を使うことも考えましょう」


「長話をしてしまいました。貴重なお時間を割いていただきありがとうございました」

「こちらこそ、貴重な情報をありがとうございました」


 マリアさんが塩の小袋を出す。

「これをお持ちください」

「とんでもないです。いただけません」


「遠くの砂漠では、情報は命と言われています。情報の正当な対価です。お納めください」

「ああ、やはりご出身はそうなのですね。随分昔にあの山々を越えた向こうの国にエチデンヤかな。そういう方が海を越えて来て色々ほら話をしていってその中に砂だけ広がっている砂漠というものがあるという話があったそうです。こちらでは砂漠はありません。したがって砂漠という言葉自体ありません」


「エチゼンヤです」

「そうですか。エチゼンヤですか。覚えておきます。昔は細々と山を越えた交流があったようですが随分昔に途絶えてしまいました。今は向こうがどうなっているかわかりません」


「山の向こうに国が三つありましたが今は全て滅びてしまってありません」

「余計なことをお伺いしました。忘れます」

「いえ、大丈夫ですよ。話していただいて構いません」

「数年したら話すかもしれません」

 女将さんが笑った。僕たちも笑った。


「お名前をお聞きしても」

「はい。シンと申します」

「数年したらシン様のほら話ということで」

「はい。お願いします」


「では失礼いたします。塩はいただきます。そうそう、集落、街以外の場所は自己責任です。街から出て次の街や集落に行く間で襲われて返り討ちしてもなんら問題はありません。強盗もし放題ですがうっかりターゲットを間違えると殲滅されてしまいます」

「ありがとうございます」

 女将さんは出ていった。

 面白い女将さんだった。


 夜はもちろんスパ棟と思ったがたまにはいいかと、そのまま泊まった。

 布団をくっつけて、ジェナはゴロゴロできるのでご機嫌でなかなか快適だ。お狐さんは布団だと言って喜んでいる。

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