後出しジャンケン
汗ばむほどの熱気と松脂臭の立ち込める、謁見部屋の中心。
勝てない。
無力と敗北が
「どうしたね?キルタ君」
……王は来ない。襲ってはこない。余裕の態度で高みから、切田くんを
「君のターンエンド、私のターン。私からゆくのが筋ではあろうが。…先程の、弾打ちだけのきみではあるまい。キルタ君、まだ私に見せられるものはあるかね?」
「情けをかけたとも、
(…ぐっ…)不可視の圧に潰されそうになり、少しえずく。……今や、彼を取り巻く世界は全て忌避なる異物へと変わり、異なる存在を排斥しようと内から外から
気持ちの悪さに飲み込まれ、
(……このっ!)切田くんは取り出した怒りによって無理にでも奮い立たせた。(…どこまでも僕を
(…その余裕ぶった
引き金を引くだけで撃発可能な拳銃とは違い、切田くんの『マジックボルト』は意志の力で攻撃対象を指定しなければ成立しない。攻撃の意志を中空に放つだけでは、『スキル』の力が通わないのだ。……つまり現状、切田くんの手札はすべてクズカード。解決の手段はない。
(王さまを照準出来ないとしても…例えば自分の手を動かす『ビー玉パリィ』なら)
状況打破のために、彼の思考はカリカリと目まぐるしく回る。(…試してみるんだ。アイディア次第で、まだ戦える…!)
検証開始。切田くんは握り込んだ『ビー玉』にパワーを込めて、王の剣を受け流せるように
……しかし、その違和感に、切田くんの手が止まった。
(駄目だ、『ビー玉』が動いていない!?)
――検証は失敗。
(…マズイ、これでは…)剣が無理ならば兜や鎧も狙えない。装備を貫通させて『結果的に』王を攻撃することは不可能だ。
そして、どうにかスキルや魔法の攻撃を当てたとしても、王の力は『そのダメージを0にする』……王の言葉が正しいのならば。
汗が、覆面の内側をつたって、そのまま床にポタリと落ちた。
(……だっ……駄目だっ……!)
――『ビー玉』を握り込んだ左手と、右手のシャープペンシルを交互に見る。あれほど心強かったその2つは、今はあまりに、
(打つ手が、無い!!)
切田くんは脂汗に
◇
切田くんは(割れ物を扱う様にも関わらず)ビクリと跳ね上がり、おそるおそると背後に目をやった。
「下がって、切田くん」
透明な声の主は優雅にその身をすくめて、外套の中の重い背負い袋を脱ぎ落とす。ガシャンと大きな音が響いた。
……遠い声で、彼女の名を呼んだ。
「…東堂さん…」
揺れる視線の先。純白のローブ越しに浮き出る、すらりとした細身の
「『魔力を以て命ずる。聖霊よ、守護の力となりて我が身を守れ』。【
「…あとはまかせて」声を
力なく下げた手の甲に、誰かの冷たい手のひらが、やんわりと触れた。
そのまま『聖女』は
その凛とした姿に、切田くんの胸が、
(……ぐうっ……!)
情けないところを見られた。臆病だと思われた。恥ずかしい奴だと思われた。邪魔だから下がっていろと言われた。弱いと思われた。僕にこいつの相手は無理だと言われた。舐められたまま終わった。まだやれたのに代えられた。出番を取られた。まだやれたはずだ。手段はあった。せっかくまだ、考えている途中だったのに。
汗に冷えきった全身が、酷く
彼の
「クハハ。キルタ君。きみが私の期待を裏切るのは、これで二度目だな」
「…弾撃ちの魔術師ともなれば、そうもなろうが」
「まさか女を盾にするとはな」
拒絶を表すかの様に、彼女はピリリとフードをはずす。
鈍く優美に光るヘビーメイスをベルトから外し、彼女は静かに宣言した。
「口先だけなんて意味がない。これで順位付けをしましょう」
「…ほう?」
王は片眉を上げ、興味深げに答える。
「私に力で勝てると思うのも浅はかだが、男を立てなくとも良いのかね?」
「切田くんは私よりもずっと強い。自然とあなたが下になる」価値も興味も微塵も感じない、深淵を写し込む様な
「たまたま持っていた対策がハマって
「クハハハハハハハ!」
王は心底愉快そうに
「
沈黙。……そして浮かぶ、憎々しげな表情。
「…世界を馬鹿にし続ける、罪深きものよ」
透明で空虚な瞳が、王の姿へと向けられている。
「馬鹿にすべきではないものまで馬鹿にして、いつしか神の怒りに触れた」
「決して拭えぬ
氷結世界の幽鬼の如く、…ゆらり、と、ヘビーメイスを
「そんな馬鹿な王さまが女に
「今の気持ちを聞いてあげる。少し黙って」
「…ほほう?」
失笑混じりに王は牙をむき出した。
「出来ないことへの挑戦というものは」
「後悔の
ゴブリン王の気配が変わった。
決壊する勢いに全身の筋肉が
――全力全開。仕掛けてくる気だ。
剥き出しの暴威を
ゴブリンの王グッガは
「カアッ!!!」衝撃。炸裂した振動。――震脚。渾身の踏み込みに大地が鳴動し、地殻津波の如き突撃をせしゴブリンの王グッガは、
「クハハハハ!!」全身全霊を切っ先に、必殺の長剣を振り下ろした。
『ぁああああああああああああああああっ!!』
迎え撃つは鋼の一撃。地の底より豪と響く雄叫びに、
――激突、衝撃。金属同士が撃ち合う、泣き叫ぶ様な轟音。
王の長剣が、その太い両腕ごと跳ね上げられた。過剰な負荷にビキビキと、両腕の鍛え抜かれた筋肉が悲鳴を上げる。
「なんと!?」吹き飛ばされそうになったゴブリンの王は、体勢を崩されながらも
東堂さんは笑っていた。虚無を
『
打ち上がったヘビーメイスが嫌な
「アハハハハハハハ!!」高笑いに乗せた暴威無双の鉄塊が、ゴブリンの王めがけて叩き込まれた。
そのはずだった。
「えっ」
「…ちょっ、何をして…えっ?」
「…どうして…?」
「東堂さん!?」(東堂さんが、
王の革マントの陰。小柄なゴブリンの老人が両手を伸ばし、何かの
「『
「応よ」
剣を逆手に持ち変えて、ゴブリンの王はニヤリと嗤った。
東堂さんはなおも気丈に、へたり込んだまま
地に伏せど
「魔力による強化が自信の
「だがな。広くを見越し、策を張り巡らせるのが
「お前が、下だ」
王は凶刃の切っ先を、気丈に睨みつける東堂さんの眉間へと、
「!カァッ!!!」
――激しく火花が散った。
尖端の欠けた王の長剣は、彼女の眉間の前、見えない壁に
「ぬうううううぅっ…!!」
流石のゴブリン王も、怒りと
吹き出した脂汗が、王の顎を伝わって落ちた。
東堂さんはじっと王を睨みつけ、凛とした口調で言った。
「私の【
「……悪いけど、お堅い女なの」
思わず王はよろめき、
「爺っ!!」
王は叫び、
「我が身はっ…!…我が身はそれほど非力であるかっ!?爺!!答えよ!!!」
「
◇
(…ここだ…!)昏き炎を宿す切田くんの目が、ギラリと光る。(…絶好のチャンス…)
(…ずっと待ってた、この
――刹那の思考。激発する王の怒りが、ふてぶてしく睨み返す『聖女』の呼吸が、ゆっくりとコンマ倍速で流れていく。
(東堂さんの守りの力を信じた。…そう言えば、聞こえはいいけど…)
(…ぐっ…)心の中で、弱々しく毒づく。切田くんはなにか、『東堂さんを見捨てた』気分になっていた。切っ先を向けられた瞬間も、切田くんはじっとチャンスを
(…何も出来ないくせに『なにかしよう』だなんて、そんなのは邪魔なアピールでしかない。無能な働き者の
(…ああ、くそ。…なのに、このモヤつき…)
…そして、嫉妬。王に立ち向かう東堂さんに感じた、激しい感情。
(
危険な感覚の予感に慌て、降って湧いた衝動を押し込める。(…何だよ、それ。僕は何を考えているんだ。…もはや、意味のわからないレベル…)
(…とにかく!あのお爺さんさえ倒せば、パワーの差で東堂さんが勝つ。結果的には守れる。救える。この
超低速度に鈍化した世界が、急激に通常速度へと加速する。切田くんの煮えたぎる思考は世界の動きに相反し、加速度的に鎮静へと向かった。
(…僕を視界から外した王さまの油断。つけ込ませてもらうぞ。…行けっ!!)
切田くんはその親指で、手のひらに握り込んだ
「『ビー玉バレット』」
目標への射線は王のマントによって切られている。直接の射撃は不可能。(…だったら戦術起動からの、迂回攻撃だっ!)
「…『跳弾』!」
3発の『ビー玉バレット』が、石造りの壁と天井に火花を散らした。それらは老ゴブリンに命中する弾道へと、
王が火花を視界の隅に捉え、声を裏返して
「爺!!」
(死角からの三方向攻撃。王さまのガードも魔法詠唱も、このタイミングで絶対に間に合うものか!…くらえっ!!)
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