第47話
できるかできないか。
実際のところ、テンマ自身には判断がつかなかった。
今はウィンデーの万能さを信じるしかない。
自身の治癒能力をウィンデーの能力を使って大幅にブーストさせる。修復プログラムの大雑把な仕組みとテンマ自身の経験から血肉となる材料が必要になると食事の準備を指示してから作業に取り掛かる。
「少し離れていてくれ」
もちろん、そんな必要はない。
しかし、今からやることは治療とは程遠い行為。
テンマは作業用にもらったナイフを密かに取り出すと、横たわっているコボルトの前に近寄る。
ムッと異様な匂いが鼻をつく。それが鉄臭さなのか、獣臭さなのか、コボルト特有の死の匂いなのかまではわからない。
ただ、その匂いの発生源は間違いなく真っ赤に染まり、それでも受け止め切れずにポタポタと滴り落ちる血だまり。その血が流れ出す傷口。
テンマは布地を固定している包帯を外し、むき出しになった傷口を目にして思わず目を背ける。
なぜ、これで生きていられるのか。
ぐちゃぐちゃになった傷口からは臓器らしきものも零れ落ちているほどだ。
後ろから遠目に見守っているクナイ達も改めてうめき声を上げているほどなのだから、彼らにとっても重傷の部類なのだろう。
見る見るうちにコボルトから生気が抜け落ちていき、今にも魂が消失してしまいそうだと初めての経験であるテンマにも分かるほどだ。
グッと集中するために下唇を噛み、視線を傷口に向けると意識を自分の左手から背ける。
何をするのか。
修復のプログラムを発動させるためにはウィンデープログラムに書き換える必要がある以上、手っ取り早いのはテンマの体液を分け与える方法になる。
そうなると。
テンマは握りしめたナイフをスッと軽く引く。
痛覚が鈍らされているとはいえ自傷行為に顔が歪むのも仕方ない。
「頼んだぞ」
ウィンデーに神頼みするのも変な感じだが、祈らずにはいられなかった。
自分の血で滲んだ掌をコボルトの傷口に押し当て、如何にも魔法で治療しているように見せる。
もちろん、テンマが何かしている訳ではない。
強いて言えば、上手くいくように祈り願う。
どれほどの時間が経っただろうか。
テンマの感覚としては長い。
しかし、実際に進んだ時間はものの数秒。
『書き換えが終了しました。修復プログラムを実行しますか?』
初めてロゼをクラッキングした時はもっと時間がかかったものだが、ウィンデーも手慣れたものだ。すでに書き換えのプロセスは最適化に向かっており、瞬時に完了する日も近いだろう。
こういう場合はテンマから事前の指示があったとウィンデーの方が判断し、こちらから問いかける必要もないのはありがたいと感じながら安堵とともにイエスの返答をする。
変化は劇的。
息も絶え絶えだったコボルトも刮目したかと思ったら悲鳴を上げる。周囲を固唾を呑んでいたコボルト達も心配そうに近寄ってくると、どよめきを上げる。
ぐちゃぐちゃだった傷口に見知らぬ生き物でも潜んでいるのではないかと思ってしまうくらいに蠢いているのだ。
しかし、その勢いも長続きしない。
心配そうに見つめるコボルト達だったが、テンマの頭の中にウィンデーの声が届くと、ふぅと息を吐き出した。
「止血は済んだ。後は飯を食って体力を戻しながら安静にしていれば大丈夫だ」
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