第8話 揺れ動く心!


 授業を終えて、得名井は撮影現場へ入った。許可を貰った高校の運動場。

 鳥琉の飲み仲間で構成された撮影クルーは慌ただしく作業をしている。

 そして鳥琉自身もいままで撮りためた映像をチェックして、使えるものを選別している。


「この調子ならクランクアップまで半年ってところかな」

「意外と早いんだな」

「映画ってのは生き物だ。期間の長さで名作になるわけじゃない」


 映画が完成する頃には得名井と潔子は三年生になっている。

 得名井は学校鞄から書類を出す。


「サインして貰えますか」

「なんだ改まって、変な契約書じゃねえだろな」

「出席日数免除のための書類です」


 差し出された紙にはすでに潔子の名前があった。その下に鳥琉は名前を走り書く。


「これでいいか」

「ありがとうございます」


 得名井は頭を下げる。

 そして決意に満ちた目で宣言する。


「人格権は売り渡しても、僕の作品だ。最後までついていく」





「ひーっ、ひーっ……もう無理っ……」


 走り高跳びを繰り返し練習するシーンで得名井は完全にばてた。


「誰だよこんなシーン考えた奴……僕だよ……!」

「タカとヒロ、入れ替えるか?」


 鳥琉が二人のヒーローの名前を呟く。

 努力家なほうがタカで得名井の役、チャラいほうがヒロで池輝の役。

 もともと一人の登場人物だったものを二人に分けた形だ。


「ビジュアルから言っても僕の方がタカに向いてる! なにより、生き残るほうだし!」


 あさましい宣言をして得名井は立ち上がった。


「えー、走り高跳びを練習するタカ。ヒロががんであることが発覚。二人の間で揺れ動くミミの心……と」


 鳥琉は待機している潔子に顔を向けた。

 彼女の金髪縦ロールは総合コーディネーターの手によって見事な黒髪ストレートに変わっている。


「ミミ。揺れ動く心」

「了解ですわ!」


 ミミこと潔子は決めポーズを取った。表情は憂いに満ちている。


「違う。もっと醬油ラーメンか塩ラーメンかで迷ってる時の顔だ」

「わたくしとんこつ派でしてよ!」

「……支払いをドルかポンドかで迷ってる時の顔だ」


 潔子は決めポーズを取った。表情はさらに憂いに満ちている。


「ポーズはともかくこれでいいか。カメラ、撮っといてくれ」


 鳥琉は妥協した。

 得名井は百回目の飛翔をして、ようやくOKを貰えた。





 得名井はベンチで休憩していた。

 黒髪ストレートの潔子がボトルを渡す。


「どうぞ、得名井。金出甲斐家に伝わるスポーツドリンクですわ」


 後半の言葉はともかくありがたくいただく。


「ありがとう」


 得名井はボトルをあおる。


「得名井は、わたくしのこと好き?」


 潔子がだしぬけに聴いた。秘伝のスポドリが噴出する。


「ゲホッゲホッ、な、な、なんだよ急に!」

「演技のためですわ。わたくしのことが好きな男子とお話したこと、いままでなかったもの」


 潔子の言葉に得名井は一抹の寂しさを察した。


「演技のためならしかたないな。嫌いじゃないよ」

「好きなんですの?」

「どちらかと言えば、まあ」

「………」


 二人は無言で見つめあう。金髪縦ロールを封印した潔子は絵にかいたような非現実的美少女ではなく、年相応の少女に見えた。

 動けず顔を赤くする得名井。

 瞬きをする潔子。

 その二人を接写する鳥琉。


「……なにしてんだよ!」

「使える画だと思ってな。続けてくれ」

「続けられるか! ……なにを続けろって言うんだよ!」


 得名井は逃げ出した。

 後に残された潔子はカメラの前で決めポーズを取った。


「使ってくださいまし!」

「いや、もういい」


 鳥琉はカメラを下す。

 植え込みの陰で、じいやと田中がそんな三人を見守っていた。


「お嬢様、立派になられて……」


 じいやは涙をハンカチに吸わせる。






 撮影二日目。


 先月営業を終了した病院での撮影、ここでヒロのがんが宣告されるシーンを撮る。

 そして、タカの告白シーンがある。


「緊張してる?」


 池輝が訊ねた。


「全然!?」


 得名井は嘘をついた。


「よし、今日もやっていこう!」


 鳥琉の檄が飛ぶ。


 病院の廊下で得名井と潔子、タカとミミは並んで歩く。

 ドッジボール大会の最中に吐血したヒロを心配しながら、何気ない会話の中で告白する。驚くミミの横顔。その一連の動作を台詞を喋りながらワンカットで撮る。

 得名井は緊張していた。台詞がトんでしまいそうだ。自分で書いたのに。


「きよぽんチャンネル~ッ!」


 だしぬけに妨害が入った。

 スタッフに偽装していた男は、スマホを構えて実況を始める。


「鳥琉為嗣! 貴様まだ撮っていたのか~!」

「チッ、面倒な」

「舌打ち? 舌打ちか? 態度が悪いぞ~!」


 鳥琉が狙いの突撃系配信者だ。

 きよぽんは鳥琉の顔を映し、池輝を映し、得名井を無視した。


「今度はその美少女に手を出す気か!? ええっ!?」


 きよぽんは潔子にスマホを向ける。彼女の護身術が炸裂すれば傷害罪で訴えられてしまうだろう。

 気配を消しているじいやか田中が出ていっても同様だ。


 その時、潔子の肩を、得名井が引き寄せた。


 得名井は潔子の唇を奪った。

 驚いて目を見開く潔子。


「え、え、なになになに!?」


 動揺するきよぽん。


「恋愛映画の現場だ。キスくらいするだろ」


 鳥琉は冷静だ。


「やばっ、え、投げ銭ありがとうございます! じゃなくて、あああ性的な接触でBANされちゃう! 失礼しました!」


 最近の配信サイトは厳しいらしい。きよぽんは退散した。

 唇を放し、得名井は潔子の目を見つめる。


「ごめん。突然こんなことして」


 潔子は、無垢な表情で笑った。


「かまいませんわ」


 池輝はなぜか拍手をしている。じいやは気配を消したままちり紙で鼻をかんだ。

 二人に向かって、鳥琉は親指を立てた。


「邪魔者が入ったから今のは使えねえぞ」


 テイク2に入る。



  つづく

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